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010 すき焼きパーティ

「いただきまーす!」


 ぐつぐつと音を立てる鍋は具材を振るわせていた。

 特に豆腐! このプルプルが食欲をそそるダンスのようだ。


「おい晴人、何がいただきますだ。説明しろ」


 箸を伸ばす俺の手を止めたのは多島さんだった。

 なんだよ、せっかく久しぶりのご馳走が目の前にあるってのに。


「説明ですか? あ、多島さん関西出身でしたもんね。関東風にしちゃってごめんなさい」


「そういうことじゃねぇよ!」


 ゴン! と机を叩いた。

 おいおい、この机安物だから壊れないか心配なんだけど。


「なんで俺はお前の家でメイドとすき焼き囲ってんだ!」


「なんでって……言ったでしょう、一之瀬星華と買い物に行ったって。すき焼きの具材を買ってたんすよ。んであいつは逃げたから戦利品として食うわけです」


 前金の5万円しかもらってないんだ。最低でもすき焼きくらい食わせてもらわないとやってられん。


「お前なぁ……」


「ハルト様、お肉が出来上がっていますよ」


「主人より先に食うな! ったく」


 エルサは「毒味でございます」などと調子のいいことを言っていやがる。自分が食いたいだけだろ。

 でも今日は500グラムも肉があるからな。エルサに全部取られる心配はない!


 肉を箸で持ち上げると割り下でキラキラ光ってやがる! こんな立派な牛肉なんてエルサと暮らし始めてから食ってなかったからな、感動がすごい。

 卵にディップしたらもう芸術品だ。躊躇わず、一気に口に!


「うっま……」


 なんだこれ。こんなに旨味成分が強いもの食べるのは久しぶりだからか、顔が痺れるんだけど。


「ハルト様、白菜とネギもいい感じでございます」


「おおサンキュー」


 よくやくメイドらしいことをしてくれたな。


「もういいや。俺も食おう」


 この状況を飲み込んだのか、はたまた理解することを諦めたのか。ともかく多島さんもついに箸を伸ばした。


「それにしてもエルサでも倒せないとはな。一之瀬星華はそれだけ強いのか?」


「あの身体能力の高さはカルマーで教育されていればほとんどの者が身につけます。それにわたくしのことを『先輩』と呼んでいたので、わたくしのことを知っているのでしょうね」


「逆にエルサは知らないのか」


「少なくとも直接の面識はないと思います」


「ふーん。カルマーも色々なんだな」


「おっかねぇ組織の話をしながら鍋を囲むって……なんか俺もうおかしくなっちまいそうだよ」


 自己評価では現時点でおかしくないんだな。俺からしたら多島さんもこの世界に片足突っ込んでいる時点でよっぽど狂人だが。


「それで、ハルト様は一之瀬星華に惚れてしまわれたわけですか?」


「ぶっ!」


 エルサがとんでもないことを言いやがるから割り下を吹いちまったじゃねぇか。

 布巾で拭いて、説教するために大袈裟に座り直す。


「なのなぁ、俺かエルサのどちらかを殺すってわかっている奴にどうやって惚れるんだよ」


「詳細に聞かれますので、彼女に気でもあるのかと」


「そんなもんあるか! あるのはただ、同情心だな」


「同情?」


「あぁ、だってあいつ『あたしを捨てた両親が生まれ育ったこの国』って言っていただろ? 幼い頃に捨てられて、今じゃカルマーって可哀想だな、ってな」


「わたくしも捨て子ですよ。可哀想と思っていただけますか?」


「……可哀想なのは可哀想なんだけど、なんか図太いからその感情も薄まるな」


 エルサの過去はあんまり聞いてこなかった。だからこの話も初耳だ。


「可哀想と思っていただく必要はありません。だって、カルマーがいたからハルト様に出会えたのですから」


「……甘いねぇ」


「あれ、多島さん辛党でした?」


「そうじゃねぇ、まぁいいや。お前らの夫婦漫才に付き合っていられるか」


 ん? いつ俺らが夫婦漫才なんてしたんだ?

 そう言い残し、多島さんは席を立って帰ろうとする。


「ちょっとちょっと。まだお肉はありますよ」


「腹膨らませて帰れねぇんだよ。かみさんが怒っちまう」


「あれ、既婚者でしたっけ」


「言ってなかったか? 息子だって3人いるぞ」


 それは申し訳ないことをした気分になるな。散々こき使って、息子さんたちからお父さんを奪ってしまっていたわけか。


「近頃はなんたらグラムだのティックなんたらだの、SNSばっかりだ。昔は外にでも連れて行けば大喜びだったのによ」


「いわゆるZ世代ですからね、仕方ないですよ」


「まったくだ。最近は動画を上げる側もお前たちと同い歳くらいのガキになっている。どんな時代だまったく」


「へぇ、多島さんも見るんですね」


「んなわけあるか。息子に見せられたんだよ。名前は確か……刹那って女の子だったか」


 刹那って名前の配信者なら俺も知っている。

 今どきラノベでも見ないようなコテコテの中二病設定で配信をしていた少女だ。ここへ引っ越す前に見たことがある。


「っと、無駄口叩いている場合じゃねぇ。マジで殺される」


「あはは、お気をつけて」


「こっちのセリフだ馬鹿野郎。あんまり無茶するんじゃねぇぞ」


「はいはい」


 多島さんは別れ際まで善人のままだった。

 尻に敷かれて、息子さんとのジェネレーションギャップに襲われながらも必死に頑張っている。

 あぁいう人こそ隠れた英雄ってやつなのかな。

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