にゃんこ騎士謹慎中、鉄壁メイド勤務中
レティシア視点
「違う」
食堂からの届け物をひと口かじって眉を顰めるアルフレド様に、首を傾げる。
「違う?」
「レティシアにもらったやつと違う」
語弊があるわ、と今度は私が眉を顰める番。
「私が差し上げたのは、貴方ではなく貴方のお猫様にです。ハーブも使っているし、味付けは違うでしょうけど。アルフレド様は見ただけで味の違いがわかるのですか」
胡乱げに見ると、残りのささみを口に放り込んで目を逸らされた。
まぁ、詰め込みすぎだわ。ほっぺがまんまるで端正なお顔が台無し……と言うか。
なんとなく目を逸らし、互いに視線があさってを向いたまま会話を続ける。
「それに、素材が違いますから。私が使ったのはホロタークのささみですし」
「ホロタークって、七面鳥みたいな魔物のアレ?」
「ええ。王都では食べられていないみたいですね。実家の辺りではよく獲れるので送ってもらって」
「実家って?今も姪っ子と住んでるんだろ?」
「盗み聞きは感心しませんよ」
「……聞こえたもんは仕方ねぇだろ」
あ、口調が乱れた。平民出身らしいからこれが素かしら。私は気にしないけど、普段の口調はちゃんと気を遣っているのね。
確かに昨日の一件は、あまりの愛らしい誘惑に取り乱した私が悪い。あまりその時のことを思い出すのは精神衛生的によろしくないので、こほんと咳払いをして話しを進める。
「実家は遠いので、王都にある姉の嫁ぎ先の空いている部屋に居候させてもらっているのです」
「そこまでしてなんで王城メイドに?」
「……謹慎中なのでは?無駄話をしていて良いのですか」
「やることないもん」
もん、てなんだ。そこでやることは反省でしょう。
この会話も、反省室の小窓越し。腰の高さで切り取られた、側に寄っても顔の半分くらいしか見えない大きさの窓だから、こちらを覗き込んでいるアルフレド様は壁に張り付いてしゃがみ込んでいるのだろう。
私はと言えば、反省室と廊下の間の部屋で立ったまま、アルフレド様の食事が終わるのを待っている。また後で食器を下げに出直すと言ったのに引き止められ、なぜか延々と話しかけられているのだ。
「で、なんで?」
「…………黙秘します」
「えー!?気になるじゃねーかよ」
「召し上がらないなら一旦戻りますね」
「食べてる!食べながら喋ってんの!」
「マナー違反を威張らないでください」
子供のような言葉をいなしながら、答えを考える。
なんでと言われると婚活のためなのだけど、なんとなく言いづらいわ。
人見知りと面倒くさいトラブルを避けたいのとで、意外と要領よく諸々こなしてちょっと出世してしまい、相手もいないまま婚期を逃し気味だなんてことは。
とは言え、この人を追いかけ回すご令嬢たちのように、熱い志を持って結婚相手を探しているかと言われるとそうでもなく、できないならできないでいいんじゃないかなぁと思っているのがそもそもの原因なのだけど。
「とにかく、そこは私的な話なのでご遠慮ください」
「ちぇー」
どうしてこんなプライベートなことを聞かれるのか。
なんだか友達と遊んでいたら、やたらと話しかけて来るお父様を思い出すわ。
……もしかして、素行調査かしら?あの子に近づく人間を判断するため?
