にゃんこ包囲網
遅くなりました…
アルフレド視点です
「こちらは本隊司令アガサ・サムウェルです。本日の目的地は、昨日ターゲットが目撃されたポイント028。各人、準備はよろしくて!」
『『『イエス、マァム!!』』』
無線から感情の消えた令嬢たちの声が響き、今日も猫の姿で植え込みに潜んでいたアルフレッドの体がびびっと総毛立つ。
なぜならすぐ側にいるドレス姿で仁王立ちする令嬢こそ、一人肉声を響かせていた、本部司令アガサ・サムウェルその人であるからだ。
(やべぇ。完全に目的地ここじゃん)
ここにいることがバレている。昼に中庭に隠れていることなんて誰にも知られていないはずなのに。そもそも猫の姿になれることは誰にも教えていないし。
得体の知れない恐怖にぶわりと尻尾を膨らませるアルフレドをよそに、赤に近い金髪を豪奢な縦ロールにしたサムウェル司令は、ほんの一瞬目力を緩めて遠くを見つめ、呟く。
「今日の作戦の功労者は、騎士団に潜入して情報を入手したアナスタシアね。……あなたの犠牲、無駄にしないわ」
(潜入!?犠牲!?ほんとなにやってくれてんの!!)
なぜだか日に日に組織として機能していくアルフレド追い詰め隊の令嬢たちは、遂に潜入捜査にまで手を染めたらしい。
(……さては、情報元は第一の奴らだな。昨日、奴らと出くわしたのが、ここに向かう途中だったことに気づいたのか)
しかもひとりの令嬢が犠牲になっている。つまりがっつり潜入が見つかっているということだ。
取り調べで諜報行為に深い目的がないと判断されたところで、騎士にも親にも相当厳しい注意を受けることは間違いない。
(……そして俺まで怒られる)
猫になったり、令嬢たちから隠れていることが広まるよりはいいかもしれないが、せめて捕まらないくらいにはうまくやってくれと頭を抱える。
また謹慎をくらうかもしれない。昨日の第一の騎士たちへの暴言には特にお咎めがなくて安心したばかりなのに。
女の家を探ろうとした手前、後ろ暗くて苦情を申し立てられなかっただけだろうけど。
(まぁでも、またレティシアと話せるのは悪くないか)
この後令嬢たちが中庭に集合するようだし、大人しく退散するのが得策だ。その分を補うためと思えば、多少の不名誉ぐらい釣りがくる。
そう気を取り直し、今日のところはレティシアをひと目見てから部屋に戻ろうと、植え込みの隙間から顔を出そうとしたところで、ザザっと無線の繋がる音と共に女の声が聞こえた。
『ターゲットが西の廊下からポイント028に移動中!』
「ラジャー!シェンテ隊は引き続き移動を確認しながらフロータル隊と合流、そのまま集結せよ!』
『イエス、マァム!』
(待て。ターゲットが移動中、だと?)
様子がおかしいことに気づき、耳とヒゲをぴんと立てる。
(俺はずっとここにいる……ターゲットは俺じゃない?だとしたら)
「そこの貴女!」
ずざっと芝生をえぐらんばかりの足音を立て、サムウェル司令のブーツの爪先が廊下の方を向く。
令嬢たちのものらしき香水の香りに混じって届くのは、すっかり嗅ぎ慣れた匂い。
(……狙いはレティシア、か)
考えてみれば致し方ないことだ。
アルフレドを結婚相手にと望む令嬢たちが、昨日のアルフレドがとったレティシアへの態度を聞いたのなら、恋敵を排除しようとすることは予想できたはず。
ぎり、とアルフレドの小さな牙が擦り合う。
昨日の自分の行動を悔やむつもりはない。だが、相手の行動がそもそも問題だったのだから、容易だったはずの口止めを怠ったのはアルフレドのミスだ。
「……なにか御用でしょうか、サムウェル伯爵令嬢様」
折目正しい所作で畏まるレティシアに歩み寄る、『茶会を主催する侯爵夫人の庇護下にある伯爵令嬢』。
さすがに相手が悪い。
王城の中枢から離れたこの辺りで勤務する者よりも高位の貴族。迂闊に接触して下手に言質を取られたら、あっという間に結婚相手として捕まってしまう。
