鉄壁制裁
視点および時間軸がウロウロします。
読み辛いかもです、、すみません。
「このオンナ……っ!!」
「ぐっ、てめぇ……」
(もっとマシなセリフ言えないのかよ、三下が!)
怒り心頭といった様子で男がレティシアに手を伸ばす。
「ふしゃあッ!」
「いてぇッッ!?」
薄暗さを苦にすることもない視界でその動きを捉え、剥き出しにした爪で一閃した。肉の薄い部分を容赦なく抉られ、男が情けない声を上げる。
「レート!」
「にゃっ(俺のレティに触んじゃねぇよ)!」
音もなく降り立ち、呻く男たちに向けた決め台詞と共に、しなやかな体をレティシアに向けて翻すと、得意げにぴんと立てた鉤尻尾が優雅に揺れる。
アルフレドは猫特有のポーカーフェイスのまま、心の中で呟いた。
(やべぇ。レティが頼もしすぎて出番ないとこだったわ)
✳︎ ✳︎
ーー遡ること僅か数分。
気配も足音も隠さずに戻ってきた男たちによって、倉庫の扉の錠が外され扉が開く。
隙間から差し込むの仄かな月明かりを背に、手燭を消したせいで真っ暗な倉庫を男の影が覗き込んだ。
「なんだ、灯りが切れたのか?」
「あーあ、可哀想に。一人で心細かっただろ」
さっきの騎士たちの声がして、ぱっと眩しい光が灯る。騎士たちが取り出した灯り石と呼ばれる携帯用の灯りだ。
(遠征用の備品をなんてことに使うの!?)
レティシアは思わず怒りを覚えるが、暗闇に慣れた目に灯りが強すぎる。視点を外して目をすがめつつも、まっすぐに背筋を伸ばしたまま、自分を害するために戻ってきた男たちを油断なく見据える。
(……二人だけ?)
現れたのは第一の騎士が二人だけ。連れて来られた時にいたもう二人の気配はない。切り抜けやすくはなったが、後から合流するのならグズグズしていられない。
(残りが来る前にここを出よう)
レティシアは軽く唇を噛む。不安を隠せず、握りしめた手のひらに汗が滲むが、体に伝わる温もりに緊張がほぐれた。
(そうよ。レートを守らなきゃ)
「さすが鉄壁。随分と大人しくしていたようじゃないか」
嘲笑混じりに響く高圧的な台詞。
真っ直ぐに睨みつけていた目元に強い灯りを向けられ、目がくらむ前に急いで顔を背ける。
「……こんなことをして、ただで済むと」
埃っぽい倉庫の中にしばらく閉じ込められていたせいで、掠れた声で尋ねると、騎士たちが鼻で笑う。
「これでも貴族の端くれなんでね。平民のメイドを甚振るぐらいは簡単に揉み消せるんだ」
鉄製の重たい扉がばたんと音を立てて自重で閉じた。すっかり冷えた腕を庇にして、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべて近付いてくる二人の男の動きを見据え、吐き捨てた。
「それは随分とくだらない力ですね」
「生意気だな」
「は、すぐに思い知る」
レティシアの侮蔑に憤ることもなく、二人はじわじわも歩を進めてくる。
強気なのは、自身の家が持つ特権のためか、二対一という数の利か、騎士とメイドという身分差のためか。
レティシアは思わずといったように後退り、男たちを睨みつける。
「くだらないその力に、お前は踏み躙られるんだよ!」
弱者を追い詰めることに気分が高揚したのか、にぃ、と下卑た口端を吊り上げ、二人は勢いよくレティシアに襲い掛かったーー
「うわぁぁあッッ!?」
「なっ、あーーーー!!」
そして、踏み出すなり消失した床板につんのめった二人は、訳もわからぬ間に倉庫の床下まで落下した。
一人は自ら踏み抜いてひっくり返った床板に顔を打ち、もう一人は受け身を取り損ねて転び、二人して全身を強打して悶絶する。
手にしていた灯りは穴の底に転がり、真っ白い光がどこか神秘的に穴に嵌まってもがく男二人を下から照らすという、なんとも間抜けな絵面のできあがり。
「時間があったのに、何も対策しないわけがないでしょう」
レティシアは冷静な視線で穴の中の二人を見下ろす。
倉庫の床下は深く掘り下げられているものだ。なので訓練用の道具を使い、倉庫の扉からの動線上の床板を剥ぎ、ぽっかりと穴の空いた深い床下へ落ちるように天幕を被せて隠しておいた。
