【短編コミカライズ】「君を愛することはない」? ちょっとそこにお座りになって。
「エリーヌ姫。俺は君を愛することはない」
神聖な結婚式後、夫婦にとって初めての夜。
寝室にやってきた夫は、その薄い唇で開口一番そう告げた。
そして、話は済んだと言わんばかりに踵を返した夫の姿に、耐えきれず声をかける。
「旦那様……、いえ、シルヴァン様」
その名を呼べば、彼の黒色の双眸がこちらを向く。
その瞳をじっと見つめ、にこりと笑みを浮かべた私は、人差し指で椅子を指し示して言った。
「ちょっとそこにお座りになって」
「……は?」
そんな私の言葉が予想外だったのだろう、彼はポカンと口を開けて固まってしまう。
私は笑みを浮かべたまま言葉を続けた。
「いくらお互いのことをあまり知らないからとはいえ、結婚して早々それはあんまりだわ。愛のない結婚だと結婚式当日に告げられるこちらの身にもなってみて? これから私は、一生不幸な生活を送ることになると、死刑宣告を受けたも同然だわ」
「き、君に死刑宣告だなんて」
「あら、どの口がそんなことを言うのかしら??」
「……っ」
私は至って普通に話しているつもりだけれど、多分目は笑っていない。
そんな私の圧を察した彼は、渋々指し示した向かいの椅子に居心地が悪そうに座った。
そんなに気まずそうな顔をするくらいなら、最初から愚かな言葉を吐かなければよろしいのにね、なんて思いながら、今日付で夫となった彼と正面から向き合って口を開いた。
「シルヴァン・カステル様は、先の戦争でこの国を見事勝利に導かれた英雄であり、この国の西方の地、つまりこの地をお守りする辺境伯という立場で在らせられる方」
「……?」
突然何を言い出すんだ、と言わんばかりに首を傾げる彼には構わず、言葉を続ける。
「そんな戦の戦利品として与えられたのが、報奨金や勲章の授与、それだけには止まらず、国王陛下はこの国の第一王女であるエリーヌ・アルシェ……、つまり私を貴方の妻にするよう半ば命じるようにこの婚姻を取り付けた」
「……それが何か」
夫の戸惑ったような瞳に、私は努めて明るく口にした。
「貴方は私のことを、“国王陛下に体よく押し付けられた年増のくせに世間知らずの名ばかりの姫”、そう思っていることでしょう」
「!? なっ」
「否定せずともよろしくてよ。何より私が一番そう思っているのだから」
「そんなことは」
「あるわよね?」
「!」
その言葉に、彼は虚を衝かれたように息を呑む。
私は一つ息を吐くと言った。
「分かっているのよ。私は大勢いる兄弟の中で唯一の姫であり、それはそれは大事に真綿で包むように育てられたことを。
だから今まで、こんな歳になっても結婚出来なかったのよ」
「こんな歳って、まだ二十三歳では」
「私より三つも年下の貴方には分からないわ」
この国の女性の結婚適齢期をとうに過ぎた年齢である私に、今更お相手など見つかるはずもないと。
「そんな矢先、長く続いた戦争を見事勝利に収め、無事に帰還した独身である貴方に、国王陛下は目をつけた。
そして、今に至るというわけだけれど……、そんな私に、貴方は先程、『君を愛することはない』と仰ったわよね?
