君の心の壁に俺専用のドアをつけたい(※にゃんこ騎士渾身のプロポーズ)
え、あれ七月あと三日…?
アルフレド視点、一人称です
「兄を紹介させていただけますか?」
「あ、うん!もちろん!」
レティの意味深な申し出に思わず声が弾んだ。
殴られた(正確にはラリアットで吹っ飛ばされた)脇腹の痛みが、ぶわりと噴き出したアドレナリンで掻き消される。
「兄様、こちらはアルフレド様。私が閉じ込められているのを『助けに』来てくださったの」
「初めまして!第五部隊の副長、アルフレドと申します!」
少し皮肉げに、助けに来たことを再度強調するレティの紹介の後に、ランベルド隊長に向かって勢いよく頭を下げた。そのままの姿勢で許しを待ちながら、期待でドキドキと心臓が弾み出す。
これはあれだ。『どこの馬の骨とも知れない男に妹はやれん!妹との付き合いを認めて欲しくば俺を倒せ!』的なやつの流れに違いない。
「レティシアの兄、特務部隊長のアスカローダだ。ランベルド侯爵家に婿入りして跡を継いでいる」
重低音がずしりと腹に響く、歴戦の騎士であることを表すような名乗り。
やばい。ワクワクする。レティとの未来がかかっているというのに、獣人の本能なのか、強い相手との勝負に昂る自分に苦笑が浮かぶ。
もし負けたら?そんなのは決まってる。勝つまで挑み続けるだけ。レティを得るため、そしてひとりの男としても、折れる時は死ぬ時だ。
相手は次期騎士団総長。実力の差は大きいが、負けるわけにはいかない。ーーいや、負けない。
不遜な決意をした途端、がつっ、と敵意を感じずにはいられないほどの剛力で両肩が掴まれた。大きな分厚い手のひらが剣ダコでボコボコしているのが、革の手袋越しでもわかる。強者の手だ。ぞくり、と体が歓喜に震える。
じわじわと瞳孔が開き、虹彩が伸びるのがわかる。どくん、どくん、と妙にゆっくりの鼓動に合わせて血が沸き立つ。
さあ、言え。アルフレド。
この勝負の火蓋を切る言葉を。
「妹さんと結婚を前提にお付き合いさせてくださいッッ!!」
「よし、今すぐ婿に来い」
「お願いしァーッッッ……す?」
あっさり認められ、瞳がしゅるんと音を立てて元に戻る。思わぬ反応にきょとりとして顔を上げると、満足げに頷く義兄上。そして顔を真っ赤にしてふるふる震えているレティと目が合った。
「え、かわい」
「なっ、なぜ兄様が許可を出すの!?兄様は辺境伯家から出た人間でしょう!!」
「俺に申し込まれたからだが」
「それはそうだけど、そうじゃなく!」
俺の呟きにも気付かず、いつになくわたわたと慌てているレティに思わず見入る。こんなに動揺しているのを見るのは、中庭でレートの姿で迫った時と、婚活令嬢たちに俺とのことを聞かれた時と、反省室で迫った時ぐらいだ。
……つまり、俺だ。これは要するに、俺の求婚に照れている?え、マジか。
強くてしっかりしていて料理上手なだけでなく、こんなかわいいひとが俺の嫁確定……え、マジで。
静かに諸々を噛み締めていると、レティの矛先がこちらを向く。真っ赤で涙目で上目遣いに睨まれるとか、待ってもうこれ以上なくかわいいんだが。
「アルフレド様もなぜ兄に申し込むんですか!?いろいろすっ飛ばしすぎでしゅっ」
「えっ、まだ上がある!?」
「噛んだな」
「だって、だってまだ出会ってから日も浅いし、口説かれてたけど付き合いもまだで」
潤んだ瞳を忙しなくさまよわせ、耳や首まで真っ赤にするレティ。夜目がきく獣人でよかったとしみじみ思う。
「ああもう、かわいい!」
「かわっ」
「レティかわいすぎ。今すぐ婿にして?」
「かっ、かわいくなんかっ」
「そうだな。かわいいというよりは、おもしれぇや……」
