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Episode Yourself

作者: 栗崎新

 体育館にマイク越しの校長の声が響く中、俺は携帯電話に自分のアドレスを入力していた。 「 俺の 」 携帯電話ではなく、 「 他人の 」 携帯電話だ。周囲のクラスメートの目が若干気になる。

 二学期の始業式が、まさか一限目にやるとは思わなかった。しかもその始業式で、校長の式辞が三十分以上も続くとは予想外の範疇を超えていた。途中、他の先生が壇上に上がり校長に耳打ちする場面があったが、校長はしっしっと追い払うだけだった。先生らも俺達と同じ心境に違いない。長時間直立不動の姿勢を保つ事は、拷問とまでは言いづらいが決して楽ではなく、その絶妙なさじ加減が憎々しかった。

 携帯電話を制服のポケットにしまい、俺は頭を上げ周りを見渡した。白い夏服と窓から差し込む陽の光のおかげで明るさに満ちてはいるが、空気は重苦しい。所々で貧血なのかそれともこの重苦しい空気に押しつぶされたのか、しゃがみこむ生徒が見えた。

 そんな状況はお構いなしに 「 君達はこう思ったことはないですか 」 と校長が問いかけてくる。 「 歴史上の人物は何かしら小さなエピソードがあると思いませんか。崖を下りる鹿を見て馬も下りることができると確信したとか、どこかの国の大王が自分の身長にコンプレックスを持っていたとか 」  体育館が少しだけざわついた。校長の問いかけに真面目に考えているのか、早く終われ、と野次を飛ばしているのかは判然としない。

「 皆さんも勉強や部活でなにか、逸話とでも言えばいいんでしょうか、とにかくそういうものを残してほしいな、と私は思ってたりするんですね。いや別に歴史に名を残せ、とか言ってるんじゃないですよ。でも、私はどうせ生きてるんなら何かしら後世に残したいな、って考えてるたちでしで 」 校長が、自意識過剰ですね、と自嘲気味に笑った。この長話はいろんな意味で逸話になる、と俺は内心で毒づいた。立ちっ放しの体が悲鳴を上げている。


 校長が、私はですね、と口を開いた時だった。凄まじい音とともに体育館が揺れだした。地震とはまた違った揺れだったが、どのように違うのか考えるほどの余裕はなかった。爆発音が続けざまに外のほうから飛び込んでくる。体育館の窓ガラスにひびが入った。


 叫び声が上がりパニックに陥った時には、すでに揺れも爆発音も収まっていた。





                 *****





 「 お父さん、もしかしてこの人? 」

 歴史人物辞典という本を娘から受け取る。中学生になったばかりの娘は、私に似ず勉強に精を出すタイプで二十数年前のあの出来事を私が自慢気に話した時も食いつきがよかった。

 娘が差し出した本をのぞいてみると、なるほど確かに 『 歴代総理 』 の項目に懐かしい名前があった。そのページを開くと、これまた懐かしい、しかし威厳のある校長の顔写真があり、功績がつらつらと書かれている。端にはエピソードコラムがあり、 『 長話が生徒を救った 』 というタイトルが付けられていた。

 高校の校舎を爆破することに、果たしてどんなメリットがあるのか私にはわからなかったが、とにかくあの日の校舎には何者かによって爆発物が仕掛けられていたらしい。校長がその事実を知っていたのかどうかははっきりしないが、体育館で長話をしたことで校舎の爆発には巻き込まれずにすんだ。メディアがこの事件を面白おかしく取り上げ、校長の名が全国区に広がるのにそれほど時間は掛からず、これをきっかけに勢いに乗り副知事から知事、やがて国政へと進出していった。今となっては歴代総理として参考書に載るほどの身分になり、私はこの事件に居合わせたことを娘に自慢するほどの身分になった。

 「 あの始業式がこんなことになるなんて思ってもみなかったな 」

 「 話を聞いてたほうはえらい迷惑だよね 」

 「 最後はネタが尽きたのか、後世に逸話を残したいっていう青臭い話になったんだ 」

 結局その青臭い話は現実になり、それがまたマスコミの興味を引いた。おかげで面白半分で付けたとしか思えない恥ずかしいあだ名が出回ることになった。

 「 おしゃべラーなんて呼ばれたこともあったな。正直全然似合ってない 」

 「 お父さんはその校長先生の式辞は真面目に聞いてたの? 」

 「 少しはな。でも 」

 あなた何してるの、と階下から妻の声が聞こえる。多少恥ずかしさはあったが、もういいかと娘に耳打ちする。 「 実を言うと、母さんを口説くことばかり考えてた 」

 当時、高校生だった妻になにかしらの想いがあったのは確かだ。始業式の日の登校途中で偶然妻が携帯電話を落としたのを目撃し、私はそれを拾った。高揚感と罪悪感がないまぜになった状態で、その携帯電話に自分のアドレスを付け加えた。お互いに顔は知っていたが、話したことはほとんどなく、だから彼女に携帯電話を返しに行った際、調子に乗って 「 俺のアドレス入れといたから、よろしく 」 と口走った時も彼女は私の事をストーカー扱いする権利はあったはずだ。しかしそうはならなかった。彼女はけらけらと笑いながら言った。 「 それお母さんの携帯なんだよね。今日間違って持って来ちゃって 」

 友達なんかに言いふらすなよ、と釘を刺し、私は娘の部屋を後にする。部屋のドアを閉めると妻が階段を上ってくるところだった。結婚式の場面が浮かぶ。あの時は2人の出会いのエピソードと称して暴露されたのだっけ、と思わず笑ってしまった。なんなのよ、と妻が不思議そうな顔をしている。私は何も言わず妻と一緒に寝室に入った。

歴史上の人物のエピソードを眺めていたら思いついたものです。

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