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鉄壁メイドと失礼な騎士様

モノローグもレティシア視点


 向こうから歩いてくるその人に、思わず目を奪われた。

 騎士服に包まれた細身の長身。その無駄のない身のこなしは、貴人のそれとは違う種類の美しさがあってどきりとする。

 冷たさを感じる綺麗な青みがかった銀髪は、その印象を裏切る可愛らしいふわふわした癖毛。

 伏せた目の下に影が落ちるほど長い睫毛も同じ銀色。

 すん、と匂いを嗅ぐように形の良い鼻が動いた。


 次の瞬間、真っ直ぐに向けられたアクアマリンの瞳になんとなく既視感を覚えて、時間が止まった。


「……鉄壁」


 ばりんと音を立てるように空気が壊れて、一気に現実が戻ってくる。


「なにかご用でしょうか、騎士様」


 ムッとした内心を隠して、軽く腰を折って尋ねた。


「ああ、いや。……悪い」


 失言を恥じるように口元に手をやる騎士様。

 まぁ、最低限の常識があれば初対面の相手に悪口に近い呼びかけをするはずはないだろうから、思ったことが口から出ただけで、意図したわけではないのだろう。


「影でそのように呼ばれていることは存じております」


 騎士が迂闊な発言をすることを看過するのもどうかとは思うが、わざわざ不興を買ってまで諌める立場でもない。

 許すも許さぬもないと、ただ事実のみを伝えるに止めておく。


「気を悪くさせるつもりはなかった」

「あら、気を悪くするような言葉であるご自覚が」


 おっとしまった。言葉を切ってふいと顔を逸らす。

 スルーしようと思ったのに、決まり悪げな自己弁護についつい嫌味が。

 

「……本当に鉄壁だな」

「申し訳ございません」


 返す言葉もございませんや。

 相手の無礼ではあるが、軽くとは言え謝罪されたのに嫌味を返した私に非がある。こちとら一介のメイドなので。


「いや、それでいい。もっと警戒するべきだし、ガチガチの堅物であるべきだ」

「はい?」


 誰が堅物だ。……はいはい、私デスネ。

 言われなくても全力で身を守りますよ。王城は魔窟ですからね。

 なぜか満足そうに目を細めるその人に、思わずどきりと心臓が跳ねた。イケメンは罪深い。


「ああ、俺はアルフレド。第五部隊の副長だ」


 急に名乗られた。

 いやまぁ、知ってますけど。もうすぐ昇進して部隊長になると同時に、引退しても名乗れる騎士男爵となる優秀な方であることも。

 首を傾げそうになるのをこらえ、名乗られたならと軽く礼をする。ただの立ち話しだから、名乗る必要もないだろう。と言うか名乗りたくない。

 喜びの女神に由来する自分の名をこの無表情モードで名乗るくらいなら、鉄壁と呼んでいただいて構わない。

 例えこの、鉄壁って言っちゃってゴメンナサイ。許しませんよって一連の流れを、無意味なものにしようとも。


「これはご丁寧に」

「お前の名を許されていないから、つい鉄壁と口にしてしまっただけで他意はなかった」


 要するに名乗れと言われたが、スンッとしたまま躱す。


「ええ、どうぞお好きなようにお呼びいただければ」

「ならば名で」

「…………」


 そもそもあなたが私を呼ぶことなんて、そうそうないのでは。

 言い返しかけて止めたのは、引き下がりそうにないこと様子に、間もなくお昼の休憩になろうとしている時間を惜しんだからだ。

 今日もあの子、いるかしら。こんなイライラも吹っ飛ばしてくれる私の天使。一昨日に続いて昨日も驚かせてしまったから、今日のおやつはジャーキーにしてみた。

 ああ、早く食事を済ませて会いに行かねば。いつまでもこんな不毛な会話に時間を取られている場合じゃないわ。


「レティシアと申します」


 名乗ったからと、名を許したからと、気まで許した訳ではないと丁重すぎる礼をする。だからどうしたという話なのだけど。


「レティシア。……鉄壁もそう悪くないとは思っていたが、いい名だな」


 やたら嬉しそうに笑う騎士様に目を瞬く。

 鉄壁が悪くない?そりゃあ騎士の二つ名とかならいいだろうけども。こちとら妙齢の乙女だぞ。


「畏れ入ります」

「さすがだな。隙がない」


 ムッとしながらも当たり障りない返事を返すと、アクアマリンの瞳が満足げに輝いた。

 え、なんだこいつ。……あ、思わず。

 訝しむ私に構わず、アルフレド様は楽しげに言葉を続ける。


「レティシア。俺は今日から三日間、反省室に入る。すまないが食事を運んで欲しい」


 謹慎かよ。なんで楽しそうなんだ。

 ほんとに謎な人だ。この人を追いかけ回しているご令嬢たちは、どこがそんなにいいのだろう。顔?


