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鉄壁だから、傷つかない

お約束の意地悪浅はかお嬢様がチクチクしてくるお話。


「何かご用ですか?」


 声をかけて来た二人組の若いメイドに向き直り、用向きを尋ねる。

 一人は金髪の巻き毛を二つに束ねていて、もう一人は栗色の髪を後ろで三つ編みにしている、どちらも若いメイドだ。

 指導している後輩ではないため、休憩時間に探したと言わんばかりの声をかけられたことに首を傾げる。

 エプロンに盾と星の刺繍があるのは第一騎士団寮のハウスメイドだから、ますます探される理由がわからない。


「いえ、用ってほどじゃないんですけど」


 答える三つ編みのメイドの視線は窺うように辺りに向けられていて、金髪のメイドはその後ろに隠れて私を見ている。

 用ってほどじゃない、つまりは醜聞への好奇心だろう。


 先日、昼間の中庭で、私がどこぞの男に泣き縋っていたらしいという噂はさすがに私の耳にも届いている。

 ああ、今も猫のレートを撫でるために俯いてしゃがみこんでいたのを、うずくまって泣いていたとでも思われたのかもしれないな。

 まぁこんな具合に人の耳目はどこにでもあるので、混乱した私の醜態が噂になるのは仕方がない。私の油断だ。


「レティシアさん、お引越しなさったんでしょう!?」


 とは言え、なんでも広めていいわけではないのよ。

 考えなしの発言を咎めるために三つ編みのメイドを見るが、普段の無表情がたたってか不機嫌に気付かれないらしく、更に問われる。


「どのあたりにお引越しされたんですか!?」

「個人情報をそう声高に暴露されては困ります。なぜそれを?」

「レティシアさんが事務官に住居変更の届け出の質問をされてるのが偶々聞こえたんです!」

「……偶々」

「はい、偶々!」


 うん、偶々なわけがない。

 確かに事務官様には届け出の書類のことで質問をしたけれど、それは事務室の中での会話。もちろん彼女は室内にはいなかったから、その話が聞こえたと言うなら私が事務室に入るのを追いかけ、ドアの外で聞き耳を立てなければ無理がある。

 私が事務室に入るところを見かけたのは偶々だろうけど話を聞くのは偶々ではない。つまりは盗み聞きしていたことになる。


「急にどうされたんですか?一緒に住んでた方となにかあったとか!?」


 ……なるほど。なぜ盗み聞きをバラしてまで引越しの話に食いつくのかと思えば、どうやら彼女の中で引越し前の私は、噂の振られた男と一緒に住んでいたことになっているようだ。確かにそれは相当な醜聞。


 確かに平民なら未婚でも同棲だとか婚前交渉だとかは問題ないと話は聞くけれど、いかにも私がそうであるような憶測を撒き散らかされるのはなかなか困る。


 だって、すでに純潔でない女性が一人暮らしを始めただとかそんな誤解が広まったら、身もお金も余計な危険に晒されるわけで。例えば押し入られて穢されたり脅されて、王城のコネ就職に利用されたりだとかね。


 王族に近い職場に勤める以上、つけいる隙を見せればどこがどうなって国の不利益に繋がるかわからない。

 だから王城で働く人間は雇用時にもれなく、機密保持だとか規律厳守に何枚もの宣誓書にサインさせられたはずだ。それこそ一発解雇が恐ろしくて、迂闊に噂なんて振り撒けないくらいには。


「……興味本位に詮索するなら、せめて時と場所を選びませんか」


 思わずため息を吐いてから注意をすると、今まで黙っていた金髪の方のメイドがさも名案を思いついたとばかりに手を打った。


「だったら、レティシアさんの新居でお話しするのはどうかしら?」

「は?」


 おっと。思わず心の声が漏れてしまった。

 突然の押しかけ宣言の主を見ると、白皙の頰に白魚の手を当てた貴族らしい笑みを浮かべている。いわゆる下々の者に有無を言わせないというやつだ。


「立ち話は落ち着きませんものね?」

「名前も知らない親しくもない方を私邸に招くつもりはありません」


 名案だとばかりに同意を求められたが、ごく真っ当な理由できっぱりと断る。

 まぁ、貴族ならお茶会やパーティーに面識ない人も招いたりするから、その感覚なのかもしれない。いや、やっぱ押しかけるのと一緒にしちゃダメだわ。


 私の返事に可愛らしく目を瞬いた金髪のメイドが、次いで申し訳なさそうに眉を下げ、口元の笑みを深めた。嫌な感じだ。反射的に気を引き締める。


「まぁ、ごめんなさいね?外庭の使用人区にお勤めの方とは縁がないのを忘れていましたの。私はオディット・アンバイン子爵令嬢、この子はハーバー商会頭の娘、エリーさんですわ」