「義兄上ちょっと黙っててもらえますか」
「承知した」
少し言葉を交わしただけでもわかる、空気の読めない義兄のいるところで口説くのはどうかと思うが、ここは畳み掛けて言質をとるチャンスだ。
渾身のキラースマイルを浮かべてレティを見つめる。レティがさっきから、薄闇でほんのり光る俺の目に心惹かれているのには気付いている。
「レティのかわいいとこを、俺だけが知ってるってこと?それってすごい特別感あってやばい」
「ちが、ぃます……!私に可愛げなんてないだけです!アルフレド様の勘違いです!」
赤面が嘘のように引いて、それでもキリッとした顔を作るレティ。その目がゆらゆらと自信なさがに揺れるから、俺は心底不思議で首を傾げる。
「俺はかわいいって感じたのに?」
「っ、だって、私は…………鉄壁メイド、で」
(……ああ、なるほど)
ぎゅっと胸元を握りしめる手に、察した。
鉄壁メイドーー有能でいつも無表情で隙もとりつくシマもない、そんなレティシアを表す二つ名。
王城に務めるメイドとしては、その態度は悪いことではない。後輩指導や業務に影響がないのは少し見ればわかるし、彼女自身は決して不親切なわけではないから。
だが、レティをそう呼ぶ人間が、その言葉に明確に悪意や揶揄を込めているだろうことは間違いようもなくて。
どうということもないと、毅然としていたのは嘘じゃないだろう。だけどきっと、レティ自身も気付かぬまま、いつの間にか鉄壁という言葉に縛られて、自信を失って。
「俺は強いレティも好き」
真剣な顔で伝えると、レティの吊り上がり気味の目が瞬かれた。表情のないそれは、よほど俺より猫っぽいと思った。
「だけど、レティがかわいくて、強くないとこもあるって知ってて、そこも好き」
「強くない……?」
「確かに俺は、レティと出会ってまだ数日で、まだ全部見せたわけでも、全部知ってるわけじゃねーけど」
訝しげに見つめてくるレティの白い頰を指先で撫でる。柔らかいそれは、倉庫に積もった埃のせいでざらついて。
倉庫の窓から見つけた時の、心細げな瞳がよみがえる。
「怖くなかったのは暗闇だけだろ?」
「っ!」
驚いて目を瞠るレティを思わず抱きしめたくなって、だけど今はまだ自重する。
いくら自分の身を守れる術を身につけていたって、暗いところが怖くなくても、自分にひどいことしようって企む男に連れてかれて、怖くないはずない。
俺はあいつらとは違う。あいつらの根本にあるのがなんて名前の感情かなんかは知らない。だけどそれでも違うもんだってわかる。そう、態度で証明することで違うものにする。
きゅっと引き結んでふるふる震える唇が、必死に涙を堪えて潤む色の薄い瞳が、頼りなく握り込まれた拳が、辛くて、可哀想で、かわいい。
(くそ)
心の中で思わず悪態をついて、頭を抱える。
「あーホントにもう!なんで調子乗ってた俺!?そこそこ強いからって、全部自分一人で全部守ろうなんて驕りだわ!意地張って目的見失ってりゃ世話ねぇっつーの!」
「あ、アルフレド様?」」
「ごめん、レティ」
レティの前で被ってた猫がはがれた。
そのくらいの自己嫌悪だってことで、許してほしい。
「平民部隊のヘンレイって奴に会った?俺のことをずっと目の敵にしてる奴で、レティが連れて行かれたのを見たって言いに来た」
「ええ。私があのクズ男の依頼を業務外だからと断った時に、ヘンレイ卿が通りかかって自分の名において依頼すると」
だから断れずについて行くしかなかったというのを聞いて、怒りでこめかみに血管が浮く。
何が『ついて行くところを見かけた』だ!それじゃあアイツの命令みたいなものじゃねぇか!!
