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031 疲弊して

 俺は諦めてバーの会計をチケットで済ませた。ちゃっかり一之瀬星華のスパークリングワインもこちらに請求されていた。あいつ、絶対許さねぇ。

 おっと、刹那を忘れるところだった。


「おい刹那起きろ。バーで寝るな」


「む……むぅ」


 赤ちゃんかよってくらい退行した動きで刹那が起き上がった。これで20歳か……。


「酔いは覚めたか?」


「むー……頭が痛いぞ」


「部屋に帰るぞ。歩けるな?」


「うむ……なんか晴人の顔、怖いぞ」


「そうか? まぁ、そうか」


 そりゃこんなことになれば表情も強張るわな。

 刹那はふらふらだったので、俺の肩を貸してやった。すれ違う人々からカップルのように見られるので死ぬほど恥ずかしい。エルサの耳に余計なことが入らなければいいんだけど。


「ただいま」


 部屋に帰ると、エルサは相変わらず人形のように無表情で正座していた。


「おかえりなさいませ、ハルト様。……お疲れでしょう」


「あぁ、この状況でわかるか?」


「はい」


 刹那をエルサに預け、俺は大浴場ではなく部屋についているシャワーで体を清めた。


 まさか俺のシャワーシーンまで見たくはなかろうと思い、盗聴器兼カメラは脱いだままにしておいた。仕返しとして見せつけてやってもいいけどな。

 シャワーを浴び終わって部屋に戻ると、刹那はもうベッドで大の字で寝ていた。呑気なやつだ。


「……ハルト様、バーはいかがでしたか?」


「大変だったよ。こいつは酔い潰れるしな」


「そうでしたか」


 さて、もう切り出すか。

 刹那が起きていると面倒なことになりかねないからな。


「なぁエルサ、明日の正午、10階にあるバルコニーで一緒に景色でも見ないか?」


「……かしこまりました。求婚ですか?」


「違うわ」


「そうですよね。普通にドン引きするところでしたが良かったです」


「もうちょっと言葉のナイフの切れ味を落としてくれない?」


 一之瀬星華に会って疲れて、刹那が酔い潰れて疲れて、エルサにボコボコにされて疲れるのは勘弁だ。

 俺がベッドに腰掛けると、エルサは不思議そうな視線をサファイア色に換えて送ってきた。


「もうお眠りになられるのですか?」


「あぁ。あれ? いま何時だ?」


「まだ22時ですが」


「そうか……まぁ疲れたから寝るよ。また明日な」


「はい。かしこまりました」


 普段は0時過ぎに眠るからか、エルサには明らかに不審がられてしまった。


 俺はベッドの上で目を瞑り、これからどうするべきか思案を巡らせる。

 最悪のシミュレーションもしている。それを潜り抜けるにはどうすればいいのか。


 ……くそ、今回ばかりはどうしようもない。もうエルサの強さを信じるしかないか。

 俺は諦めて、せめて明日最高のパフォーマンスを発揮できるように眠りについた。

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