 まぁしかし、それは確かにメイドの仕事だ。謹慎する人に直接頼まれたのは初めてだし、私が担当するかは上の判断だけど、平民メイドでも手が届きそうなこの優良物件相手なら、鉄壁が無難かもしれない。


「かしこまりました。騎士団からの指示通りにお世話させていただきます」

「よろしく頼む。……ああ、それと」


 踵を返そうとしたアルフレド様が、なにかを思い出したように顔だけで振り返った。

 ふわふわの銀髪が揺れて、窓から射す光にきらめく。


「中庭の猫もしばらくは来ない。心配しなくていいぞ」

「え」


 思いがけない内容に、つい素で言葉を返してしまった。

 戸惑う間にアルフレド様は長い足ですたすたと歩き去って行く。

 

 中庭であの子といるところを見られていたのか。

 もしかしてアルフレド様の猫なの?そう言えば、目の色が似ている。自分と同じ目の色とか毛の色とかで、ペットを選ぶ人は多い。


 しばらく来ないと言うのは、謹慎の間は誰かに預けたからかもしれない。心配するなと言うなら、追い出したとかではないだろうし。

 ああ、もしかして、自分の猫と一緒にいたのを見たから、私に声をかけてきたのだろうか。ならそう言ってくれればいいのに……ああ。昨日の私の乱心も見られていたのだろう。気を遣って言わなかったのかもしれない。

 まぁ、済んだことは仕方ない。


(しばらく会えないのか……)


 三日間。思った以上にガッカリしてしまう。

 美しい毛並み、愛らしい瞳。つれない態度の後の手のひら返し……二日に渡る邂逅を振り返っていると、益々会いたくなってしまう。


 あの人なんで謹慎になんかなるのよ。

 心の中で八つ当たり気味にアルフレド様に責めながら食堂に向かう。

 まぁ、自分がいない間のことをちゃんと手配したなら、悪い人ではないんだろうけど。

 





「あ、レティシアさん!ちょうど良かった」


 混み出す前の食堂でランチを済ませたところで、騎士団用の食堂から顔馴染みのシェフに声をかけられる。

 手招きされて近付くと、料理で満たされた大鍋がずらりと並ぶ中に、不自然に小鍋が混ざっている。


「新作ですか?」


 騎士たちは国のあちこちから集まって来ているから、郷土料理や逆に目新しい料理だとか、好みも千差万別。こうして新メニューに試行錯誤するシェフの姿は珍しくない。


「ええ、騎士様からのリクエストで。アドバイスが欲しいんです!」

「いいですよ」


 時間もあったので、二つ返事で引き受けて厨房に回る。

 以前、魔物の討伐後に肉用魔物が持ち込まれた時、慣れない材料に苦戦していた彼らを、故郷でよく食べる食材だったからと手伝いを申し出たことがある。

 それ以来、偶にこうして頼りにされることがある。主に肉関係で。


「これは……蒸し鶏ですか」


 鍋の中には蒸し器と鶏肉。蓋をとるとふわりとハーブの香りが広がる。


「リクエストってもしかしてアルフレド様が?」

「なんでわかるんです?」

「……先程、ここから出てこられるところを見かけたので」


 思ったよりガッツリ見られていたらしい。気配はなかったのにどこから……優秀な騎士なら気づかないくらいに気配も消せるのか。

 猫のおやつを食べたくなるような人なのに。


「美味しそうですけど、なにか問題が?」

「パサつかないように調整して蒸したんですけど、ささみだというのでどうしても」

「ああ、それなら」


 いつもの作り方を教えて食堂から出た後、午後一番でメイド長に呼ばれる。案の定、アルフレド様へのお世話係を申し付けられた。お世話と言っても謹慎中だから、食事を運ぶぐらいだけど。


 やだ。名を呼ばれる機会なんてないと思ったのに。

 鉄壁が悪くないとか、もっと堅物でいろとか言う失礼な騎士様の、真っ直ぐにこっちを見てくるあのアクアマリンの瞳が目に浮かぶ。


 面倒だな、と心の中で呟いて、いつもの無表情を作るだけのそれが、なんだかやりづらくてため息を吐いた。






お読みいただきありがとうございます!

ようやく恋愛ジャンル感出てきたかな〜

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