「ふむ。義弟よ、その男は捕らえたのか?」
ここまで大人しくしていてくれた隊長が、目をぎらりと光らせる。もうちょっと黙っていて欲しかったが、この件については報告義務があると判断し、一時中断することにする。
「申し訳ありません。この件が捜査事案であることを知らなくて。反省室に面会に来たところを、殴り飛ばして気絶させたのみです」
「反省室?」
「……実は謹慎中に、抜け出して来たので。罰は受けます」
しまった、と口を滑らせたことに焦るが、反省室を脱走した罰を受けるのは覚悟の上だったから、隠さずに告げて頭を下げた。
隊長はたいして気にした素振りもなく、不問だというようにひらりと手を振って言う。
「そうか。なら俺はその男を回収して来よう。妹が口説かれているのを見ているのも飽きたしな」
「兄様!」
レティが再び顔を赤くして咎めるが、確かに見ていて楽しいものでもなかっただろうと思ったので申し訳なく思う。他人に気を回してる余裕なんてないのだから仕方ないが。
「だが義弟よ。話し合うにしても、場所を変えた方がいいんじゃないか?」
「あっ」
隊長はぐるりと倉庫の中を見回し、落ちていた木片を拾っておもむろにぴんと指で弾いた。それは凄まじい勢いで飛び、天井の梁から吊り下げられていた木箱のロープを裂く。
「ふむ。懐かしい罠だ」
落ちて来た木箱を片手で受け止め、無造作に床に下ろすとずんっと重い音を立てて地が揺れた。え、そんなものを片手で平然と受け止めるとかどんな身体能力だよ……とかはおいといて、レティはどうやってそんな罠を仕掛けたんだろう……っていうのは考えない方が良さそうだ。
「埃だらけ、罠だらけの古い倉庫で、というのは些か雰囲気に欠ける」
「……もう罠はないわ」
「その辺りに踏み入ると蓋が外れる仕組みか。中身は鎧……これが作動しなくて幸いだったな。生半可な騎士に当たれば潰れる。掃除がかなわん」
「騎士団メイドの仕事ですから、騎士団寮のハウスメイドを割り当てるよう助言はするつもりでしたよ」
えげつない。これ、さりげなくあの絡んできた騎士団メイドたちのこと根に持ってるな。
不貞腐れたように隊長を見るレティ。なんとなく面白くない。
「騎士団のハウスメイドといえば」
出て行きかけた隊長が、何かを思い出して足を止める。
え、ちょ、もう邪魔しなくてよくない?
だが、レティは心得たと言わんばかりに目を光らせる。
「シュタイン産ブルーダイヤのグレード5?」
ん?どこかで聞いた呪文だな?と首を傾げ、そう言えばあの騎士団メイドの話を聞いていた特務の騎士たちが、感心したように繰り返していた言葉だと思い出す。
「以前から王都の宝石類の流通に、違法取引が横行していることは報告を受けていたが、まさかシュタインの特産品にまで手を出すとはな」
シュタイン……確か、侯爵領。辺境領に近い場所にある鉱山地帯だ。なぜ知っていたかというと、魔物の生息地としても有名だから。レティの実家のある領地の候補に入れていたためだ。
そう言えば、あの盗み聞きも隊長からの内密の指令だと言っていたな。……ん?じゃあレティの家を探っていたというのは勘違い?あの二人は第一騎士団に在籍している特務部隊の諜報員なんだから。
「レティシアと、部下たちからも報告を受けてエレヌニクスに問い合わせたが、シュタインはハーバー商会とは取引を行っていない。転売も含めてだ」
「ですよね。グレード4以上の石は転売時にも産地に届け出が必要ですし」
エレヌニクス……確かシュタイン領を治める侯爵だったはず。エレヌニクス・マルテ・シュタイン候……ん?マルテ?
「アンバイン子爵家の財政で買える格安の品だぞ。下手すれば偽装の可能性もある」
「エレヌニクス兄様はなんと?」
やっぱ兄様だったー。
え、まって。レティって兄二人とも侯爵なの。更にお姉さんいるって言ってたよな。嫌な予感すんだけど。お姉さんが王妃さまとかでももう驚きはするけど意外でもないような。いや、だからって怖気付いたからって、レティは俺のだけど!?
「調査して告発するそうだ。アレに任せておけば間違いはない」
「そうですね」
なのにレティはといえば、隊長の方に歩み寄って話に熱中している。
……確かにこれは、義兄上の言うように雰囲気に欠けるな。
レティも怖い目にあったばかりだし、今日のところは、ここまでにしておくか。
…………プロポーズ、不発。
フォント不具合で、文字ちっちゃくなったり線細いフォントで読みにくかったり……え、はい、言い訳です。




