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鉄壁はにゃんこに破られる

前話レティシア視点、後半アルフレド



 天使アルフレドと出会った翌日、早めに食事を済ませ、意気揚々と中庭に向かうレティシア。


(昨日は失敗だったけど、今日こそは!)


 レティシアの手にした小さな編み籠の中には、手作りの猫用おやつが入っている。


(もちろんどの猫ちゃんも可愛いけど、昨日の子はお猫様って感じで特別なオーラがあるのよね。王城育ちの気品かしら?)


 正解は『正体が野性味あふれる獣人だから』なのだが、正に知らぬが仏。レティシアはいつもの無表情のまま、自分の捧げ物で喜ばせたいと拳を握る。


(問題は、今日もあの子がいるかってことだけど)


 そんなレティシアの心配をよそに、今日も陽だまりで丸くなった縞模様の背中を見つけた。背骨に沿う様に入った濃灰色の一本線が、なだらかな曲線を描いて美しい。

 

(後ろ姿も可愛い……ですって!?)


 思わずくらりとするレティシアの動きで空気が揺れる。敏感に反応した猫がぴくんと耳をそば立て、くるりと首を回してレティシアを見た。

 途端、ぴりっと毛並みを緊張させ、跳ねる様に素早くこちらに向き直る。


(ああ、驚かせてしまったわ)


 水色の瞳がじっとこちらを見つめている。

 目を逸らしたら逃げられるーーそんな予感と共に、その珍しい色の瞳に見惚れる。


 重心をゆっくりと引きながら、警戒して耳がぺたんと後ろに寝てしまう。


(えっ、もしかして私のこと怖がってる?)


 思わぬ反応に、さぁっと血の気が引く。


(そんな、え、私なにした?)


 レティシアは慌てて昨日のことを振り返る。

 この子を見つけて、煮干しをもらいに行って、近付けないから投げて……


(投げたわ、私!投げつけたわぁ!?)


 そんなつもりがなかったとは言え、猫にしてみれば攻撃されたのと同じことだろう。そりゃあ警戒されて当たり前だ。


(違う、違うの!攻撃したわけじゃなくて!)


 あたふたしながら歩み寄ると、びくん、と大きく震えて飛び上がる。


(うそぉっ!そんなに怖がられてるの!?)


 今にもシャーっと威嚇せんばかりに頭を下げるアルフレドに、レティシアは慌てて誠心誠意の謝罪を口にした。


「昨日は手持ちがなく、お目汚しを致しました」


 両手を腹の前でそろえ、深々と頭を下げる。


(いや、シェフがくれた煮干しが悪いわけじゃないのよ?でもやっぱり、王城育ちの猫ちゃんには刺激が強かったわよね……)


 動きを止めたアルフレドの前に、ギリギリまで近付いて、籠の中からきちんと皿に載せたおやつを取り出す。


「どうぞお納めくださいませ」


 そう言って跪き、そっと地面に置いたのは小さな陶器の皿に盛られた白っぽい肉。


「こちらはお猫様でも安全に召し上がれるよう、鳥のささみを使い、調味料を減らして作りましたのでご安心を」


(実家から送ってもらったお肉で作った、低温調理の自家製ローストささみ……近所の野良猫ちゃん垂涎の一品ですわ!)


 先程の位置に戻り、ドキドキしながら見守っていると、アルフレドがレティシアを睨むように見上げてくる。


(……やっぱり、綺麗な瞳。こんな目をした猫見たことないわ)


 だが、レティシアはその視線の鋭さごとその瞳に見惚れ、ほぅっと息を吐いた。

 

 アルフレドはじっとこちらを見ながら、ふんふんとささみの匂いを嗅ぎ、様子をみるようにぺろっとひと舐めする。しばらくおいて、またひと舐め。

 それで警戒は解けたのか、ざりざりと繰り返し舐めるアルフレドに、レティシアは思わず微笑んだ。


(ああ……よかった)


「お口に合いますか?」

「みゃっ!?」


 問いかけると、驚いた声をあげたアルフレドが皿から離れる。


(ああっ!また驚かせてしまってごめんなさい!)


