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鉄壁はにゃんこを餌付けする

ヒーローはまだ猫です。



 鉄壁メイドと出会った翌日。


「アルフレドー!アルフレド、どこー!?」

「私、あちら側を探すわ!貴女は向こうを!」

「わかったわ!見つけたらこの笛を!」


(なんで急にすげぇ連携してんだよ!?)


 王城の中庭に、昨日までは確かに反目し合っていたはずの令嬢たちの的確な指示が響き、植え込みに身を潜めながら慄くアルフレドの全身が、ぶわりと総毛立つ。


(そう遠くない内に逃げ切れなくなるだろうな……。そうなったら詰所と宿舎に籠るしかねぇ)


 獣人の血なのか、アルフレドやアルフレドの家族たちは皆、家でじっとしているのは苦手なのだ。そこはもう、獣化した姿が家猫だとかは関係なく。


(ってか、一体俺がなにをした?)


 ちょっと外見が美麗で腕が立つだけで、なぜにこうも罪人のように探し回られなければならないのか。騎士に人権はないのか。

 アルフレドは今日もうみゃうみゃと愚痴をこぼしながら植え込みから出て、日当たりのいい場所で丸くなった。不貞寝である。



 ふと、空気が変わるのを感じて眠りから覚めた。

 目を開けるとそこにいたのは


(鉄壁!?)


 地に伏せた小さな猫の体でも、頭の先から爪先までを視界に収められるほどの距離。なのになぜだか踵を返しても逃げられる気がしない。いや別に、逃げる必要はないのだが。


(鉄壁と呼ばれるだけのことはある。隙がねぇ)


 澄んだ灰桃色の瞳が、じっとこちらを見つめている。

 目を逸らしたら殺られるーーそんな使い古された、魔物退治の心得が脳裏に蘇るような緊張感。


 何をしに来た?その佇まいはまるで熟練の暗殺者のようで、知らず知らずのうちに耳が後ろに引かれる。

 じり、と柔らかな布靴を履いた足が僅かにこちらへと踏み出される。


(っ、来るか!?)


 ばっと跳ね起き、威嚇の声をあげようとしたアルフレドに、しかしまだ距離を保ったところでレティシアは立ち止まった。


「昨日は手持ちがなく、お目汚しを致しました」


 落ち着いた声でそう言った後の、お手本のような美しい最敬礼に目を丸くする。


(ん?)


 なんだ、この女。

 きょとんとするアルフレドの前に、レティシアが一気に距離を詰めた。


「どうぞお納めくださいませ」


 そう言って跪き、そっと地面に置いたのは小さな陶器の皿に盛られた白っぽい肉。


「こちらはお猫様でも安全に召し上がれるよう、鳥のささみを使い、調味料を減らして作りましたのでご安心を」


(お猫様?つか、なんで手作りおやつ?なんで猫に対して丁寧語?)


 すぐ側に置かれたそれと、再びアルフレドと距離を取るレティシアを交互に見やる。


(やっぱこいつ、俺を腹ぺこキャラだと思ってるのか?……いや、憐れんでるにしちゃ、発言がおかしい。皿もやたら高価そうだし。これじゃあまるで、捧げ物……)


 くん、と匂いを嗅ぐ。強いハーブの香りだとか危ない匂いはしない。本当に猫用に作られたものなのだろう。


 アルフレドの普段の食生活は、朝食を多めに、昼はあまり量を食べず、夕食を早めに摂るというもの。

 だからこそ、昼休憩を令嬢たちから逃げても問題がないのだが、筋肉の維持のためにこまめに蛋白質は摂る。

 つまり、理想的な間食だ。


(いや待て。それは早計だ。俺は猫じゃない!猫用おやつが理想的なわけあるか!馬鹿にするな!)


 どう考えてもお門違いな文句をつけながら、アルフレドはレティシアを睨みあげる。


(親切のつもりか?昨日はスルー……されたわけではなかったか)


 昨日はスルーされたわけではなく煮干しを取りに行ったのだったし、それを食べなかったのは自分なのだから、すぐに去って行った彼女を責めるいわれはない。


(まったく、調子が狂う……獣化の影響だろうが)


 アルフレドは、どこかささくれ立ったようになっていた気分を落ち着ける。


 じっとこちらを見つめている瞳は、色素の薄さが確かに冷たい印象を受けるが、目尻が優しげに下がっているし、口元もほんの僅か柔らかく弧を描いている……ような気がする。


(……やはり、俺の可愛さに落ちたか?いや、まだ判断するのは早計だ)


「お口に合いますか?」

「みゃっ!?」


 問いかけられ、思考に集中しながら無意識に鳥肉をぺろぺろと舐めていた自分に驚く。


(ちょ、なにやってんの俺!?人間としての尊厳!)


 慌てて口を離し、そっぽを向く。

 そしてなぜか、反射的に『しまった』と思う自分に首を傾げる。うっかり食べようとしたことではなく、拒んでしまったことに対する反省に、それもまたなぜかわからずに混乱するアルフレドをさらに追い詰めたのは、レティシアの呟きだった。


「みゃって、舌出てる。可愛い……」


(いま可愛いって言った!?)


 ばっと顔を上げるが、そこにあるのは鉄壁の無表情。


(空耳か?…………って、はぁ!?美味うまっ!!)


 しばらく見つめ合うが、ぴくりともしない表情筋に、やはりさっきのは気のせいだったのかと息を吐き……舌の上に残る味に目を見開いた。


(え、ちょ、なにこの鳥肉!?めっちゃウマイんだけど!!獣化してるから?いや、獣化して肉食ったことくらいある……なにこれ!?)


