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囚われの鉄壁

トラブル回です

軽くですが、女性への侮蔑発言や、暴行めいた記述がありますので、苦手な方はお気をつけください!


 がちゃんと大きな音と共に、重たい扉が開く。

 隙間から差し込むのは仄かな月明かり。

 それでも暗闇に慣れた目には眩しくて、レティシアは目をすがめつつも、まっすぐに背筋を伸ばしたまま、開いていく扉に向かって相対する。


「さすが鉄壁。随分と大人しくしていたようじゃないか」


 嘲笑混じりに響く高圧的な台詞に続き、目を刺すような強い光で照らされ、反射的に顔を背けた。


「……こんなことをして、ただで済むと」


 埃っぽい倉庫の中にしばらく閉じ込められていたせいで、掠れた声で尋ねると、騎士たちが鼻で笑う。


「これでも貴族の端くれなんでね。平民のメイドを甚振るぐらいは簡単に揉み消せるんだ」


 鉄製の重たい扉がばたんと閉じ、わざと目元に向けられた電灯の光がますます煩わしく感じる。すっかり冷えた腕を庇にしながら、ニヤニヤと下卑た笑いを浮かべて近付いてくる二人の男の動きに注視する。


「それは随分とくだらない力ですね」

「生意気だな」

「は、すぐに思い知る」


 レティシアの侮蔑に憤ることもなく、二人はじわじわと歩を進めてくる。

 強気なのは、自身の家が持つ特権のためか、二対一という数の利か、騎士とメイドという身分のためか。

 レティシアは思わずといったように後退り、男たちを睨みつける。


「くだらないその力に、お前は踏み躙られるんだよ!」


 にぃ、と口端を吊り上げ、二人は勢いよくレティシアに襲い掛かった。





✳︎ ✳︎




 夕方、レティシアが勤務を終えて城門へと向かっていると、第一騎士団の騎士が数人、後輩のメイドたちに絡んでいる場面に出くわした。

 軽薄そうな隊服の着こなしや言動が王城メイドたちの中でも問題になっている、態度のよろしくない貴族令息たちだと気付いて急いで間に入る。


「いかがなさいましたか」


 勤務を終えて簡易的なドレスに着替えていたからか、一瞬目を瞬いてから『鉄壁メイド』に気づいて顔を見合わせた彼らは、にやりと笑って肩をすくめた。


(癪に障る仕草だわ)


「騎士団のメイドだけでは手が足りなくてな。手伝ってもらおうとしただけだ」


 本当なのか前もって用意した理由なのかは判断しかねるが、本当だとしても他部署の仕事を引き受ける道理はない。機密性の高い騎士団の業務なら尚更。

 手が足りないと言うなら騎士が手伝えばいいことだ。


「他部署の作業は私どもの一存ではお引き受けできかねます。どうしてもと仰るなら、正式に騎士団付きのメイド長からご依頼を」

「さすが鉄壁メイド。融通がきかないな」

「その格好なら普通の令嬢に見えるのに」


 揶揄するような言葉に更にイラっとする。普通ってなんだ。服が変わったって中身は同じ。騎士服に身を包んでいても、目の前の男たちの行動が騎士とは程遠いように。


「規則ですので」


 誰にだって職分というものがある。管轄外の仕事に下手に手を貸せば、どんな不利益につながるかわからない。

 王城という国の中枢で勤める者であれば尚更、それでも頼んできた者たちに権限や信頼があればともかく、融通などという都合のいい言葉で責任を押し付けようとは、まったくもって自覚が足りない。


 と、反論するのは難しくはないが、後が面倒。

 レティシアはとりあえず後輩メイドを戻らせようと目配せを送る。怯えた顔で固まっていた彼女たちが、ほっとしたようにレティシアに頭を下げて去って行くのを見送り、諦めたのか何も言わない騎士たちを見た。


