表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
66/80

第六十四話 三者三様

岸と後藤の二人は朝食を終え、後藤は食器を洗い岸がコーヒー豆の粒の数まで数えているかのように丁寧にコーヒーを淹れている。


後藤が食器を洗い終え、テーブルに戻ると岸も丁度コーヒーを淹れ終えたところで一つを後藤の前に置くとさっそく一口飲み、本日の出来栄えに納得し満足げにテーブルについた。

二人でここエビス屋に住んではいるが部屋を同じくすることは多くない。

後藤もコーヒーを口にし、悪くないなと右手に持ったタンブラーを岸に向けた。

まあ聞きたいことがあるんだろう?予想は付いているけどな。

「昨日、どうだった?」

そりゃあそうだ。分かってる。

「ああ、それがさ・・」

「田中さん、いたんだろ?」

「ああ、そうだよ」

岸は、会話を楽しむってのが苦手だよな。

今に始まったことじゃあないが、もっとこうさ・・・あるだろ。

少しは会話を楽しもうぜ、いきなり話の結論だけ聞いても楽しくないだろ。


まあいいか、コーヒーは一杯で十分だしな。

「田中さんさ、昇進試験があるって言ってたろ」

「ああ、そうらしいな。それであの時の一悶着を監察?だっけそれに告げ口しないでくれって」

そうそう、二人で聞いたろ。言わなくても分かってるだろ。

「それがダメになったんだってよ。告げ口してもいいですよって言われたよ」

「ええ?そうなのか?」

「そうなんだろ。落ち込んでるって言うより自暴自棄って感じだったな」

「なんでダメになったんだ?」

岸は質問ばっかりだな。会話ってのは答えを要求するばっかりじゃなくて自分の意見を交えて拡げて行った方が楽しいんだけどな、お前が拷問が苦手なのはそう言うところが原因の一つだと思うぜ。

「さあな、警官でいられなくなるってわけじゃなさそうだがマジで落ち込んでたぜ」

後藤は、田中が父親の敵を取ろうとしていたことも、結局は手を下せなかったことも伝えなかった。

余計なことは言わない方が良い。今の岸は限界に近いと見えるのもあるが、元々岸は状況に対する的確な対処が苦手なところがあるように思える。

ここで田中が父の敵を取ろうとしたことや、そのために拳銃まで持ち出した事を伝えても、岸は驚き、それ終わりだろう。

たいへんだなあ・・とか、なんでまた・・・とか言うくらいだろう。


「どうするんだ?」

「どうもしねえよ。今更監察に告げ口なんかするわけないだろ」

「そっか・・・」岸はそれだけ言って背を向けキッチンから去ろうとしていた。

せめてなんか意見を言ったり・・・まあいい。余計なことは言わないってのも大事な事だ。


会話は終わったようなので後藤はスマホを取りだし電話をかけた。

相手が中々出なかったので後藤はスマホをスピーカーモードにしテーブルに置いた。

しつこいくらいに呼び出し音が鳴った後に相手は電話に出た。

「なんか用か」そう言ってこちらに聞こえるように舌打ちをした。

「クマか!!」スマホから発せられる蔵井戸の声を聞き慌てて岸が振り返った。

「今すぐ来い」後藤はそれだけ言って電話を切った。

「クマを呼んでどうするつもりだ」

「どうもしねえが、調教しておけって言ったはずだが、あまりうまく行ってないようだな」

「いや、まだ何も・・」

「まだ・・・か。じゃあ調教計画を教えてくれるか」

「だから、まだ・・」

後藤は岸の返答にため息をついた。

「あのな、あいつにも仲間がいるだろう。今頃オレたちをどうやって殺すか、三つも四つもアイデアを絞り出しているだろうよ。あいつ、お前に言ったか?オレにも仲間がいるって」

「・・・・」

「仲間が、いるって、あいつの、口から、聞いたか?」

「だから、まだ何も話せていないんだよ」

後藤はまたため息をついた。今度は見せつけるように大きく。

「あいつの番号教えておいたよな。スマホであのバカの名前をタップするだけだ。高校生が惚れた女を花火大会に誘うわけじゃねえんだ。そんなに難しい事じゃないし、すぐにやらなけりゃならない事だ」

「ああ、そうだ。すまない」岸はつまらない言い訳をしたことを素直に謝罪する。

後藤は舌打ちしそうになるのをコーヒーを飲み干すことで耐えてからタンブラーをシンクに置き蛇口を開けてタンブラーを水で満たした。

「その様子じゃアイツから謝罪が来たってことも無いんだろ。謝ったり言い訳したところで済む話じゃないけどな」

「少しずつ、やって行くよ・・・」岸が辛うじて答える。

「少しずつ?1、2に3とやって行って10点溜まれば晴れて仲間か?あいつは9点まではお前を狙う。気を付けろよ、間違っても二人で会おうとするな」

「俺はお前を殺そうとしたよな、でも今じゃあ・・」岸は蔵井戸の件に関して言えば全て自分が間違っているとは理解しているが、それでもなにか言い返したかったのだろう。

だがそれは大きな間違いだ。後藤はそれを鼻で笑い遮って返す。

「仲間だって言いたいのか?その理屈ならアイツが殺そうとしたのはお前で、アイツを殺そうとしたのはオレだ。お前の生殺与奪の権利を持つのはアイツで、アイツのそれを持っているのはオレだってことになるな」

