行列の先はヒロイン控室――予約制になった下町鉄板と、集まりすぎる女たち
かつて「てっぱん坂井」は、
思い立ったらふらっと入れる店だった。
常連が暖簾をくぐり、
「いつものな」
で通じる世界。
ネギ焼きは黙ってても出てくる。
――それが今や。
「最後尾こちらでーす」
という札が立ち、
行列が角を曲がり、
近所の八百屋のおばちゃんから
「坂井さんとこ、テーマパークなん?」
と真顔で聞かれる始末。
理由は言うまでもない。
戦隊ヒロイン・坂井まどかの実家だからだ。
人が来すぎて、
騒がれすぎて、
ついに店は予約制になった。
これに一番ショックを受けたのは常連だった。
「え……予約?」
「今日フラッと来たんやけど」
「無理?」
「昔はなぁ、
仕事帰りにネギ焼き一枚で
世間話する場所やったんに……」
常連たちは口を揃えて言う。
嬉しいけど、ちょっと寂しい。
その気持ちは、まどかにもよく分かっていた。
だからこそ――
定休日だけは別だった。
イベントや任務、訓練が重なった週の終わり。
シャッターを半分下ろした「てっぱん坂井」は、
西日本在住ヒロインたちの秘密基地になる。
「お疲れ~!」
「今日の彩香、声デカすぎやろ!」
「美月、また前出すぎ!」
鉄板を囲み、
制服を脱ぎ、
ブーツを投げ出し、
完全オフモード。
常連のいない店内は、
ヒロイン専用オフ会会場と化す。
ある日、その輪に
東海地方から強烈な助っ人が現れた。
「邪魔するでぇ~」
――山田真央。
座るや否や、しゃべる。
しゃべりながら、切る。
切りながら、焼く。
焼きながら、まだしゃべる。
「このヘラな、
こう使うと返しやすいがねぇ」
「ネギはな、
刻みすぎたら水出るでかんわ」
「火?
強すぎてもあかんし弱すぎてもアカン、
人生と一緒だわ!」
誰も頼んでいないのに、
店が回り始める。
それを見ていた、まどかの父が
静かに、しかし本気で言った。
「……あの子、ええな」
「口も手も止まらへん」
「ウチで働いてほしいわ」
真央が聞き返す。
「え、今なんて?」
「名古屋に支店出すとか、
その時は頼むわ」
一瞬、店内が静まる。
次の瞬間。
「ちょっと待ちゃあ!」
「ウチは名古屋やないで!」
「春日井だがね!!」
即座に尾張弁で受け流す真央。
「支店出すなら
勝川駅前で頼むわ~」
「ネギ焼きと手羽先は別モンだでね!」
爆笑。
まどかは鉄板の前で、
その光景を見ながら思った。
――この店は変わった。
でも、失ってはいない。
行列ができても。
予約制になっても。
ここはちゃんと、
人が集まる場所であり続けている。
てっぱん坂井は今日は休み。
なのに一番うるさい。
鉄板は冷えているが、
笑い声は止まらない。
ヒロインたちは、
ここで少しだけ普通に戻る。
そしてまた、
それぞれの戦場へ帰っていく。
――行列の先は、
ヒロイン控室。
予約は取れなくても、
物語はいつも満席だ。




