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第八十話 デッドオブナイト

照間瑠衣は田中のマンションのロビーに立っている。

瑠衣は田中の部屋番号を入力しボタンを押した。返事がないことなど分かっている。ここに田中はいないのだから。

瑠衣はデバイスを取り出す。変わりはない。相変わらずLEDランプは黒く光り死の宣告を告げている。

結局のところ、瑠衣は田中の首に縄を掛けた。あとは誰かがその足元の床を外すボタンを押すのを待つだけだ。

それ以外に方法は無かったのだ。

鈴木の死体を田中に見られた為に瑠衣はハックエイムの賞金首となった。瑠衣の首には縄がかけられ誰がその足元の板を外すボタンを押すのかを競っている。だから瑠衣は蔵井戸の言うままに田中の首に縄を掛けた。

田中と瑠衣のどちらかが死ぬ。二人のどちらの足元の板が外される。どちらが早いのか、もしくは両方か。

だが瑠衣はそれをジッと待っていることも出来ずに田中の自宅へと向かった。

何しに来たというのかは自分でも分からない。ただ待っていることなどできなかっただけだ。

瑠衣はもう一度インターホンを鳴らしてから大きく首を振りパスワードを入力した。

ロビーのドアが開き瑠衣は田中の部屋へと向かう。


ドアの前に立ちノックをする。ドアが開き驚きながらも嬉しそうな田中に出迎えて欲しい。もちろんそれは叶わない。分かっている、田中はもうすぐ死ぬ。その処刑ボタンを押したのは瑠衣自身なのだから。

瑠衣は合鍵を差し込みドアを開け中へと入った。

田中を殺したいわけではないし、田中を助けたいわけでもない。ただ、ジッとしていられなかっただけだ。

「カナくん?」

瑠衣は呼びかけるが答える者がいるはずもない。

瑠衣は真っ暗の部屋の中を進み改めてそこには誰もいないことを認めた。

ダイニングキッチンへと進み二人で食事を重ねたテーブルについた。

瑠衣のこの行動を蔵井戸が知れば激怒するだろう、そんなことは百も承知だ。

蔵井戸はジッとしていろと強く言った。瑠衣も狙われているのだ。

だが瑠衣はテーブルに涙を落とした。そして立ち上り田中の居室を見て回った。

広くはない。ダイニングキッチンと洗面トイレと浴室に寝室、そしてベランダ。

瑠衣は浴室のドアを開けた。田中のどこまでも優しさに満ちたマッサージを思い出した。

田中にならば背を預け首に手をかけられても安心できた。その手が殴りかかってくることは無いしその両手が首を絞めることなど決して無い。

寝室のドアを開ける。田中に抱きかかえられこのドアをくぐりあのベッドの上で深く濃厚なセックスをした。

そっとベッドに手を置き、その営みを反芻しかけたところでスマートフォンが振動した。蔵井戸だった。

「もしもし・・・」

「今どこにいる?」

「そ、それは車で移動しているんだけど・・」

「ジッとしていろって言っただろ!!」

「ごめんなさい、移動している方が安全だと思って」

チッ・・・。

電話の向こうから蔵井戸の舌打ちが聞こえてきた。

「まあ、いい。デバイスを確認しろ。田中の始末が付いたようだ。念のためあと2~3周していろ」

瑠衣は自分のデバイスを確認した。

あの恐ろし気なLED表示が消えている。

「誰が・・・」

「さあな、そいつは今頃たらふくボーナスをもらっているだろうな。なんせ警官殺しだ。これに懲りたらこれからは気を付けろよ」

蔵井戸は警告を残し通話を切った。

瑠衣は呆然と田中のベッドに座り込んだ。

だがすぐにその危険な行動を自覚した。先ほどまでとはまるで違う恐れを抱いた。それは失踪することになる警察官の自宅に最後にいた人物になるという自覚だ。

瑠衣はベッドわきのサイドテーブルに手をつき立ち上がろうとするとそこに置かれていた何かに手を重ねていた。

プラスティックの?何これ?

それが何かはよく分からない。とにかく指紋を拭き取って去るべきだったのだろうが、その時間すら惜しいと思った瑠衣は咄嗟にそれをポケットに突っ込み田中のマンションを出ると愛車に乗り込みその場を去った。

カーステレオがP!NKのWalk Me Homeを流し始めた。

瑠衣は涙を流しながら夜の東京をインプレッサで走り去って行く。


P!NKが歌う。

この闇夜を私と共に歩んで欲しい

どうしていいのか分からない

私一人ではどうにもならない

今夜だけでも一緒にいて欲しい

だってこの世界は狂っているから

この闇夜を私と共に歩んで欲しい・・・。


田中を死に追いやったのは他でもない瑠衣自身なのだ。

生き延びたという実感はないし、田中が殺されたという実感も勿論ない。

だがP!NKは歌う。

Walk me home in the dead of night.

デッドオブナイト。

瑠衣にはまるで違う意味に聞こえる。

瑠衣はもう涙を流さなかった。








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