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騎士とメイド、出会う

ちょっと短めです


 アルフレドが鍛錬を終えた頃には、その噂は騎士団中に広がっていた。


「聞いたか?鉄壁メイドが泣きながら男に縋ってたって噂!」


(は?アイツが?)


 思いがけない内容に、汗を拭ったタオルの影で目を瞠る。


(……っ、どこの男だよ!?)


 とりわけ昨日から、事あるごとに脳裏をよぎる女。

 それが、自分をこんなに振り回しておいて、別の男に泣きついていたと言うのか。

 苛立ちのままに握りしめたタオルから、ぎり、と嫌な音がする。


「ああ、昨日の昼に、許してぇ〜って中庭で泣いてたってやつだろ?聞いた聞いた!」


(あ、おれだわ)


 しかし自分は猫の姿だったし、レティシアはうずくまって震えていた。あの場面を見て『男に泣き縋る』と表現するのは無理がある。

 考えられるとすれば、あの令嬢たちの話し声のように響いたレティシアの声だけを聞いて誤解したか、悪意か悪戯かでわざと誇張して噂したか。


(……どっちにしろ、気に食わねぇな)


 チッ、と小さく舌打ちをして、アルフレドは離れた場所で話している騎士団員たちを睨みつける。


 あの時、見える範囲には誰もいなかったはずだが、そう言えばレティシアも言っていたように『どこに耳目があるかわからない』のだ。

 そもそも昨日のいざこざはアルフレドに悪気があったわけでもなければ、予想もしていなかった単なるハプニング。


 その日頃のものとは異なる声を、それでも彼女のものだと聞き分けたのなら、聞いたのは十中八九メイド仲間。朝にその話を聞いたと喋っていた奴らは騎士の中でも軽薄な部類だし、仲のいいメイドから聞いたのだろう。


 武器の手入れをしながら、知らず知らず顔が険しくなるアルフレドだが、会話は更に不愉快な方に広がっていく。


「どんな顔してたんだろうな?俺も泣かしてみてー」

「ほんとになー。あの澄ました顔歪めて縋りつかれたらって考えたら、めちゃくちゃ滾る」

「っは、物好きだな!」


(ざけんな!てめぇらになんか見せるかよ!)


 何の権利もないくせにそんな独占欲めいた殺気を放ちながら、アルフレドは訓練用の木剣を握りしめて立ち上がった。


(決めた。あいつらぶっ飛ばす)





✳︎




 散々暴れ、気に食わない騎士たちを救護室送りにしたアルフレドは、団長にがっつり怒られて三日間の謹慎を言い渡された。


 騎士たちとの手合わせでは無傷だったが、団長の鉄拳制裁により腫れた頬をさすりながら、王城内にある騎士寮の反省室へと向かう。


(ああ、肉だけ調達しとかないとな)


 大人になってからはさすがにないが、騎士見習いの若かりし頃は、幾度も反省室に入れられた。自分が悪いこともあれば、貴族出身騎士のやっかみが原因であることも。

 なので勝手知ったる、というもので。


 謹慎中は朝夕に食事は運んでもらえるが、もちろん足りない。体が資本の騎士だからか、謹慎中でも多少の蛋白源の持ち込みは見逃してもらえるのだ。


(昔はそんなこと知らなくて、ひもじい思いをしてたな)


 持ち込みのことを知ったのは、仲間と呼べる存在ができてからだ。平民同士のそいつらとは、今は部隊が離れてしまったが。


 謹慎をくらったのは、ちょうど良かったのかもしれない。


(あいつの顔見たら、どうかなっちまいそうだから)


 涙目で赤面するレティシアの顔を思い出せば、通常営業の鉄壁状態ですら可愛く思えて。

 彼女は確かに普段は無表情で、軽口や私的な誘いに対しては取り付く島もない、紛れもない鉄壁。

 でもだからこそ、ほんの少し、一分のほころびを見せただけで、周りはこぞってこじ開けようと手を伸ばしたくなるのだ。


 あんな無防備な表情なんて知ってしまえば。

 鉄壁に隠れてほんの少し開いた隙間からチラチラ覗く、とんでもなく美味そうな獲物を見てしまったなら。


(段階とか相手の意思とか関係なく、すっ飛ばして)


 自分だって、考えることはあの軽薄な騎士たちと変わらない。それを否定する気も、正当化する気もない。

 騎士たちを痛めつけたのは、あくまでも独占欲を満たすための自己満足だ。


「……あれは、俺のだ」


 知らず零した傲慢な本音は誰に届くこともなく消え、だが自覚した想いは強く刻まれる。



「ささみですか?焼いたやつでも、燻製でもなく。……うーん、だとすれば、蒸しか茹でですね。旨味が濃い?なら蒸しかなぁ」

「味付けは軽く塩くらいでいい。三食分頼めるか?」

「わかりました!作ってみますね」


 食堂に寄り、当面の肉を料理人に注文しようとして思いついたのは、昨日レティシアからもらった猫用のおやつ。人型と獣化時は味覚が変わるが、あれならいくらでも食べられる。

 レティシアの説明と記憶を頼りに注文し、夕食時でいいから反省室に持ってきてもらうように頼んで、昼時を前にして慌ただしい食堂を後にした。


(昼休憩、か……。鉄壁が会いに来るかもしれねぇな)


 残念なことに、それを待つ時間の猶予はアルフレドにはない。謹慎を申しつけられたら即座に反省室に行かなくてはいけないのだから、すでに食堂分のタイムロスがある。


(三日、か)


 ひとところでじっとしているのは性に合わない。

 だが、今自分が苦々しく思っているのは、反省室に閉じ込められる煩わしさではない気がした。


 ふわりと良い匂いがして、無意識に顔をあげる。

 

「……鉄壁」


 思わず呼んだ彼女を指す言葉に、ほんの僅か、目の前の無表情が揺れた。





遂に人間アルフレドとの邂逅…

次話はレティシア視点で続きです。


スマホOS久々にアプデしたら使い勝手が慣れなくて放置気味…

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