鉄壁はもう陥落寸前
レティシア視点。
今回も少し短めです
「はぁ……。お嬢様方は本当に、恋の話が好きなのね」
令嬢たちから解放され、一人になってようやく一息つく。
休憩時間のはずが、根掘り葉掘り聞かれてとんでもなく疲れたわ。
あれは……昨日の抱擁は。あの場を凌ぐため、私の面子を立てるためのフリだとわかっているのに
『俺のレティ』
(ぎゃああああああああああっ!!??)
耳元で囁かれた甘い声がよみがえって、心の中で絶叫する。
実は昨日からもうほんとにことあるごとに、アルフレド様の声がリフレインしています。もうダメ。耳から溶ける。無理無理無理。
機能停止から立ち直った後、お礼も言えずにおやつだけ押し付けて逃げてしまったのが悔やまれる。次にどんな顔してお会いすればいいのか……いえ、あれはお芝居な訳で、意識されてはアルフレド様にかえってご迷惑をかけるというもの。
幸いなことに、通常勤務中はアルフレド様をお見かけすることはほとんどない。ほとぼりが冷めるまでは……
「レティシア。騎士団のアルフレド様がまた謹慎だそうです。明日の夕刻までですが、前回同様お食事をお待ちしてね」
「…………かしこまりました、メイド長」
……逃げも隠れもできないという試練。
「ほんと何やってんの?レティ」
(レティ呼びが定着していますが!?)
反省室に夕食を運ぶなり、顔の上半分を顰めたアルフレド様の顔が窓から覗きます。気まずい空気ではないものの、とても平静ではいられない。
「あの、愛称呼びはさすがに」
「ああ、片方だけじゃ不自然だよな。俺のこともアルで良い」
「そういうわけには」
「そんなことより、なんなのあの令嬢たち」
話を逸らされた。
ああ、これは異議は受け付けないと言うことね。とはいえ、愛称なんてとても呼べないわ。恥ずか死ぬ。
「……ご覧になっていたのですね」
以前も猫のレートにおやつをあげていたのを見られていたんだったわ。気取らせずに偵察していたなんて、さすが有望な騎士。
「助けに入れなくて悪かった」
アルフレド様がしょぼんとしたのが、目元だけでわかる。
今は壁一枚隔てているくらいがちょうど良いかもと少しだけホッとしながら、首を傾げた。
「今日は、助けられるようなことは特になかったと」
「ああ……まぁ、結果的にはな」
もごもごと、アルフレド様には珍しいはっきりしない口調。だけど昨日のような助け方をされては、二人揃って令嬢たちの恋話の餌食になっていたでしょうね。
「それより、また謹慎だなんて。意外と問題児なのですね」
「ンッ」
叙爵間近だと言うから品行方正な騎士様だと思っていたけど、そんな人がこうも頻繁に謹慎をくらいはしないわよね。
私としては、少し手のかかる人の方が可愛げがあって好きだけど…………っ、違う、そういう好きではなくてよ!?
そもそもアルフレド様はレートの飼い主という一点で、他を超越するほどの優良物件なのだから!!
