撃たずに守れ――奈良公園・紀伊ハンター無血任務
朝の奈良公園は静かだ。
だが、その静けさを最初に破ったのは、ステージ裏で聞こえたあかりの声だった。
「なあなあ、鹿ってさ、こんなにおるんやな! なんで増えへんの!?」
「……あかりさん、そこは“減らない理由”を考えるところです」
美咲は淡々と答え、マイクチェックを続ける。
麻衣はストレッチをしながら、何も言わずに微笑んだ。
本日の任務地は、奈良市。
《紀伊ハンター》三人のうち、春日美咲の地元だ。
ステージに立つと、空気が一段落ち着く。
奈良の空気は、どこか“待つ”ことに慣れている。
煽らなくても、観客は集まる。
「おはようございます。今日は奈良市で、紀伊ハンターのイベントです」
美咲のMCは、無駄がない。
声量もテンポも“ちょうどいい”。
観光客も、地元の年配者も、子どもも、全員が聞き取れる。
続いて音楽が流れ、麻衣が前に出る。
和歌山で見せた舞とは、少し違う。
動きが柔らかく、抑制が効いている。
「……あれ、今日は静かやな」
あかりが小声で言う。
「奈良ですから」
美咲が即答する。
拍手は大きくない。
だが、途切れない。
麻衣のダンスは、鹿の歩みのように、静かで美しい。
踊り終えると、麻衣は一礼。
拍手が、じわっと広がる。
「では、ここで奈良からのお願いがあります」
美咲が、少しだけ声のトーンを変えた。
「奈良公園の鹿は、神様からの使いと言われています。
かわいいですが、野生動物でもあります」
スクリーンに映るのは、鹿煎餅の正しい与え方。
“走らない”“追いかけない”“煎餅を見せびらかさない”。
「……つまり、煽らない、ってことです」
美咲の一言で、会場が和む。
ここで、あかりが出る。
「ウチ、前に鹿に囲まれてさ!
煎餅持っとったら四方八方から来て、
もう“四日市の朝ラッシュ”やったわ!」
例えが雑だが、笑いは取れる。
「せやからな!」
あかりは身振り手振りで続ける。
「煎餅は“落ち着いて”“一枚ずつ”!
勢いでまとめて出したらあかんで!」
なぜか説得力がある。
勢い任せだが、要点は合っている。
麻衣が横で補足する。
「怖がらせないのが、一番ですね」
三人の役割が、はっきりしていた。
美咲が整え、麻衣が和らげ、あかりが押す。
だが、事件は突然起きた。
ステージ前に、鹿が一頭、堂々と侵入してきたのだ。
「……あ」
観客がざわつく。
鹿はステージを見上げ、マイクスタンドに興味津々。
まさに“神の使い、現場確認”。
「落ち着いてください」
美咲が即座に指示を出す。
「走らないで。煎餅は隠してください」
あかりが反射的に前に出そうになる。
「ウチが行く――」
「行かなくていいです!」
美咲、珍しく強め。
麻衣が、ゆっくり一歩前に出て、深く一礼。
鹿は首を傾げる。
「……効いとる?」
あかりが囁く。
「たぶん」
美咲が答える。
鹿はしばらく麻衣を見つめ、満足したのか、ゆっくり去っていった。
拍手。
大きな拍手。
「今のが、正しい対応です」
美咲が締める。
「鹿も、私たちも、無事」
ハードボイルトに言えば――
発砲なし。
流血なし。
秩序回復。
イベント後、控室。
「奈良、静かやけどええな」
あかりが椅子に座りながら言う。
「静かだから、伝わることもあります」
美咲は水を飲む。
麻衣は窓の外を見て、微笑んだ。
「鹿さんも、協力的でしたね」
今日も、任務は成功。
地域振興、マナー啓蒙、笑い少々。
奈良の鹿は今日も平和。
《紀伊ハンター》は、撃たずに帰還した。




