白い鼓動は止まらない ――白石陽菜、奇跡と未来のプレリュード――
白石陽菜の人生は、確かに光に包まれていた。
あの冬の夜を越えてから、彼女の小さな心臓は、慎重に、しかし確かに前へ進み続けていた。
岡山医科大学附属病院・循環器科教授、藤崎恒一。
彼の定期的な診察と、白石家による徹底した健康管理のもとで、
陽菜は“奇跡のような回復”を遂げていった。
診察室で、恒一はカルテを閉じ、柔らかく微笑む。
「白石さん。あなたの心臓はね、とても繊細です。
でも――強い音楽を奏でる力がある。
上手に調律していけば、きっと長く動き続けますよ」
その言葉を聞くたび、陽菜の顔はぱっと花が咲いたように明るくなった。
「じゃあ、私、ピアノも心臓も、ずっと弾き続けますね!」
その無邪気な返事に、恒一は何も言わず、ただ一度だけ深く頷いた。
屋敷でも、学校でも、陽菜は太陽のような存在だった。
お嬢様学校・聖マリア学院。
学業は優秀、所作は上品。
それでいて、誰に対しても隔たりなく、自然に笑顔を向ける。
歌とダンスは天性のものがあり、学芸会では毎年のように主役を務めた。
舞台に立ち、スポットライトを浴びた瞬間、
陽菜はまるで“光そのもの”になる。
「陽菜ちゃん、すごい! 本物のアイドルみたい!」
クラスメイトの歓声が飛ぶと、陽菜は少し照れたように頬を染めて笑った。
その様子を、会場の隅から静かに見守る者がいた。
家政婦・杉本恵。
拍手を送りながらも、彼女の胸の奥には、消えない棘が刺さっていた。
――この子の心臓は、まだ不安定。
――興奮しすぎれば、あの冬が、また来るかもしれない。
そんな折、白石家に再び波紋が広がる。
芸能プロダクションからの正式なオファーだった。
「白石陽菜さんを、ぜひ我が社の新しい顔に。
契約金は――」
その言葉を、養母・佳代は遮るように首を振った。
「ダメです。
陽菜の身体は、普通の子とは違うのです」
だが、養父・源三郎は意外にも穏やかに笑った。
「佳代、そんなに堅くならなくてもいいじゃないか。
この子は、笑っている時が一番元気だ。
身体も大切だが……心の自由も、同じくらい大事だろう」
その言葉に、恵は一瞬、視線を落とした。
――心の自由。
国家の影で生き、名前も顔も奪われた自分には、
決して許されなかった言葉。
だが、佳代の決意は揺るがなかった。
「あなたには、輝く未来があるの。
でもそれは、芸能界じゃなくていい。
人を照らす光になる道は、きっと他にもあるわ」
陽菜は一瞬だけ唇を噛み、
それから、いつものように無邪気に笑った。
「うん。わかってる。
いつか大きくなったら……もっと違う形で、みんなを笑顔にするね」
その言葉を聞いた恵は、ふと、まだ見ぬ未来を思い描いた。
ステージの上で光を放つ陽菜。
それは、やがて
光と影、希望と秘密を抱えて走り出す、
“白いリボンの妖精”の序章だった。




