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騎士だからじゃなく、護りたい

前話、アルフレド視点です。

更新遅くてすみません…もうちょっとで完結ですたぶん


 レティシアの巧みなモフ技に転がされていたら、中庭の奥から見覚えのある意匠のメイド姿がちらりと見えた。

 反射的に飛び跳ねるようにして植え込みに身を隠し様子を窺うが、風に乗って届く香水の匂いに思わずカハーッと口が開き、響いてきた大声に耳がぺたんとなった。


(謹慎のおかげでしばらく女から離れられていた分、余計にダメージが大きいな)


 過敏な鼻と耳に苦戦しているうちに、現れた二人のメイドの片方がレティシアが引っ越しした理由という私的な内容をぶしつけな好奇心だけで尋ね、それだけでもどうかしてるというのに、盗み聞きしていたことを大声でつるりと自白する。


(え、なにこいつ馬鹿なの?誓約違反で処罰じゃね?)


 更には、一緒に住んでいた家族と仲違いでもしたのかというようなあまりに遠慮のない質問に、レティシアとよほど知った仲なのかと思ってもみたが、レティシアから漂う空気がほんの少しだけぴんと張り詰めたことで違うとわかった。

 こちらに背を向けているのにわかる、その顔が浮かべているだろう冷たい表情。

 鉄壁ノーダメージを通り越した、触れる事をも拒絶ノータッチとでも言うような。


 冷静な彼女のことだ。揉めるのには相応しくないこの場では、違反したことすら気付いていない様子のメイドに注意はしても、やり込めるようなことはしないだろう。

 かと言って誓約違反を無視もできないから、上司に報告して判断を仰ぐという、穏便で最善の方法を選ぶ。


 ならば、とそっと身を翻して自室へと駆け戻る。

 騎士団に与えられた王城の一角に建つ独身寮の、雨どいだとか窓枠だとかを足掛かりに壁を登り、自室のほんの少し開けておいた窓の隙間から柔らかい体を滑り込ませる。

 獣化を解いて人の姿に戻り、獣化用に身につけている薄い全身を覆うインナーの上から白のシャツと紺のトラウザーズを手早く着る。あまり好きではないが王城内で義務付けられているループタイを、留め具を無視して頭から被り、襟の下にくぐらせながら部屋を出た。


 この間、約一分。

 だがここからは人間の姿で移動しなければいけないので、数分はかかるだろう。

 急いでこの姿であの場に立ち合わなければ、レティシアに無礼を働いたあのメイドの発言を証言できない。

 獣化姿とは言え、猫に証人能力はないから。


 先ほどのメイドたちの服にあった、見覚えのある盾の意匠は騎士団付きの証。つまりあのメイドたちは貴族か、もしくは平民でも準貴族に近い有力な家の娘だ。

 レティシアが訴え出たところであちらへの忖度がないとは言い切れないが、王の剣たる騎士の証言が後押しすれば、少なくともレティシアの瑕疵にはならないはずだ。

 

 耳を澄ませて気配を探りながら進み、人目がないのを確認して窓から音もなく飛び降りる。三階だから少しは時間を稼げただろう。


「……鉄壁……ない……」


 うっすらと聞こえた男の声に足を止めた。

 鉄壁に反応した自分を面映く思いながら、声が聞き取れる距離まで気配を消して近付いていく。


「鉄壁の声が聞こえないんじゃなくて、この距離で普通の話し声はさすがに聞こえないよ。王城内で、エリーみたいに大声で喋るやついないし」

「つーかオディット嬢、鉄壁に名乗ってるぞ。知り合いだって言ってなかったか?」


 進行方向にある建物の陰に三人の男がいて、ひそひそ話しながら様子を窺っている。

 中庭のレティシアたちからはそれなりの距離があるが、中庭での声が響くのは知っての通りだ。


「…………も、希少な宝飾をお買い上げいただいた……よ」

「……宝石に……目がない……シュタイン産の……ブルーダイヤ……」


 早速響いてきたのは、さっきのメイドの声。

 続いて聞こえるのはもう少し抑えた声ながら、話の内容をひけらかすには十分な音量の声。もう一人のメイドだろう。


(あのメイド、やけに声が大きいと思ったが、もしかしてこの男たちに聞かせるためか?)


 聞き耳を立てている男たちと、耳がいいとはいえ距離のあるアルフレドとなら、聞きとれる会話は同程度のはず。

 聞こえてくる自慢しかないくだらない話はこの男たちに対する実家アピールなのだろう。


 どちらが企んだのか、メイドが何らかの意図をもってレティシアに接触し、その一部始終を騎士が計画的に聞き耳を立てている。


(レティシアを巻き込んで、なんのつもりだ?)


 どろりとしたアルフレッドの殺気にも気付かず、男たちは間抜けにもメイドたちの話に食いついている。


「へぇ、アンバインの羽振りがいいってのはホントなんだな」

「ハーバー商会もそんないい宝石仕入れられるなんて。王家御用達顔負けじゃないか。だったらむしろ……」

「いや、第一騎士団うちのメイドは二女より下だろ。そこまで手をかけられないからメイド止まりなわけで」


(は?こいつら第一の騎士かよ!これだけ近くで殺気放たれても気付かないとか、どんだけ日和って……)


「あ、レティシアさん!お家の場所を教えて頂戴?」

「は?」


 さっきよりも近付いた事で鮮明に聞こえた言葉に、気配を消して忍び寄っていたことも忘れて声が出る。

 それほどにふざけた言葉だったからだ。


「な、第五のアルフレド!?」

「おまえ、いつの間に!」


(俺ですらそう気軽に聞けないのに、なんだあの女!?)