「それが……」
どこか気まずげに口を開いたアルフレド様の顔が、窓の向こうに消えていく。
アルフレド様のぼそぼそとした説明を聞きながら、まさかの謹慎理由に私の方が床にしゃがみ込んで詫びるはめになった。
「誠に申し訳ございません!まさか偽装対象の所作も身につけずに潜入するとは、私の指導不足でした!」
「うん、そうじゃなくて」
「前回、アルフレド様の謹慎中も知らずに作戦行動を継続されていたそうなのです。なので情報収集の重要さを教授したのですが、まさかこんな……」
「だから、それな?なんでレティがそんなこと教えてるんだ?」
あまり大っぴらにしたくないと思っていたけど、ご迷惑をおかけした以上、アルフレド様には知る権利がある。
私はご令嬢たちに『集団における効果的な捕獲方法』を教授することになった経緯について、説明する。
「そもそものきっかけは、令嬢たちがアルフレド様を探す際の振る舞いの問題でした。いくらお客様であっても、王城の一部たる中庭での私的な騒ぎは、処罰の対象になりかねません」
自身が絡んだ事情に、アルフレド様が申し訳なさそうなしゅんとした顔を覗かせる。え、やだ、撫でたいわ。
「それは、すまない……。彼女らに見つかっては、意に沿わない結果になるような気がして逃げていた」
「ご慧眼ですわ。アルフレド様のせいではありませんのでお気になさらず。
……ですからその前に、王城でのお茶会の主催者であるネルデウス侯爵夫人に畏れながら進言申し上げたのです」
「進言?」
「はい。同じ対象を捜索するのに互いに足を引っ張り、大声で自身の居場所を知らしめ、それではまるで『どうぞお逃げなさい』と仰っているようです、と」
「…………ん?」
「せっかくの数の利を活かさずしてどうするのかと。互いを出し抜くのであれば、捕まえてからで十分ですのに」
「あれ?令嬢たちのマナーが悪いって話じゃ」
「もちろんそれもあります。ですがそれは二の次です」
「……そう、なのか?」
そもそも令嬢たちにマナーや王城ルールが拙いことは、各ご家庭及び後見たる侯爵夫人がなんとかするべき問題です。
私が進言できるのはその点ではないと判断したのだけど、アルフレド様には納得いただけていないようね?
「そうしたら、侯爵夫人から、ならば是非指導役にと推挙を受けたのです」
「捕獲方法……どうしてそんな知識が?」
「実家の土地柄です。領地に魔物が出ると言いましたでしょ?」
「成る程……」
ようやく納得していただけたかしら。
これ以上はお食事の邪魔になってしまうし、私もまだ仕事が残っているので、一旦お暇せねば。
ああ、そうだ。
「今日もレートにおやつを渡せませんでした。どなたに預けてらっしゃるのか教えて下さってもいいのに」
不満を隠さずアルフレド様を見ると、なぜか楽しげにきゅっと目が細められたので、どきりとする。
「安全だから心配すんなって。それより、また誰かに絡まれたら俺に言って」
「え、いえ、そんな……」
「遠慮しなくていいから。俺も役得だし」
やだ、また耳元に甘い声と、抱きしめられた感覚がよみがえってしまった。あれはやりすぎだと思うの!
「っ、昨日のは、その、…………ありがとう、ございました」
とは言え、私を守るためにしてくれたことだ。
そわそわする文句は飲み込んで、きちんとお礼を言う。
「どういたしまして。ちゃんとマーキングしないとな」
「え……」
なに、それ。どういう……
「なに、犬みたいなことを」
「犬?」
面白がるようなアルフレド様の声と共に、空になった食器のトレイが窓から差し出される。受け取ろうと伸ばした手を、ぐいっと引かれた。
「アル、」
窓から伸びたアルフレド様の腕が、食器に当たって硬質な音を立てる。それに気を取られた一瞬の後、
「痛っ」
かぶりと指先を甘噛みされて、目を瞠る。
「ご馳走様」
ぱ、と呆気なく離された手。
そこに残された僅かな歯型に、全身がかっと熱くなる。
「し、躾がなってません!」
どきどきと煩く鳴る心臓。
悔し紛れにそう叫んで部屋を飛び出すと、後ろから楽しげな笑い声が聞こえた。
ああ、もう。なんて駄犬。
真っ赤だろう顔を隠して、足早に反省室を後にした。
謹慎三日+メイドウザ絡み+謹慎
五日もレートにおやつをあげられていないレティシアさん。
山も谷も少ない本作ですが、最後にちょこっとトラブって終わります(雑な予告)
最後までお付き合いいただけるとありがたいです!(更新遅れておきながら)