つまり、私との結婚は全面的に不本意だと」
「っ、君の方こそ!」
「?」
急に大きな声を出す彼に首を傾げると、シルヴァン様はバツが悪そうにもごもごと尋ねた。
「俺との婚姻は、嫌だろう?」
「……は?」
思いがけない言葉に目を見開くと、彼は乱暴に頭をかいて言った。
「俺はこの通り、戦でしか生きてこなかったような人間だ。君も知っているかもしれないが、俺の両親は不仲で互いに愛人を作って出て行ってしまった。そんな環境で育ち、恋や愛など知らない上、今までどれだけの人々を殺め、この手を血で染めてきたことか。
姫である君は知らないだろう?」
彼の言い分は分かった。
それなら、私が出すべき答えは。
「知っているわ」
「!」
私が彼のそんな言葉で身を引くと思っていたのだろう。
シルヴァン様は目を見開き、固まってしまった。
そんな彼に向かって、静かに口を開く。
「確かに私は貴方が戦場を駆けている姿も、その手で剣を握り、人に向かって振るっているところも見たことがあるわけではない。
けれど、貴方がそうして剣を取り戦ってきたのは、国のため、延いてはこの国で暮らす民の今日という平和に繋がっているということを私は知っている」
「……っ」
「それに、両親が不仲だからなんだというの?
確かに貴方の心の中は、それによって恋愛事に対して後ろ向きだということは分かる。
けれど、貴方は両親の子供であっても両親ではない。つまり」
「!!」
私は少しだけ腰を浮かせ、向かいに座る彼との距離を詰めて口を開いた。
「私を愛するかどうかは貴方次第。また、それを決めるのも私次第だわ」
「……!」
その言葉に、彼の瞳がこれ以上ないほど大きく見開かれる。
そしてもう一度椅子に座り直すと、シルヴァン様に向かって後一押しと口を開いた。
「それに、安心したわ」
「な、何を」
「『君を愛することはない』だなんて言ったのは、私のことが嫌いだからではなく、私のためを思って言ってくれたということよね?」
「っ!!」
またも図星を突かれた彼を見て、思わず笑ってしまう。
「本当に、お可愛らしい方」
「か、かわ!?」
「あら、殿方には失礼だったかしら。なら、“私好みの方”に訂正するわ」
「!?」
私の言葉一つで顔を赤くさせたり青くさせたり。
全て顔に現れる上、真っ直ぐと私の目を見て自分の気持ちを告げられる彼は、嘘をつけない方なのね、と今となっては好印象さえ受ける。
そうして今度は、自然と笑みを溢して言った。
「私は、貴方と結婚して良かったと思っているわ」
「っ、は」
「だから、貴方のお言葉を全力で覆してもらいに行くから覚悟してね?」
「!?」
「ふふ、冗談よ」
終始驚きっぱなしの彼に向かってクスクスと笑った後言った。
「だけど、最初から私を愛することを全否定しないでほしい。
愛してとは言わないけれど、それでもチャンスくらいはあっても良いと、そうは思わない?」
そう言って首を傾げれば、彼の顔が今度はほんの少し赤に染まる。
それを見てもう一度笑みを溢すと、今度は私が立ち上がって言った。
「私は貴方とならこの結婚生活、上手くやっていけると思うの。
だから、貴方も少しだけで良いから私と向き合ってみて」
「……どうして、そこまで」
その言葉に一瞬目を見開いてから、唇に人差し指を当てて言った。
「さあ、どうしてかしらね?」
「っ」
彼の瞳に、少しでも魅力的に映るように。
彼よりも少しだけ年上の私が、大人として先導出来るように。
そう計算して言葉を発せば、彼は予想通り顔を赤らめて俯いてしまった。
それを嬉しいと思う自分は心に秘めて、自室へと続く扉に手をかけ、彼の方を振り返ると微笑み言葉を紡いだ。
「私と共にこれから歩む道を、少しでも考えてくれたら嬉しいわ。おやすみなさい」
その答えを聞くことはせず、その扉を開けて自室へと戻る。
そして、ふーっと息を吐いて願う。
「どうか、私の初恋が叶いますように」
そう祈るように瞳を閉じれば、いつしか目にしてこの心を震わせた、騎士服姿の彼が思い起こされたのだった。
そんな彼女の願いが叶う未来は、そう遠くはない。
お読みいただきありがとうございました!
騎士と姫の物語、楽しんでお読み頂けたら幸いです。
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