やだ、そうなら正直に話した方がいいのかしら。でも婚活中だなんて言ったら、飼い猫を通じて飼い主を狙ってるなんて思われるかもだわ。アルフレド様の子だったなんて知らなかったのに。
「やっぱレティシアの作ったやつのが美味い。な、また持ってきてくんね?」
考え込んでいると、アルフレド様が上目遣いで見上げてくる。あの子と瞳が同じ色だからか可愛らしく見えるわ。
それに少し口調が砕けた。心を許してもらっている?これも餌付けになるのかしら。
「お猫様になら貢ぎますけど。あの子、どちらに預けてらっしゃるんです?」
時間的に急に決まった謹慎だろうから、王城の中の誰かよね。持って来たおやつを渡せたらいいんだけど。
「…………黙秘します」
「なんですそれ。仕返しですか?」
ふふっと笑うと、アルフレド様がぽかんとした顔をする。
ああ、うっかり。鉄壁とは言え、別に笑わないでいようとしているわけじゃ……なくもないけど、笑うことくらいあるわよ。
なんとなく気恥ずかしくなって、無造作に手にしていた包みを差し出す。
「仕方ないですね。あの子にあげようと思ったのですけど、召し上がります?薄味ですが人間が食べても支障ないですし」
「やった!食べる!いい匂いがすると思ってたんだ」
「まぁ、お鼻のよろしいこと。はい、モーク牛のジャーキーです」
上等な紙ナフキンに包んでリボンで結んだ今日のおやつを取り出し、小窓の高さまで身を屈める。
同じ高さで視線が絡み、目を丸くしたアルフレド様がぴくりと肩を揺らす。
「謹慎が明けたら、またあの子に会わせてくださいます?」
「……随分と気にかけてくれるんだな」
「ええ勿論。とても可愛いので」
「…………可愛い」
どこか不満げに呟くアルフレド様に、おやつの包みを差し出す。きっと、あの子の可愛さを独り占めしたいのでしょうね。私でもそう思うもの。
「アルフレド様の分のおやつも持ってきますから」
「わかった。約束だぞ」
「あの子と一緒に、中庭に来てくださればお渡しします」
「………………そう、か」
あの子に預けるわけにはいかないし。
おやつを渡すと、アルフレドさまが満足そうに目を細める。
「ありがとう。美味そうだ」
「ふふ、せめて開けてから仰って」
「……っ、匂いでわかる」
「まぁ」
空になった食器を受け取り、一礼して退室しようとすると、背中にアルフレド様の声がかかる。
「また明日も頼む」
目元しか見えないけど、ご機嫌よさそう。謹慎中なのに良いのかしら。
「わかりました。それでは」
廊下に出て、なんとなく食器を載せたトレイを見つめる。
ジャーキーの感想を聞いた方が良かったかしら。見た目と匂いはわかっても、猫用のおやつを食べるなんて初めてだろうし。
アルフレド様用に持って来るなら普通の味付けの方が良いわよね。……あら、明日も頼むって、もしかして食事の配達じゃなくておやつの話だったのかしら?
……お口に合うかまだわからないけど、これって猫なら『餌付け』だけど、人間なら『胃袋を掴む』って言うんじゃないかしら。
困った、そんなつもりないのに。
ただでさえ引く手数多な騎士様だし、今日の人当たりからすれば相当遊んでそうだし。絶対面倒なことになるから、結婚相手はもちろん、お付き合いもごめんだ。
……あ、でも、あの子と遊んでおやつを渡すためとは言え、会う約束をしてしまったんだわ、私。
やらかした。やらかしてる、私。
どこに耳目があるかわからない王城の中庭で、休憩時間に男女が二人なんて、傍目からは逢瀬に見えてもおかしくない。
これはまずいわ。
でもあの子に会いに行かないなんて選択はないし、そうしたらアルフレド様がついてくるのだから……
「……待てよ?」
降りて来た天啓に、ぴた、と足を止める。
アルフレド様と結婚したら、あの子と家族になれるんじゃない?
毎日あのモフモフの天使を眺め放題愛で放題撫で放題抱っこし放題一緒に寝放題じゃない?
「え、なにそれなんて天国?」
手にしたトレイがみしっと音を立て、はっとして手の力を抜く。
正直アルフレド様が好きとかそういう感情はないけど、話し好きのようだし、それなりに温かい関係が築けそうな気がする。
競争率が高いのが難点だけど、お猫様のためなら寧ろ燃える。滾る。
やだこれ、春が来たってやつじゃない?私。
あれ、恋愛……?
将はお猫様なレティシアさん。