後は手燭を消し、警戒して床に目が行かないようにわざと挑発的な言葉をかけて注意を引いて。
ただ、腐っても騎士である相手がこの程度の罠にかかるかは五分と踏んで、手はまだ用意していたのだけど。
「〜〜〜ッ、き、サマッ」
「っ、ゆるさんぞっ……うわ!?」
(落とし穴は罠としては基本でしょうに。まさか全く警戒しないで二人同時に突っ込んでくるなんて不注意すぎるわ)
呆れるレティシアに、後光を背負いながら怒り狂い、穴から這い出そうとする男たち。
穴の周りに手を着き体重を掛けたところで、第二弾の罠ーー手を置いた場所に床に見せかけて並べてあった、木箱の蓋に手を取られてひっくり返り、それごと穴の中に逆戻りとなった。本来は穴を避けられた場合に穴へと誘導するはずの罠だったが、無駄にならなくてよかったと言うか。
「……許されないのはどちらでしょうね」
罠を回避された場合の第三弾を残したままそう言い捨て、レティシアは扉へと急ぐ。残りの二人が来る前にここを出なければ。
「このオンナ……っ!!」
「ぐっ、てめぇ……」
怒りなのか、元々なのか。語彙力の乏しさを晒すような怒声をあげ、跳び上がるようにして男が穴の中から手を伸ばしてくる。もう一人が苦しげな声をあげたところをみると、そちらを踏み台にでもしたのだろうか。
「ふしゃあッ!」
「いてぇッッ!?」
しかしその甲斐虚しく、胸元に隠していたレートが飛び出し、男の手を爪で一閃した。
✳︎ ✳︎
「すごいわレート!助けてくれてありがとう!」
(うん、なんか思ってたのと違う)
勇姿というには微妙な自分の活躍にへちょりと耳を寝かせ、アルフレドはレティシアに抱きしめられながらダメ押しのように浮かび上がる走馬灯に目を瞑る。
レティシアの危険を知らせるヘンレイの言葉に我を忘れ、それを態と見逃したヘンレイを小窓越しに殴り飛ばして気絶させ、後先考えずに猫の姿で部屋を飛び出した。
匂いをたどって倉庫を見つけて壁をよじのぼり、天窓からレティシアを発見。焦るあまりに格子に頭を挟むという醜体を晒しはしたものの、飛び降りたアルフレドを抱き止めてくれたレティシアの体からも服からも、他の男の匂いがしないことにホッとして。
外から近付いてくる足音に気付いて顔を強ばらせるレティシアを守ろうとしたのに突然抱き上げられ、だが抵抗することはできなかった。
なんせ、レティシアのドレスの胸元に仕舞われたのだから。
『……みっ!?』
強く香る甘いレティシアの匂い。あちこち柔らかな場所を滑るようにして、くるんと自重で丸まりながら背中を下にして収まったのは、レティシアのドレスのウエスト部分。腰のリボンで括れた場所だ。
つまり今、自分の全身が触れた柔らかなものは。
思わずカッと目を見開き、丸く開き切った瞳孔が暗闇の中でも問題なくその形を捉えるのに慌てて両手で目を隠す。
(な、な、な……っ!?)
『いい子ね』
ぽん、とドレスの外から触れる優しい手の感触と、宥めるような声。
ぬくぬくしたその場所と甘い香りと乙女の柔肌に、それどころじゃないのに本能的に安らぎを覚えてしまう自分が恨めしい。
(こうなったら人間の姿に……戻れねぇーー!)
まさか人型でレティシアの服の中から現れるわけにはいかない。
押し当てた自分の肉球の感触に、目と意識をその魅惑の膨らみから逸らしながら、ハンモックにでも嵌まったようなバンザイヘソ天の姿勢を整えようともがいていると、いつもよりほんの少し低いレティシアの声。
『罠は準備済みです』
『……にゃあ(あれ、これ俺の出番なし?)』
「ただでさえ可愛くて麗しいのに、強くて頼もしいなんて……!やっぱりレートは天使ね!」
(うんもう、レティが無事ならなんでもいいや……)
はしゃいだ声をあげるレティシアが、レートにうっとりとした顔を向けながら扉に手を伸ばす。
(……なんだ?)
わずかな空気の振動。
アルフレドの耳がひとりでに、ぴんと立った。
「そうだわ、持ってきたおやつが……」
(ーーレティシア!!)
アルフレドがレティシアを庇うように引き寄せた瞬間、重い扉がぎいっと軋んだ音を立てた。