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初めてのモフ

アルフレド視点です


「シェンテ隊はΖ地点から西に。フロータル隊は東に展開。中央からはエンドバルト隊、まっすぐ南下した後、全部隊X地点にて合流。アルフレドターゲットを追い込み、捕捉せよ!」

「「「「イエス、マアム!!」」」」


(ねぇ、なにがあったのお前ら)


 三日ぶりに獣化して中庭に潜んでいるアルフレドが見たのは、完全組織化した令嬢たち。ナントカ隊と言いつつ、構成員はそのナントカ家令嬢の一名きりのようだが。

 謹慎中にもこうして活動していたのだろうかと考えると、なんだか申し訳なくなってくる。

 そこまでして追い込まれる自分に、なにか罪はあっただろうかと真剣に考えてみるが、心当たりはない。


 なんせここしばらくは、目につく場所での鍛錬は回避し、昼は獣化して隠れ、令嬢たちの私的な接触を徹底的に避けていたのだ。いくら婚活に必死な令嬢たちでも、アルフレドが嫌がって避けていることにくらい気付くはず。


(嫌がってる相手を追い回して、結婚も何もないだろう)


 揃えた両手に顔を乗せ、上目遣いで空を見上げる。


(追い回して結婚できるなら、苦労しねぇわ)




 謹慎初日の夕食と二日目の朝夕、レティシアは反省室のアルフレドの元へ食事と手作りおやつを持って来てくれた。

 その度に彼女を他愛ない言葉で引き留め、数分で食べ終えられる量の食事を何倍もゆっくり口に運んで、扉の前に膝をついてしゃがみ、彼女の姿を目に焼き付ける。


 壁を背にして真っ直ぐ佇むすらりとした姿。露出など少しもないお仕着せが、ほんの僅か彼女の体の線に沿うだけで簡単に胸が騒いだ。

 今日も安定の無表情は、しかし瞳に浮かぶ柔らかな熱や、びっくり顔や笑顔の記憶に容易く彩りを添えられ、アルフレドの目にはきらきらと眩しく見えて。


(やべぇな、これ。浮かれる)


 反省室の壁と扉に隔てられていなければ、惚れた女に触れたいと言う本能のまま、彼女を困らせていただろう。

 筋トレぐらいしかやることがないことも、彼女に想いを募らせるのに拍車をかけて、自覚するより前に抱いていた感情すら巻き込んで膨らむ一方だ。


 だが昨日は仕事が休みで今朝は遅番。レティシアの代わりに食事を届けに来たのは食堂の見習いの男。

 シフトは前日の内に聞いてはいたし、代わりが無闇に近付こうとする他のメイドでなかったのは助かるが、レティシアが作ったおやつの差し入れをレティシア直々に頼まれたと言うその男とは一体どういう関係なのか。

 あの男……と言うより少年か?レティシアより随分年下だと思うのだが……そう言えば彼女はいくつなのか、そんなことも知らない。


 猫が好き。料理が上手い。雑談の中で聞き出した、好きな色に好きな食堂のメニュー。

 王都に姉夫婦がいて、実家は鳥型の魔物が出る。彼女のプライベートで知っているのはそのくらい。


 王宮メイドは貴族の娘だが、王城メイドはそれも外に近付く程身分は低く、ほとんどが平民だという。

 名乗る際に名前だけだったことからも、レティシアは平民なのだろう。

 間もなく騎士男爵位を叙爵するアルフレドとは、形式上とはいえ貴族と平民になる。結ばれるのが叶わないとは言わないが、相手にとっても相当な負担になるだろう。


 王城メイドのレティシアの所作は見事なものであるが、貴族の誇りに端を発するあれこれは、実力社会の騎士である自分だってうんざりするのだから。


(爵位は欲しいが、こんな弊害があるとはなぁ……)


 獣人だからと迫害されることはないが、数の問題で言えばどうしても社会的立場は弱い。だからこそ、アルフレドは爵位を望んでいる。家族や仲間の平穏のために。

 だがそのために新しい家族を迎え入れられないなら、それは本末転倒ではないか。


 ふん、と鼻を鳴らして目を閉じる。

 柄にもなく考えることが増えて、頭が忙しい。

 猫の姿のまま頭を抱えたくなったところで、こちらに駆け寄るほとんど聞こえないくらい微かな足音が聞こえて、陰鬱な気持ちは吹き飛んだ。


 さりげなくを装って視線を上げるが、ひとりでに喉がごろごろと音を立てている。

 これはもう、仕方ないのだ。今の自分は感情も本能も発現しやすい姿なので。


(……会えて嬉しい。レティシア)