 おお、人を見下げながらしっかり家名まで名乗ったな。

 しかし勤務場所がどうであれ、貴族と平民だったとしてもあくまでも職務中は王城のメイド同士なのだよ!なんだったら私の方が職級は上だからね。

 王家に勤める私たちに生家云々の都合は後回しなのだ。その内容も雇用時のサイン案件。


「我がハーバー商会は、たくさんの貴族家のお得意様が居られるのです!アンバイン子爵家の皆様もご贔屓で、先日も希少な宝飾をお買い上げいただいたんですよ!」

「ふふ、私もお母様も宝石には目がないのだもの。シュタイン産ブルーダイヤのグレード5ともなれば買わない理由がないわ」


 わぁ。もっと切れ味鋭い嫌味が飛んできたりするかと思ったら、なんかただの金持ち自慢が始まった。雇用契約を守らない娘が平然と顧客情報をバラすような商会、私ならお付き合いは遠慮するけど。アンバイン子爵家とハーバー商会はえらく羽振りが良いみたいね。シュタイン産のグレード5か…………うん、やっぱり抗議はしておこう。


 それからもどうでもいい会話が続いているけど、この程度なら多少声が大きくても許されるだろうから放っておくか。

 とは言え、縁もゆかりもないこの子たちをいつまで相手にしなきゃいけないのかしら?昼休憩もあと半分を切って……


 いやだ、レートにおやつを贈呈できていないわ!

 せっかく初めてレートを撫でられた記念すべき日だと言うのに!しかもレートから撫でてって頭をすり寄せてきたのに!もう可愛い。可愛すぎる。天使。天使記念日?いやそれだと毎日が記念日!


 レートが飛び込んで行った植え込みを見るが、既にそこにいる気配はない。すごい勢いだったから枝を引っ掛けて怪我をしたりしてなきゃいいのだけど、大丈夫かしら。

 ……と言うか、この子たちが来なかったらレートが逃げる必要もなかったのよね。ほんとにこの無駄な時間に付き合う理由がなかったわ。


「あ、レティシアさん!お家の場所を教えて頂戴?」


 自慢話に花を咲かせる二人を放ってさりげなく立ち去ろうとしたけど、あっさり見つかって押しかけ話を蒸し返されてしまう。

 ああ、もう。面倒くさい。

 

「嫌です」

「なっ!?」


 取り繕うこともなく拒否すると、なぜかエリーさんがびっくりして目を剥いた。いや、なぜ驚く。


「なんなの?空気読めないの?これだから鉄壁は……」


 人の至福の時間に突撃しておいて、空気読めないのはどっちだ。いや、あえて読まないのかも?

 ……もういいや、立ち去ろう。


「っ、お待ちなさい!」


 しかしお仕着せの裾を踏まれてつんのめった。

 オディットさん意外と素早いなと感心している間に、驚くことにどんっと強く背中を押された。しまった、実力行使に来られるのは予想してなかった。

 バランスを失って傾いた体を立て直そうとするものの、裾を踏まれたままだったので上手くいかず、地面に強く膝をつく。芝生の上だが衝撃でびりっと痺れるやつが来た。地味に痛い。


「……なにか勘違いをなさっていて?少しばかり上職な程度で、私の命令を断る権利なんてあなたにはないのよ?」


 オディットさんがなかなかの貫禄で私を睨んできた。

 彼女にとって爵位というものは、私の鉄壁以上に堅牢な守りなのだろう。


「第一、おひとりで寂しくされてるのではないかと思ってお誘いしたのに。人の親切がわからない方なのね」

「恋人に傷物にされて振られた八つ当たりかしら?みっともない」

「愛想のかけらもないくせに、振る舞いですら殿方の心も掴んでいられないのだもの!振られるのも無理はないわね!」


 二人のメイドはくすくすと蔑み笑いながら、興が乗ったように声を張り上げて私を侮辱していく。

 まったくもって事実無根な妄想を足掛かりにして。


 ーーさて。

 どうしてくれようか。



「レティシア」

「っ!?」


 反撃の口火を切る前に、気配もなく近付いてきた逞しい腕がふわりと後ろから私を抱き締めた。

 反射的に力のこもる体を宥めるように抱き起こされ、すとんと足が地面に着く。


「すまない。約束に遅れてしまったな」


 耳元に甘く響く声と、さらりとした銀のきらめきが頰をくすぐった。


「アルフレド、さま……?」


 間近で輝く水色の瞳に、呆けた顔の自分が映る。

 そして蕩けそうに微笑む、アルフレド様の顔。


「どうかした?俺のレティ」


 え、いや。あなた一体誰ですか。




鉄壁メイドがノーダメージすぎる件。

次話、アルフレド目線

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