016 襲撃者
ふと、山の方面からバイクのエンジン音が聞こえてきた。
「へぇ、バイクは走っているんだな」
「……晴人、床に伏せて!」
「は?」
「早く!」
刹那の言う通りに伏せると、バイクはどうやら刹那の部屋の前で止まったようだった。
「おい、どういうことだ? 知り合いか?」
「知り合いではない。今は黙っていろ」
「あぁ……ってうおっ!?」
「ど、どうした!?」
「な、なんでもないさ」
外のバイクを見るのに必死だったので気がつかなかったが、刹那も目の前で伏せていた。しかも、俺と顔を見合わせるように。
つまりその……服が重力で引っ張られて、Tシャツの間から少しだけ下着が見えていた。勝手に黒かと思っていたが黄色か。
やはり控えめな胸には飾りなんてなく、ありのままを表していた。そういう素朴というか、ナチュラルなところにドキッとするのが男の性ってもんだ。
こんなしょうもない思考も、外のバイク乗りの行動で途切れる。
バイク乗りはフルフェイスヘルメットを装着したままバイクから降りて、刹那の家をじろじろと観察し始めたのだ。男か女かの判別もつかない。
「なんだよアイツ」
「我にもわからん。だがここ最近、奴はよく家に来る。そして決まってアレを構えるのだ」
「アレ?」
俺が聞き返した瞬間、バイク乗りは荷物の中から黒く1メートル近い長さの大物を取り出した。
ライフルの様相に、弓が装着された武具……ボウガン。
日本でも所持が禁止された武器だ。
「おいおい、最近のアンチってここまでするのか?」
「ただのアンチでそこまでするわけなかろう」
伏せているとはいえ、超近距離まで詰められたら意味がない。
それに向こうはガラスだって貫通するボウガン持ち。これは対処を考えねぇといけないな。
キョロキョロした数秒後、ついにボウガン持ちは敷地内にまで侵入してきやがった。普通に犯罪じゃねぇか。
「……ここまで近づかれるのは初めてだ」
「今日が特別なのかたまたまなのか。おい刹那、あの窓の鍵って空いているか?」
「う、うむ。鍵なら空いているが」
「なら話は早い!」
俺はさっと起き上がり、床を蹴って窓を開けた。
もちろんここまで派手に動いたらボウガン野郎もこちらに気がつく。ボウガンに矢をセットして、銃口をこちらに向けてきた。
俺は刹那に流れ矢が飛ばないよう、外に飛び出した瞬間に転がって庭の木に隠れた。
「どうしたボウガン野郎! 俺を殺しにきたのか?」
「…………」
ボウガン野郎は無言を貫いた。
まぁ、俺がここにいたのはたまたま。足がつくようなこともしていない。つまり刹那を狙ったら、俺がいてびっくりってところだろうな。
さて、アイツはかなり細身で弱っちぃ見た目だけど、ボウガンを持っているからな。油断したらすぐ風穴が空く。
厄介なボウガンを封じるには……
俺は意を決して木から飛び出し、ボウガンの射程圏内に入った。
パシュッ!!
思ったより軽い射出音で放たれたボウガンの矢は俺の心臓を貫こうと飛んできた。そんな矢を俺は……普通に避けた。
「…………!」
「驚いたか? スパルタメイドに育てられた甲斐があったってもんだ」
アイツのチェーンクナイを避ける訓練で何度死んだことか。でもようやくそれが活かされた。ありがとよ、エルサ!
俺はポケットから長さ12センチの棒を取り出した。そしてボウガンに次の矢のセットを試みる敵さんを自由にさせないよう、その棒を振り上げた。
「があっ!?」
「声的に男か。痛いだろ、伸縮性の鉄棒だ」
普段は12センチの棒だが、遠心力が掛かると棒が伸びてリーチが広がる不意打ち武器だ。エルサと同じく、俺も伸縮武器を使うってわけだ。まぁ師匠であるエルサの好みでしかないんだけど。
右腕に鉄棒が当たった男は矢のセットを諦め、バイクに戻ろうとする。
どうする、刹那の安全を優先するなら逃したほうがいいが、先を考えたら捕まえるべきか? でも何か隠していたら……
逡巡する間に、ボウガン野郎はバイクに乗って去っていった。まぁ、刹那の安全を優先して逃したということにしよう。