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騎士に忍び寄る悪手

一方その頃、アルフレドは……の回です



 反省室のドアを叩く音にアルフレドは眉を顰めた。

 応答を待たずに開いたドアから漂ってきた、嫌味にならない程度の(その絶妙な加減が逆に嫌味だ)爽やかな香水の香りが、事あるごとに自分を敵視してくる面倒な相手のものだったからだ。


「おい」


 横柄な呼びかけを無視していると、宥めるようにこつこつと軍靴の爪先を鳴らされる。


(そういう気障ったらしいところが嫌なんだよ)


「聞こえているだろう、アルフレド」


 だが、逃げ場のないこの場所でいつまでも居座られては余計に鬱陶しい。

 アルフレドはやむなく、招かざる客にむっつりとした返事を返した。


「何の用だ、ヘンレイ」


 ヘンレイはアルフレドより二年ほど先に騎士団に入った平民の騎士だ。アルフレドが入団したばかりの頃は面倒見の良い先輩だったが、獣人の身体能力の高さゆえ見習い時代から頭角を現したアルフレドが、三年の見習い期間を一年で免除され、自分と同時に正騎士になったのが気に入らなかったらしい。


 挨拶をしても無視、食事や飲みにアルフレドだけ誘わないと言った私的なことはともかく、鍛錬中に石を投げてきたり躓かせようと足を出してきたりと、子供じみた嫌がらせを繰り返されてイライラさせられた。

 意地になって全てを避け続けていたら、今では剣を投げつけてきたり矢を射ってきたりと、嫌がらせの域を超えた行動に発展している。今のところは避けられてはいるが、自分を殺そうとする人間にいい感情を持つことなどできるはずもない。


「随分な態度だな」

「自分の胸に手を当ててみろ」

「ああ、胸筋には自信があるぞ。レディたちにも好評だ」


 妙に機嫌良く軽口を叩くヘンレイ。


(だから、そういうところが)


「なぁ、アルフレド」

「…………」

「つれない奴だな。俺はお前のために来てやったのに」

「は?」


 天地がひっくり返ってもそれはない。反論したくなるような言葉に思わず反応してしまい、苦い思いで口を歪める。子供染みていると思いながらも、ヘンレイが壁のすぐ向こうまで歩み寄ってきた気配に、さりげなく壁に沿って、窓から見えない場所に移動した。


「鉄壁」

「!」


 アルフレドの位置を知ってか知らずか、壁を挟んで背中合わせにもたれたのだろう、微かな振動を背中で感じる。だが、アルフレドの胸をざわつかせたのはその言葉の方。


「……何が言いたい?」

「お前があの鉄壁メイドといい仲だって聞いてな。本当か?」


 楽しげに言葉を続けるヘンレイ。

 アルフレドが確信犯で作り出した状況から広まった噂。

 昼間の令嬢たちにまで知られているのだから、騎士なら知っていて当たり前。寧ろ、レティシア狙いの男を牽制したかったのだから、狙い通りなのだが。


「…………なぜそんなことを聞く」

「っは、すげぇ殺気」


 声と気配が、後ろの壁から離れる。

 足音がドアの方に向かうのが聞こえ、アルフレドは俊敏な動きで窓にはりついた。


「ヘンレイ!」

「女一人にみっともなく焦るなよ」


 苛立ちのこもるアルフレドの呼びかけに、横顔を見せるように僅かに振り返ったヘンレイの口元は、いやらしい笑みの形に歪んでいる。


「俺はただ、あの女が他の騎士に誘われてるトコ見かけただけ」

「は?」


 思いがけないセリフに、思考が止まる。

 レティが、誰に、なんだと?


「ああ、そういやアレって第一の騎士だったわ。素直についてったところ見ると、お前、貴族狙いで乗り換えられたんだろうなー。かわいそうに」


 耳から入った言葉を咀嚼し、ようやく呑み込む。だが、理解には至らず、口が勝手に反芻する。


「レティが、誘われて、ついていった?」


(なんで?俺が口説いてるのに……まさか嫌がられてる?他にいいやつが……?貴族狙いって、俺だってもうすぐ……騎士男爵だけど、でも)


 動揺するアルフレドの様子を小窓から見てとり、ヘンレイは目を瞠った。


「…………は、マジか。気に入らないアルフレドへの嫌がらせに、あの騎士ザコどもに手を貸しただけだったが……」


 思わず呟く。

 アルフレドの耳ならどれだけ小声でも聞き逃さない距離だったが、呆然とするアルフレドには届かなかった。

 思案げに顎を撫でたヘンレイが、にやりと口端を吊り上げる。これは、チャンスだ。ヘンレイの悪知恵がそう囁く。


「……なぁ、アルフレド。よくよく思い返したら、てっ……彼女、誘いにのったわけじゃないかもだわ」


 窓の向こうの蒼白になった顔に笑いそうになるのを目を逸らして堪え、ヘンレイは眉を下げて哀しむような表情を作ってみせる。


「よく見えなかったが、相手は何人かいた。第一の騎士の中に、平民メイドで遊んでる奴らがいるらしいし……もしかしたら、無理矢理」


 心配しているフリをしながら言葉を切り、観察するようにアルフレドを見ると、意識を取り戻した瞳と視線がぶつかる。

 理解しているのを確かめて、ヘンレイは芝居がかった仕草で掌を天井に向け、嘆くように目を閉じる。


「だが、お前は謹慎中で愛しい彼女を助けにも行けない。職責上、俺もお前を出してはやれない……が」


 ぎりっとアルフレドが歯を食いしばる、軋むような音が響く。


 いい表情だな、アルフレド。ーーそうだ、悔しいだろう。焦燥で、敵意で、身も心も焼き焦げそうだろう?急に出てきた男に、自分の立場モノを脅かされて、腹立たしくてどうしようもなくて。

 俺?俺は最高の気分だよ。なにせ、それが今まで俺がお前に味わわせられていた気分なんだからな!!


「俺が、助けに行ってやろうか?」


 ……だが俺はそんなに器の小さい男じゃないから、これで赦してやるよ。もちろんタダじゃないが。


 アルフレドの瞳孔が開き、空気がピリッと震える。

 それに気付かず、ヘンレイは得意げな顔をして窓の向こうのアルフレドに近付く。そしてゆっくりと身を屈め、目と目を合わせて、優しげに囁いた。



「お前が叙爵を辞退して、代わりに俺を推薦するというなら、お前の女を助けてやるよ」



 副隊長の肩書きなんて、平民の騎士団のそれである以上、ただの便利屋みたいなものだ。アルフレドへの嫌がらせにはあまり役に立たないが、立ち回りの上手さを買われただけの。


 そんなものよりずっと確実な評価である、騎士男爵の叙爵。

 それがこんなに簡単に、目の前に転がってくるなんて。


「どうだ?そのくらいどうってことな」


 にやつきを隠せずに言い切る前に、小窓から飛び出した拳がヘンレイの顔にめり込んだ。




ヘンレイ卿はクズい小者でした。

次回、レティシア視点に戻ります!

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