 人間の尊厳はどこへやら、思わず皿を手で押さえながら肉にがっつく。

 絶妙な歯応えでありながら、口の中でとろけるしっとりやわらかな肉質、ほのかな塩味に引き立てられる濃厚な旨み。


 今まで食べたことのない究極の美味さに、口端から漏れるうみゃうみゃ音にも、自分を見つめる鉄壁メイドの表情が笑みくずれていることにも気付かず、夢中でたいらげた。


 美味かった……もっと食べたい。これは毎日でもねだりたい。

 昨日の可愛いポーズくらいでまたもらえるなら……


(俺はいくらでも媚びる。……全力で媚びる!)


 決意を込め、きちんと前足を揃えて後ろ足で座る。尻尾はくるんと前足に添えて。

 こてんと首を傾げ、きらきらとした瞳でレティシアを見上げ、とびきり可愛く鳴いた。


「なぁーん(もっとちょーだい)?」


 レティシアがびしりと音を立てんばかりに固まったその瞬間、アルフレドは勝利を確信する。


(よっしゃあ!!今度こそ落ちた!!)


  


「え……、なに?ぃまの……お返しのお返し……?」


 拳を振り上げたアルフレドの仕草は、傍目から見るととても猫のものではなかったが、よろりと数歩たたらを踏んだレティシアは気付かず、片手で口元を覆って呟く。


(この女、何を言ってる?俺を舐めてるのか?)


 上機嫌なアルフレドはふんと鼻を鳴らし、腰を上げる。


(この肉の礼というなら、もっと特別なサービスをしてやるに決まっているだろう!!)


 誘うように尻尾を揺らしながら、視線は見開かれる双眸にひたりと固定したまま、一歩、また一歩と彼女に近寄り、焦らすように座る。

 そして、ごろんとお腹を見せて寝転んだ。


「!!!!!」

「にゃう〜ん(ほら、礼だ。モフれ)」


 大きく息をのんだレティシアに見せつけるよう身をくねらせ、甘えているように聞こえる鳴き声をあげる。


「みゃう、みゃぁ〜〜う(どうした?ん?モフりたいんだろう?)」


 猫でなければセリフはセクハラまがい、やってることは露出狂まがいなのだが、そんなこととは一切気付かないアルフレド本人とレティシア。


「ああ、あ…………」


 レティシアは悩ましげな声を漏らしながらふらふらと跪き、震える指先をアルフレドに伸ばす。

 それを見たアルフレドの心に、大いなる達成感が、幸福感が満ちる。


(フハハハハハハハハ!魅了完了チャーム・エンド……お前はもう、俺の虜だ!ほら、存分にモフるがいい!!)


 あまりの高揚感で、謎の厨二発言を決めるアルフレド。

 だが、レティシアの指先は、アルフレドの真っ白ふわふわの胸毛に届く前に、ばっと翻った。


「ダメっ!!」


(あ〝?)


 ぷち。

 せっかくの多幸感から転げ落ち、アルフレドの短い堪忍袋の緒が呆気なく切れかける。


「にゃーん(こんなに可愛い俺様が触っていいっつってんだぞ?モフりたいだろ?愛でたいだろう!?)」

「あああ!ダメ、ダメよ!!」

「みゃうーん(なんでだよ?おまえだってその気になってたじゃねぇか!!)」


 もうほとんどナンパ失敗のクズ男のような発言を繰り返しながら、アルフレドは後ずさるレティシアをじわじわと追い詰める。


 なんせ、納得できない。

 完全に俺に落ちているくせに、俺を拒むなんて許せるわけがない。


(絶対モフらせる!!)


 容赦なく迫るアルフレドに、ついにレティシアが両手で顔を覆って叫んだ。


「ダメなの!姪っ子が猫アレルギーで!家にはちょっとの毛もつけて帰っちゃダメなのぉぉぉ!!」


(もふ…………)





「許して……許してくださいぃ〜」


 鉄壁メイドがうずくまって震える姿に、ようやくアルフレドは我に返る。

 見た目が猫とはいえ、これではまるでいじめっ子の所業ではないか、と。


「な、なう(や、事情があるなら怒らねぇよ?俺も)」

 

 さすがにバツが悪く、通じていないことも忘れて慌てて弁解しようとしたら、スッと身を躱された。


(いや、違くて!困らせたいわけじゃなくて……なんだこれ、なんでこうなった!?)


 頭を抱えたくなるが、手を目の前に持ってきた途端、落ち着きたくて毛繕いがしたくなって、また慌てて……。


 混乱して動きを止めたアルフレドに気付いたレティシアが、ようやく落ち着きを取り戻したものの、逆にそれで自分の行動を冷静に振り返ってしまった。


「ひゃあっ!?」


(!?)


 瞬時に頰を真っ赤に染めたレティシアに、アルフレドは呼吸も忘れて見惚れる。

 鉄壁メイドと呼ばれるだけの自負もあったレティシアは、取り乱した自分を恥じ、反射的に謝罪した。


「申し訳、ありません…………っ」


 庇護欲をそそる、涙目の真っ赤な顔で。




「ふ、にゃぁっ!」


 アルフレドの口から出たのは、意味のないただの情けない鳴き声。

 完全に容量を超えたアルフレドは、脱兎の如くその場を逃げ出した。


 彼女に対してとる自分の行動がおかしいことや、なぜこうまで彼女に心乱されるのか、不思議に思う余裕すらなく。








ジャーキーかサラダチキンかで迷った次第。

次話、今話のレティシア視点です。

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