 レティシアの家。知りたいに決まってる。そしたら近所に引っ越して毎日おやつを食べに行き、そのままさりげなく居座って……いや違う。そんな不埒な目的じゃなく、あれだ、護衛だ。そう、そういう不埒な目的の奴らがレティシアにまとわりつかないように護りたいだけで……


「…………お前ら、それが目的か?」


 女の一人暮らしの家を、他人を使ってこそこそ探るーーどう考えても後ろ暗いことを企んでいる証だ。

 レティシアのことを『鉄壁メイド』と呼ぶ人間の数は、揶揄の色もあるがそれだけ彼女に関心を持つ人間の多さでもある。

 彼女につれなく袖にされた人間がいなければ、関心を持つ人間が少なければ、いちメイドの隙のなさなんて人の口に上ることもないのだから。


 瞳を険しくして睨みつけると、圧された騎士たちが一瞬たじろいだ後、虚勢をはるように声を荒らげる。


「なっ、なんだその口の聞き方は!俺たちは第一の騎士きぞくだぞ!?」

「はっ、こんな間合い詰められても気付かないような薄鈍が、どの面下げて威張ってんだよ?雑魚が」

「はぁ!?誰が雑魚だよてめぇっ!」

「叙爵くらいで同じ土俵だと思うなよ!平民上がりが!」


 簡単に煽られる騎士たちに呆れながら、騎士の土俵に叙爵とか平民とか関係ないだろうとため息を吐く。

 身分ぐらいでしかマウントとれないのかよ。それって他のこと全部負けてるって言ってるようなもん……って、それどころじゃない。


「んなことより答えろ。お前らなんで、メイド使ってまでレディの家の場所を聞き出したいんだ?」

「っ、な、なんのことだ!」

「下衆な勘繰りすんじゃねぇよ!俺らは」

「へぇ?下衆な勘繰りってのは一体どんな……」


 貴族だって威張るくせに、こんなにわかりやすく狼狽えていいのかこいつら。これならレティシアの方がよっぽど貴族らしいと睨め付けた時。


 離れた場所で、どさっと何がが落ちる音がして、弾かれるように目を向けた。

 視線の先には、両膝を突いたレティシア。不自然に近い場所にいるメイドの一人の足が、長いスカートの裾を踏みつけているのが見えた。


 瞬間、頭の芯が痺れるような怒りが込み上げる。


「っ、あのクソ女ッ!」

「な!?なにやってんだ、オディット嬢!?」

「鉄壁に手を出すかフツー!?」

「ち、違うぞ、アルフレド!俺たちの指示じゃない!」


 女の暴力と俺の怒気に慄く薄鈍たちの声など、既に耳に入らない。

 まさか暴力に訴えるとは。女だからと甘く見た。

 冷静に振る舞っていたレティシアに、事態を防げないとは思わなかったこともある。

 一体なんで……


「愛想のかけらもないくせに、振る舞いですら殿方の心も掴んでいられないのだもの!振られるのも無理はないわね!」


「……なるほどな」


 響いた侮蔑の言葉に、レティシアが遅れをとった理由を察した。

 一周回って冷静になるくらい、腹が立つ。



「レティシア」

「っ!?」


 一瞬で距離を詰め、名を呼んで、ぴくりと反応した体を後ろから抱き締める。柔い。

 怒りだろう、力と熱のこもる体を宥めるように抱き上げ、そのまますとんと地面に下ろす。


「すまない。約束に遅れてしまったな」


 うなじに顔を寄せながら謝罪し、思わずその甘い香りを吸い込んだ。ぴくんと肩が跳ねる。


「アルフレド、さま……?」


 間近で瞬く青灰色の瞳に、蕩けた顔の自分が映る。

 役得だな、と心の中で浮かれながら、勝手に甘くなる声で呆ける彼女に呼びかけた。


「どうかした?俺のレティ」 


「『俺の』……ですって?」

「甘……え、待って誰」


 わかりやすい俺のものアピールに、メイドたちが目を見開いて愕然とする。よし、これでさっきの根拠のない侮辱は払拭できただろう。

 だがそれにしても、レティシアの反応が鈍い。会いに来たらおやつをくれると言っていたのだから、約束があるのは嘘じゃないだろうに。


「……まさか、怪我をしたのか!?」

「え、あ…………ぎゃっ!?」


 転ばされたのを思い出し、急いでレティシアの体を横抱きに抱え上げる。

 驚いてしがみついてくるレティシアの、自重で腕にかかる重さにレティシアに触れている実感が強くなり、胸がぎゅんっとした。

 

(このまま拐ってしまいたい……)


 この後すぐに我に返ったレティシアに抗議されて叶わなかったが、思いがけず周りにアピールできたのは僥倖。本気で口説く覚悟ができたというものだ。



「必ず、俺のものにする」






 

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