 そっぽを向くアルフレドに申し訳ない気持ちでいっぱいになるレティシアだが、あることに気付いた衝撃で思わず息を呑む。


「みゃって、舌出てる。可愛い……」


 一心不乱にささみを舐めていたせいか、驚いたせいか、しまい忘れたピンクの舌先が、つまんでくれといわんばかりにちらりとのぞいている。


(いやぁ……もうほんとに可愛い……そういえば昨日も舌出てたわ……こんな美猫なのにお口緩いの?ギャップなの?)


 打ち震えるレティシアに構わず、アルフレドが皿を手で押さえながら肉にがっつき出す。

 はぐはぐと音を立てて夢中でたいらげるその姿に、さすがの鉄壁レティシアも思わずへにゃりと笑み崩れる。


(気に入ってくれたみたいね。また作ろう)


 実家に連絡して、たくさん送ってもらわなきゃ。でもそれほど日持ちはしないから……と段取りを考えるレティシアを見上げるアルフレド。


 口の周りをぺろりと舐め、視線に気付いたレティシアに正対し、きちんと前足を揃えて後ろ足で座る。尻尾はくるんと前足に添えて。

 そして、こてんと首を傾げ、きらきらとした瞳でレティシアを見上げ、とびきり可愛く鳴いた。






「ふ、にゃぁっ!」


 悲痛な声をあげ、脱兎の如くその場を逃げ出したアルフレドを呆然と見送りながら、レティシアはよろよろと立ち上がる。


(え、……いまわたし、なにを……?)


 どこに耳目があるかわからない。

 貴族の面倒なあしらいに時間を取られるより、黙して油断せず、無駄なく立ち振る舞うのが信条の鉄壁メイド。


(いまわたし、なんていう失態を……!?)


 ぐるぐると目が回るような感覚に頭を抱える。

 幸いなことに周囲に人影はないが、昨日の令嬢たちの声も随分と響き渡っていたのだ。絶叫に近い自分の声だって、きっと……


 手を伸ばせば存分にモフれる距離での誘惑に、我を失った。

 今レティシアが住んでいる王都の家は、姉夫婦と姪と一緒。その姪がひどい猫アレルギー持ちで、猫毛に少しでも触ると肌がかぶれ、ひどく咳が出て呼吸が危なくなる。

 だからレティシアは、近所の野良猫たちを愛でる時にだって、決して触ることはない。


(今までこんなに、もどかしかったことってないわ……)


 可愛い姪っ子の健康のためだ。辛くはあったが、本当の意味でこんなに悔しかったことはない。


(…………なぜこんなに、特別に思うのかしら)


 まるで恋を自覚した乙女のような神妙さで、レティシアは痛む胸の前で手を握り、アルフレドの去って行った方向を見つめるのだった。






 ▲ ▲

(◉人◉)•••




「おい、聞いたか?あの噂」


(うるせぇな……)


 翌日、謎の寝不足で機嫌の悪いアルフレドの耳に、同僚騎士の耳障りな話し声が届く。


「ああ、あれだろ?昨日の」


(朝から噂話って、どこの井戸端会議だよ。しょーもねぇ)


 さすがに声に出して噛みつきはしないものの、昨日からイライラの止まらないアルフレドは咄嗟に耳を塞ごうとして、今の自分が人型であることを思い出す。


(チッ、獣化姿じゃねぇから耳動かせねぇ…………って、なに考えてんだ俺は!?人間それが当たり前だろうが!!)


 そこまで馴染むほどに獣化せねばならない原因も、目を閉じるたびにチラつく寝不足の原因も、他の食事が物足りなく思えるほど、一度ですっかり掴まれた胃袋も、すべて。


(ああもう、女なんかウンザリだ!!)


 心の中で吐き捨てたアルフレドは、気晴らしをするために演習場へ向かうために歩き出す。

 だがその足取りは重く、思い悩むアルフレドの心を表していた。






次話、人間アルフレド登場(笑)


トラ猫の背骨ラインってなんであんなになぞりたくなるんだろう…

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