貴族の権力と立ち回り、婚活令嬢の抜け目なさはアルフレドたち平民騎士の最も苦手とする類のもの。
だがここをうまく納めなければ、レティシアの立場がまずくなるだろう。
「何の用ですって?ご自分の胸にお聞きなさい!」
ザッと不穏な音を立て、レティシアの後ろから、左右から、それぞれドレス姿の令嬢が現れてレティシアを囲む。それぞれの顔に浮かぶ険。ピリッと空気が張り詰める。
(まぁ、だから何って話だが)
己自身は逃げ回ってまで、家族や他の獣人のために求めた地位。だが、自分が一番守るべきは惚れた女に決まっている。
レティシアの危機に見て見ぬふりをするぐらいなら、騎士なんてものに未練なんてない。
猫の顔のまま器用にマズルを歪めてニヤリと笑い、人間の姿に戻るために瞼を閉じた。
「…………ああ!」
が、レティシアの弾んだ声が張り詰めた糸をぷつりと切った。ビクッとしてなんとも言えない無の顔で目を開けると、胸の前で両手を合わせて称えるようなポーズをとるレティシア。もちろん顔は無表情のまま。
「たった7日で捕獲作戦レベル4に進まれたのですね!皆さまのめざましい成長には、私も感服いたしました」
(7日?捕獲……レベル……なんだって?)
なんか様子がおかしい。
首を傾げるアルフレドをよそに、令嬢たちがわっと歓声を上げ、手を打ち鳴らしてレティシアを囲んだ。
「まあ!師匠に褒めていただけるなんて!」
「周辺視野を鍛えた甲斐がありましてよ!」
「我ながら堂に入った隠密行動だったと思いますの!」
(……師匠?)
なんだそれ。
アルフレドはぽかんとして成り行きを見守る。
「同じものを目指す方を敵として戦い、共に疲弊しては共倒れ。それより手を組んで立ち向かい、皆でより善い戦果を得る。それが真の勝利です」
「素晴らしいわ!」
「さすが師匠!」
(レティシアの言ったのは、確か傭兵の心得……?なぜレティシアがそんな、辺境の兵法を)
辺境の領地で戦いに備える屈強な傭兵軍。その実践主義とも言える心得はつまり、誇りと体裁を重んじる騎士のそれとは一線を画す教えだ。
騎士であれば、如何なる戦いも避けることなく正々堂々勝負せよと教えられる。傭兵のように、時には敵をも丸め込んで味方につけ、戦いすら回避しようなんて…………俺は好き。
思わず感心するアルフレドと、やんややんやとレティシアをもてはやす令嬢たちをぴしゃんと遮るように、サムウェル司令の喝が落ちた。
「……では、ありませんのよ!」
サムウェル司令……もとい、サムウェル嬢は怒りで顔を真っ赤にしながら、無表情のまま目を瞬くレティシアを閉じた扇で指し示す。
「皆でより善い戦果などと言って、ちゃっかりご自身が第一標的と親しくなさっていると言うではありませんの!」
話が脱線していたが、やはり令嬢たちの行動理由は昨日のアルフレドとのことだった。
なぜレティシアが令嬢たちに師匠と呼ばれ、傭兵の心得を教えたのかはわからないが、それが今の状況に繋がったのだから、その指導が裏目に出たとしか言えない。
「はっ、そうでしたわ!昨日この場所でアルフレドが師匠を抱き締めていらしたと!」
「先日は同棲なさっているお相手に振られて、泣き縋ったのでは!?」
「では、アルフレドに乗り換えたということですの!?」
サムウェル嬢の言葉にはっとした令嬢たちがレティシアに詰め寄っていく。
その内容からして、やはり情報源は昨日のメイドと騎士。犠牲となった諜報役の令嬢がリスクを冒して手に入れたのは、アルフレドが昼休憩を中庭で過ごすという事実ではなく、妬み混じりに拡散された噂だったか。
(え、て言うかこれ、レティシアの気持ちがわかるんじゃ)
思わずぴんっと耳を立てて、前のめりになるアルフレド。
それどころじゃないと思いつつ、文字通り聞き耳を立ててしまうのだった。