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ヒロインズ・リンク 〜戦隊ヒロインプロジェクト〜  作者: スパイク
プロローグ

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179/713

いないようで、ちゃんといる――奈良の凡庸ヒロイン観察記

春日美咲は、いつの間にかそこにいる。

ドアを開けた瞬間に目に入るわけでもなく、誰かの声にかき消されるわけでもない。だが気づくと、椅子に腰掛け、背筋を伸ばし、静かにお茶を飲んでいる。奈良公園の鹿と同じだ。鳴かず、走らず、騒がず、しかし確実にその場に溶け込んでいる。


西日本分室の空気は、常に騒音が標準装備だ。

美月の河内弁は天井を突き抜け、彩香の播州弁は鋭利な刃物のように飛び交う。そこに綾乃の京言葉が品良く刺さり、あかりと麻衣が笑い声で追撃する。そんな中、美咲は一度も声を張らない。だが不思議なことに、彼女がいないと部屋の騒音が「ただの雑音」になる。美咲がいると、雑音が「会話」になるのだ。


イベントでも同様だった。

綾乃と組んで名付けた「古都シスターズ」は、企画書段階では満点だった。奈良と京都、歴史と格式、知性と品格。資料は読みやすく、語り口は落ち着き、内容は非の打ち所がない。

――だが、ウケはイマイチだった。

観客はうなずき、拍手もする。だが笑わない。ざわめかない。写真も撮らない。

「すごいですね」で終わる。

スタッフのメモには、無慈悲な一行が残った。

《内容は素晴らしいが、盛り上がりに欠ける》。


任務ではどうか。

美咲はミスをしない。遅刻もしない。判断も平均的に正しい。突出した戦果はないが、致命的な失敗もない。

結果、報告書にはこう書かれる。

《特記事項なし》。

それが一番つらい。


ある日、美月がぽつりと言った。

「美咲ちゃんって……怒らせたら怖そうやけど、怒るとこ見たことないな」

彩香が鼻で笑う。

「怒る前に我慢するタイプやろ。奈良やし」

綾乃は扇子を閉じて、静かに補足した。

「奈良は“耐える文化”どす」


遥室長は、会議後にこぼした。

「美咲ちゃんはねぇ、ほんとにええ子だら」

少し間を置いて、続ける。

「でも戦隊ヒロインは人気商売だもんで……特徴がないのは、やっぱ厳しいらぁ」


その言葉は、美咲の耳にも届いていた。

だが彼女は俯かない。

奈良の鹿が、人の視線を気にしないのと同じだ。


目立たない。

だが欠けると困る。

いないと空気が落ち着かない。


春日美咲は、今日も静かにそこにいる。

凡庸という名の均衡を保つために。

そして誰にも気づかれないまま、ヒロ室の騒音を、少しだけ優しくしている。

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