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第六十一話 これからは三人パーティーですよ

後藤は蔵前の裏路地にある小さな居酒屋の脇で地面にうずくまる二人の男を前にしていた。

「おい、立てるか?」まず無理だろうとは思うが念のために声をかけ、その頬を軽く張ってみたが無駄だった。

岸はわずかに呻くくらいはできるようだがあまり身体の自由がきいていないようだ。おそらくは末梢性の筋弛緩剤だろうが固形の薬剤は一般的ではないし、注射されたとは考えにくい。

予想は付かないが今は考えても仕方がない。命に係わるようなものではないだろう。


もう一人の男の頬を強く張ってから口を開けさせ、噛まれないように乱暴にペンライトを差し込んでから舌下に錠剤を二つ差し込んだ。

男が抵抗し吐き出そうとする前に後藤は手にしたスタンガンを下から男の顎に当てた。途端に男は歯を食いしばり口をひきつらせた。

「そうそう、吐き出すなよ」

後藤が男の舌下に差し込んだのはゾルピデムとメラトニンの錠剤だ。一言で言うならばどちらも睡眠導入剤だが、この二つを合わせて使う事により導入時間が少しだけ早まる効果がある。それに少しは酒も飲んでいるだろう、三分もすれば身体の自由が利かなくなるか意識を失うはずだ。

後藤が男の顎に手を当てると涎が垂れた。薬の成分によるところはあるが飲み込んだ場合は胃壁から吸収され肝臓を経由するが、舌下に含ませた場合は直接心臓へと届きすぐに脳に達するために効き目が早い。


大丈夫そうだな。

後藤は岸に目を向け直し、声をかける。

「おい、大丈夫か」肩を揺らしてみるがとてもじゃないが立てそうな様子は見られない。念のためにその首に指を当て脈を確かめるが問題はないようだ。


後藤は錠剤を含ませた男を道路から隠すように身を重ねその顎にもう一度スタンガンを当てて様子を見た。男は口角から涎を垂らし抵抗する様子はない。

時折、表の道路を歩き行く人がこちらを軽く覗き見るが、傍目には酒を飲み過ぎた友人の介抱をしているように見えるだろう。


後藤は男を抱きかかえ上げ半ば引きずるように道路へと出ると止めておいたCX-3の後部座席の押し込み、居酒屋の脇へと戻り岸を抱え上げた。

「大丈夫か?」

と後藤が声をかけると岸は「ううぅ・・」と反応する。

どうやら完全に意識を失ったわけではないようだ。薬を含ませた男とは違い、かろうじて身体を動かせるようで後藤に支えられながら車へと向かいその助手席に収まった。

後藤は岸にシートベルトをかけてから運転席へと乗り込み急いで車を発進させた。

もちろん、自分一人で立てないような男二人を相手にしているところに、たまたま警察官が通りかかっては厄介なわけだが、それよりも確認しておきたいことがあるからだ。


口に錠剤を突っ込んでやった男は岸を抱えながら居酒屋から出てきて店の脇へと入って行った。

という事は、この店の裏側に誰かが待機していたのだろう。それを確かめておきたい。

後藤は時間を確認してから静かに車を発進させすぐに左折し、更に左折し居酒屋の裏の道に止まっていた黒色のミニバンを確認した。

運転席には女がいた。年齢は30歳くらいだろうか。

イイ女だ。

おそらくあの女が後部座席に乗せた男の仲間だろう。顔は覚えた。


後藤は岸が入って行った居酒屋の店の少しばかり脇に車を止め待機していたのだ。

30分ほどで岸は出てきた。男に抱えられながらだったが。

男は岸を抱えながら居酒屋の脇へと入って行った。

後藤は静かに車を降りるとそっとその背後に近づき出力を最大にしたスタンガンを男の首に当ててその身体の自由を奪ったのだ。

後はゆっくり安全運転でエビス屋に帰るだけだ。


車庫に車を入れシャッターを閉めた後藤は時間を確認する。

男に薬を含ませてから15分が経過している。

薬の効果は30分ほどだがそう言った物を鵜呑みにするのは危険だ。

世の中にはテイザー銃で撃たれてもワイヤーを手で払い落し立ち向かってくるキングコングのような男もいるのだ。

後藤は車から男を引きずり出し半地下の作業場へと運び、そこで椅子に座らせ手錠で身体を固定した。

そして車へと戻り今度は岸を抱きかかえ階段を上り、岸の部屋まで運びベッドに寝かせてやった。そしてもう一度脈を診ておそらくは問題ないだろうことを確認し、冷蔵庫からペットボトルの緑茶を取り出しキャップを開けてテーブルに置いてやる。