 外庭勤めのメイドはほとんどが平民。貴族令息である第一の騎士にしてみれば、取るに足りない格下の身分だ。よほど高圧的な態度をとられただろう。

 特にここにいる後継でない立場の者ほど、その身分を失うことへの畏れからか下の者に態度が大きい。己の器の小ささを見せびらかすようなものだが。


 レティシアは内心でため息をつき、自分もさっさと帰ろうと形だけは慇懃に頭を下げる。


「では失礼いたし……」

「勤務中のメイドに手伝ってもらうのは規則に反するかもしれないが」


 挨拶を遮る新たな声に顔を上げて、少し驚いた。

 いつの間にか現れたのは、実力派の平民騎士が所属する騎士団の副長だ。確か、名前はヘンレイ卿だったか。

 アルフレド様ほどではないが、明るい茶のサラサラした髪にグレーの瞳のそれなりに整った顔立ち。礼儀正しく頼られるタイプで人望があり、メイド人気も高い。


 後輩メイドに絡んでいた第一の騎士にとって、平民とはいえ副団長という立場のヘンレイ卿は上司に当たる。

 だが、彼らを諌めにきたにしては、口を挟むタイミングも内容もおかしい。騎士たちも戸惑った様子でヘンレイ卿の乱入を見守っている。


「レディはどうやら勤務外とお見受けする」


 にこりと微笑む口元とは裏腹に、笑っていない目。

 他に会話したこともない相手から向けられる敵意に、首を傾げた。


「……お言葉ですが」


 勤務外であれば、余計に手伝う理由がない。残業反対。

 はっきり断ろうと口を開く前に、ヘンレイ卿が胸に手を当て腰を折る。それに思わず目を瞠ったのは私だけではない。


「な、騎士の礼……!?」

「まて、何もそこまで」


 ざわめく騎士たちにヘンレイ卿がもう片方の手をそちらの方に向けて制し、慇懃に微笑む。


「どうか彼らに、手を貸してくださいませんか、レディ」

「…………畏まりました」


 作法に則って頼まれてしまえば、断ることはできない。

 渋々承諾し、眉を顰める。騎士たちまでが驚いているところを見ると、ヘンレイ卿が出張ってきたのは想定外のことらしい。


「なんで、お前がそんな真似を」

「困っているんだろう?この程度の助力はどうと言うこともない」


 訝しげに尋ねる騎士に、こともなげにそう返すヘンレイ卿がどういうつもりなのか知らないが、直々に頼まれたということは、問題が起きればこの人の責任になるということだ。こいつら問題起こす気しかしないのに。


「……まぁいい。お前が勝手にしたことだ、恩に着せたりするなよ」

「お前らにそんな期待はしていないさ」

「あ!?」


 憤慨しながらも、ひらひらと手を振りながらも有無を言わせないヘンレイ卿の見送りの視線に、やむなく騎士たちについて騎士団棟に向かった。




「この倉庫の中に、明日の訓練の道具が……わぶっ!」

 

 軋んだ音を立てて開く扉に、それだけで目に見えて埃が舞い上がる。外から掛かった錆びた錠を見た時点で普段使っていないのが丸わかりだったため予想できた。取り出していたハンカチを鼻に当てて被害を逃れた。


「とにかく、手入れを頼む」


 適当な指示を告げ、騎士が持っていた手燭を渡してきたので、警戒しながらそれを受け取り距離を取る。


 なんせ、訓練道具の手入れは騎士団付きメイドの仕事ですらない、見習い騎士の仕事だ。そして彼らは哀しいかな、見習いではない。つまり彼らの仕事ではない。


 騎士団の敷地の中でも、人気のない場所。

 平民メイドをそう言って連れ出して何をするつもりだったかなんて、考えるまでもない。努めて冷静を保っていたつもりだが、湧き起こる怒りで胸の辺りが熱くなった。


「しっかりやれよ!」


 せせら笑うような言葉と共に、どんと背中を押されて中に押し込まれる。待機している騎士たちが騒めく声がしたが、近付いてくる気配はない。

 いや、まだ油断はできない。相手は四人だ。


 警戒を解かずにいたが、騎士たちはくるりとこちらに背を向け、扉に手を掛けた。中に入ってくる様子はないが、閉じ込めるつもりらしい。


「終わった頃にまた来る」

「おい、みんなで楽しむんじゃないのかよ!」

「!」


 ほんの少し。安堵したのを見計らうように、苛立ったような不穏な声がして、ぎくりとした。






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