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002 不死身体質

 外に出るのはいつぶりだろうか。

 買い出しもゴミ出しもエルサにやってもらっているから、前回の依頼ぶりか。


 神無月の風はほどよく涼しく、また日光はほどよく暖かい。引きこもりが久しぶりに外出するには持ってこいだろう。

 そんな中、エルサは俺に日傘をさしてきた。


「……なんで日傘?」


「ハルト様が久しぶりの日光で焼け死んでしまうのではないかと心配で心配で」


「人のことを化け物扱いするな!」


「あながち間違いではないのでは?」


「…………」


 俺は肯定も否定もせず、とにかく指定された場所へ歩を進めた。

 途中、この辺りでは大通りと呼べる道に出た。この喧騒にもエルサは無表情を貫いている。


 まじまじと確認するような俺の視線と、エルサの視線がぶつかった。

 やっぱり綺麗だな、こいつ。


「わたくしの顔に見惚れましたか?」


「おかしくはないだろう?」


「そうですね。自然なことです」


 すごい自信だ。

 俺も美しい顔で生まれてきていたらこんな自信家になっていただろうか。


「ハルト様にとって、わたくしの顔がどストライクなのは理解していますのでご安心を」


「エルサの顔が美しいっていう事実はともかく、なんで俺の好みまでそう言い切れるんだ?」


「ベッド下に隠されていたいかがわしい本のコレクション、わたくしによく似た少女が脱いでおりましたので」


「おい待て! あれを見たのか?」


「見ていませんよ。マヌケはいま見つかりましたが」


「こいつ……」


「帰ったらしっかりと精査する必要がありそうですね」


 あの本は報酬金からちょっとずつ貯めて買ったいわば戦友のようなもの。帰ったらこいつに見つかる前に保存場所を変えるか。といってもあの狭小な部屋のどこに隠すって話だけど。


 大通りに出て人が増えたからか、周囲の人たちが「メイド?」「メイドよ。そういうプレイよ」とざわつき始めた。

 北欧出身で、超絶美少女なエルサがメイド服なんか着てしまったら注目に拍車がかかるのは当たり前だ。通行人はみな、一度はこちらを見て歩いている。


「ハルト様、目立っていますよ」


「目立つのはエルサだと思うが?」


「いえ。こんな美少女メイドを連れている冴えない男の方が目立つと思います」


「悪かったな冴えない男で!」


 いちいちチクチク言うやつだ。物理的にチクチクしてきた頃よりはマシだが。


「メイドさんだー!」


「康太!?」


 突如響いたその声に反応せざるを得なかった。

 メイドとは間違いなくエルサを指している。そこまではいいが、少年とその母親の声は道路を挟んで向こう側から聞こえてきたのだ。


 そして無情にも一台の軽自動車が少年に向かって突き進んでいた。しかもドライバーすらエルサに気を取られ、少年に気がついていない。


「くそ!」


「あっ……」


 俺は道路に飛び出し、少年を抱えて転がり込んだ。

 俺の背に軽自動車がぶつかり、背中の骨が連鎖的に折れる感覚を味わった。


「かっ……!」


 声にならない呻き声をあげると、抱きかかえた少年は泣き始めてしまった。

 おいおい、お前が笑顔にならないなら俺はなんのために体を張ったんだよ。


「きゅ、救急車!」


 軽自動車を運転していた茶髪のきのこ頭の男は車から飛び出して、スマホを取り出し119番通報を試みた。


「大丈夫ですから」


 俺はその男の手を止め、通報は阻止した。

 どうやって? もちろん、普通に立ち上がって。


「え? いや……あれ? 跳ねましたよね?」


「跳ねられましたね」


「自分で言うのもアレっすけど……かなりスピード出てて……」


「時速60キロぐらいじゃないですか?」


「え? えっ?」


「とにかく大丈夫ですから。そっちの責任もこっちの責任もなしでいいですか?」


「そ、それでいいなら……」


「んじゃそういうことで」


 俺は子どもを親に返してエルサの元へと戻った。

 エルサの表情は変わっていないが、怒っているよなこれ。なんとなくわかるぞ。


「すぐ無理をなさるのですね」


「あの日からバグったんだよ。誰かさんのせいでな」


「それは悪うございました」


 絶対に思ってないな。


「にしても痛いものは痛いな」


「普通なら痛みだけでショック死すると思いますけど」


「そういうのすら遮断してくれるんだろ? 俺の不死身体質ってやつは」


 不死身体質。

 元はエルサが俺に付けた名前だ。


 こいつと出会ってから知ったことだが、この世界には1千万人に1人くらいの割合で何かしらの特異体質を持って生まれる人間がいるらしい。

 その中に、俺が含まれているってわけだ。


 俺がこの体質に気がついたのは1年前。両親と車で出かけ、事故を起こして死別した時だ。


 っと、早く依頼人を探さないとな。さっきの事故で少し遅れたんだから。

 俺たちは駆け足で駅に向かい、ものの数分で駅にたどり着いた。


 人、人、人。家に引きこもっていては絶対に目にすることのない人で溢れていた。

 さてと、俺たちに生活費を恵んでくれる女神はどこかな?


「ハルト様、あの少女が依頼人ですか?」


 エルサが指を刺したのは駅の前にある小さな喫茶店の看板の前に立つ少女だった。

 ボリュームのある茶色いニットと、すらっとしたデニム。それに肩まで伸びた金髪をカールで巻いてふわふわにしてある……か。


「メールで送られてきた特徴と一致している。間違いないだろう」


 待ち合わせ成功だな。

 しかし、思っていた数倍美少女だな。それだけでやる気のスイッチが入るのはもはや男の性ともいえるだろう。


「舐め回すような特徴を尋ねるのですね」


「人聞き悪いな」


「失礼。ハルト様の性癖に刺さりそうな少女でしたので」


「嫉妬か?」


「冗談は顔と性格と体質だけにしてください」


「全否定じゃねぇか!」


 俺たちが騒ぎながら近づくものだから、16歳くらいの少女は気を使って先にこちらに一礼してくれた。メールで俺たちの特徴も伝えてあるから確信したような表情だ。

 ……まぁ、街中でメイド服の北欧女性を連れているなんて特徴、たぶん俺たちにしか合致しないだろうけど。


「初めまして。晴人さんとメイドさんですか?」


「はい。何でも屋の晴人と」


「そのメイド、エルサです」


「綺麗……」


 金髪の少女はエルサに見惚れるように凝視した。気持ちはわかるぞ。

 美少女、美少女、冴えない男の三人組は目立つようで、当然のように通行人の視線を集めていた。


「場所を変えましょうか。俺もあんまり表に出たくない人間なんでね」


「はい!」


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