岸は何も答えられなかった。全て岸が間違っているのだ。そしてそれを岸自身も痛いほど理解している。

「今後アイツが何かミスをしたら今度こそ終わりだ。どんな些細な事でもな、その時はお前も諦めて同意しろ」

「わかった・・・」岸は絞り出すように言うとキッチンから出て行った。


後藤はキッチンのドアを見つめ岸を見送るとテーブルの上のスマホを手に取り蔵井戸に電話をかけた。

今度はすぐに出た。

「やっぱり来なくていい。次はすぐに出ろ」後藤はそれだけ言うと蔵井戸が「はあ?なんだおま・・」と抗議の声が聞こえてきたが後藤は構わずに電話を切った。



こんなやつ信用できねぇって。


僕もクマ君を仲間にするのは無理だと思うな。


オレはだれも信用しないし仲間も要らない。


なら、本当にクマ君に岸くんを殺させるつもりなの?


こっちがそう仕向けなくともアイツはそうするだろう。


あの馬鹿は岸よりこっちを狙うと思うけどな。


それをオレが制御するってことだ。


そういう事は任せるけどよ。上手くいくのか。


さあな。


それより田中さん、可哀相じゃない?何とかならないかな。


何とか?カンニングの手伝いでもするか?


なにか別の大手柄があったりさ・・・。


手柄って何だよ、自首でもするつもりかよ阿保。


丁度いいのがあると思うんだ。


後藤は自室へと戻りパソコンを起動させ、ある場所を表示させた。


ほらこれ。


近いな。確かか?


うん、テレビで見てさ、なんとなくホームに聞いてみたんだ。その時はまるで分らなかったけど、ホームがずっとサーチしていたみたいでかなり情報が溜まっていたんだよね。


五人か、最低でも。


うん、近くにスマホを置かないように徹底しているみたいだね。


声を聞かれるからな。それを気にしているという事は、つまりハッカーズか。


そういう事。田中さんの手柄になるしハッカーズの情報も得られるかもしれないでしょ。一石二鳥じゃないかな。


一石二鳥とまでは行かないがハッカーズなら・・・何人だ?


今のところは一人だけだね、たぶんリーダー格じゃないかな。


女はまだ生きているのか。


うん、レイプされているみたいだから、まだ・・ね。


分かった、考えてみる。

後藤は一人で思案を巡らす。

ハッカーズの五人パーティーなら近寄るべきではないが、シロウト四人を従える一人のハッカーズなら大したヤツではないだろう。

行方不明の女がどうなろうと知ったことではないし、田中については何とかしてやりたいと思うほどではない。そして標的がハッカーズであってもシロウトを従えているようじゃ間違いなくザコだ。

一石二鳥どころか、高価な弾丸で雀を撃つようなものだ。

だが後藤は計画を考え始めた。

パソコンに表示されていたのは行方不明の女性、山井那奈の居場所だった。



渡部は覆面パトカーで一人考え込んでいた。

その手にはSAKURAのモデルガンがある。田中が実銃を持ち出すために用意したものだ。

よくできているな。渡部はもう一度モデルガンを眺めてからグローブボックスを開けると忌々しいとばかりにモデルガンを放り込んだ。

仲田の奴が田中の父親だったとはな。

あれは仕方がなかった。仲田の奴は佐河組の資金の大半を溶かしちまったんだからな。あの時の勝二の奴は本当に怒り狂っていた。金属バットを手にして瀕死になるまで打ちのめした挙句に、スコップで奴の手の先から打ち込んでいった。俺はもちろん砂場の馬鹿まで目を背ける始末だった。

だが田中の奴はなんでそれを知ったんだ。砂場の馬鹿もさっぱり分からないと言ってはいたが。

何れにせよ田中の奴を囲い込むことは出来なくなったというわけだ。

高橋の餓鬼にどう言い訳すればいいんだ。

全く、馬鹿ばっかりだ!!



田中は非番ではあったがウィナーズコンストラクションに探りを入れていた。

渡部が必死に言い訳していた、父を殺害した実行犯である原田勝二の会社をだ。

しかし、ウィナーズコンストラクションは社長が失踪したという事で女性事務員があわただしく電話をかけまくっていた。

警察だと名乗り事務員だという女性に聞いてみたが、社長と連絡が取れなくなり会社の業務が混乱しているという事だった。

砂場に案内させた奥多摩に置いてあったショベルカーには最近使った痕跡があったし、周囲を見て回った時に雑草が生えていない最近埋め直したと思える場所を見つけた。それは綺麗に幅1メートル縦2メートルの綺麗な長方形でまるで棺のように見えた。

そこには誰かが埋まっているのだろう。

あの時には当然まるで予測は付かなかったが、あそこに埋まっていたのは原田勝二ではないのか?という疑念が浮かんだ。


面白そうだ。

田中はもう刑事になるとこはない。その警察官人生の最後までハコヅメの巡査部長でいられれば御の字だ。

田中は半ば自虐的ではあるが原田失踪の件について調べてみる事にした。


















評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