「お久しぶりです、レート!」


 彼女にしては大きな声に、緩んだ顔。弾んだ足取り。

 アルフレドの身にたまらない歓喜が湧き起こる。


(レート。思いつきにしては悪くない)


 反省室の壁越しにしつこく聞かれ、必死に絞り出した『猫の名前』を呼ばれると、ピリピリと髭が震える。

 『アル』や『フレッド』だと、自分の愛称を飼い猫につけるナルシストのように思われそうで、だけどレティシアに全く関係ない別の名で呼ばれるのも嫌で。


 アルフレドは地方によってアルフレートと読むから、そこからとって『レート』。いずれきちんと正体を話した後は、自分のことをそう呼んで欲しい。

 彼女だけの呼び名にする。

 

「レートがいると言うことは、アルフレド様も謹慎が明けたのですよね?」


 いつもより近いところまで歩いて来たレティシアが、きょろきょろと辺りを見回す。


(レティシアが、俺を探している)


 小さい心臓が、ぎゅうっと締め付けられるように、甘い痺れを連れて来る。ぴんと伸びた尻尾がぶるぶると震えた。

 今すぐにでも人型に戻りたい衝動に駆られた時、レティシアの指がするりと頭を撫でた。


(!!?!??)


 思わずビクーッと体が強ばり、指の間が開く。ぶわりと毛が逆立ち、鋭い爪がにゅっと突き出し、芝生を抉った。


「ああっ、驚かせてごめんなさい!」


 慌てて両手を肩の高さに上げるレティシアを驚きの目で見上げ、こちらも慌てて爪を引っ込める。


(今。触ったのか、レティシアが、俺に……?)


 一瞬触れられただけの狭い額。なにか甘い毒に浸したような、ぞわりとした感覚が全身を走った。本能的に自分の体を舐めて毛繕いをし、自分を落ち着かせる。


(姪っ子のアレルギーで触れないんじゃなかったのか)


 もちろん嫌なわけではない。触れられたいし、触れたい。まず猫の姿でレティシアをメロメロにしてやろうという算段もあるから、どうぞ存分にモフれと体を差し出したいぐらいだ。と言うか既に先日実行済みだ。


 ぐるぐると混乱するアルフレドに、レティシアが申し訳なさそうな顔をして身を屈める。


「実は昨日、お休み取って姉夫婦の家から引っ越したんです」


(引越し?昨日?そんなこと一言も……ってまぁ、言いふらしはしないか普通)


「なので、レートに触っても姪っ子の体調に障る心配はなくなりました。是非とも撫でさせて欲しいです」


(……まさか、俺を撫でるためにじゃねぇよな?)


 さすがにそれはないかと内心で苦笑しながら、差し出されたレティシアの手に身を擦り寄せる。


(ああ、やばい、興奮する)


 可愛くないことを考えながらも、外見は可愛く甘えるアルフレドに、目を輝かせたレティシアの手が彼女の意思で触れた。


(レティシアだから許す……俺の全てを)


 目の横を撫で付けるように撫でた後、親指全体を使って耳の生え際から後頭部に。毛流れを整えながら首に降りて来た指先で、ごろごろと音を立てる喉を優しくくすぐられると、とんでもなく気持ちいい。


(ああ……やばい。人としての尊厳まで溶ける……)


 猫好きなだけあって、レティシアの手技は絶妙だった。

 しかも、王都に来てから触れなかった鬱憤もあって、かなり執拗に余すところなく撫でて来る。


(待て!そこはダメだ!まだ結婚前で…………ああ!?)


 尻尾の付け根をくすぐられると、ぞわぞわとしてお尻が上がってしまう。


(くっ、よく考えたら今俺は全裸みたいなものじゃないか!ダメだ、見るな!)


「可愛い……」


 ふくりとしたデリケートな部分まで見られ、アルフレドはレティシアの手に抵抗しようと自分の前足を伸ばすが、呆気なく絡め取られて肉球をふにふにと揉みしだかれ、完全に体から力が抜けた。


(もう……どうにでもしてくれ……)


「あっ、いた!レティシアさん!」

「「!」」


 二人して完全降伏の状態から瞬時に覚醒して体勢を整える。アルフレドはそのまま植え込みに隠れ、レティシアはくるりと声の方を体ごと振り向いた。




番はない世界線


次話は少しストレス展開かもです。

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