「起きたら飲んでおけよ」

後藤が告げると岸はうめき声で答えた。

大丈夫だろう。たぶんな。

後藤は半地下の作業室へと向かう。


薄いゴム貼りの軍手をはめてから男の顔を張ったが反応は鈍く、うめき声を上げるだけだった。

だが後藤は構わずに話し出す。


「オレが質問したら正直に答えろ。ウソはダメだ。いいな」

「う・・・うぁ・・」

「もう起きてるだろ。三回ウソをついたら終わりだ」

「あぁ・・・」

「それは分かりましたって返事か?それともうめき声か?もう一つルールを教えてやる。返事をしなかったら1ストライクだ。野球と同じスリーアウトでゲームオーバーだからな。答える時はオレの目を見ろ。分かったか?」

男は顔を上げ後藤の顔見て小さく頷く。

「それでいい」

後藤は男の身分証を取り出した。

「蔵井戸・・・久磨?クマか?それともキュウマか?」

蔵井戸は少しもったいぶったように首を回してから言った。

「ヒサマだ」

「そうそう、その調子だ。ウソは付くなよ。オレがウソを見破れないと思うか?」

「・・・」

後藤は蔵井戸に向けて指を二本立てて示した。

「ピースサインじゃないぞ。2ストライクだ」

蔵井戸はチィッと舌を打って答えた。

「さあな、知るかよ」

「そうだ、良いぞ。お前がウソをついたかどうか、それはオレが判断する。ウソをついたと思われないようにした方が良いぞ、オレは読心術は得意じゃないんでな」

「好きにしろよ」

ああ、言われなくてもそうするさ。

後藤は指を二回鳴らし天井に向かって言った。

「何か曲かけてくれ」

その声に反応し天井のスピーカーからニッキミナージュのスターシップが流れ始めた。

「いいな。やっぱり何かBGMが無いとな。お前もそう思うだろ?」

「・・・・」

後藤は蔵井戸の前に指を一本立てて見せた。

1アウト。

「もうカウントしてやらないからな、自分で判断しろよ。スリーアウトで終わりだが、野球と違うのはお前が満塁ホームランを打って大逆転ってルールはないってところだな。理解したか?」

「・・・ああ、そうだろうよ。だがお前は何者だよ」

蔵井戸は自身が閉じ込められた光も差さないこの半地下の作業場を見て言った。怯えているのを少しでも隠そうと強がっているのは明らかだった。

だが後藤はそれには答えない。後藤は知りたいことだけを聞き、聞きたいことだけを聞く。

「何故岸を狙った?」

「・・そりゃあ、バウンティだからだろ?まさか同じハックエイムを狙う事になるとはな。お前ら何をやったんだ?」

まあそりゃあそうだろうな。後藤は次の質問に移る。

「お前、第何世代だ?」

「世代?」

「ジェネレーションだよ、幾つだ?」

「ジェネレーション?何のことだ」

世代と聞いた時の蔵井戸の態度はそれなりに自然だったが、ジェネレーションと聞いた時の態度は少し不自然に感じた。

いずれにせよMAEVEのネストに出入りできるようなヤツが自分のジェネレーションを知らないわけがない。

2アウトだぜ。

「お前、仲間いるのか?」

「仲間?いねえよ俺は一人だ」

「そうか」

なるほど、分かりやすいヤツだな。これはオレでも分かる、3アウトだ。

じゃあな、サヨナラだ。


だけどな、オレは人を殺すのは好きじゃないんだよな。だって気分悪いだろ?なあ?

だがそんな後藤の思いに応える者はいない。

仕方ないか・・。

後藤はドアに向かって歩き、脇の机の引き出しを開けM1911、通称コルトガバメントを取り出しマガジンを差した。

それは蔵井戸には見えなくともその音で後藤が何をしているのか、これから自分がどうなるのかを察したのだろう。

「おい!待てよ!!」蔵井戸が声を上げたその瞬間に作業場のドアが開いた。

そこには岸が立っていた。

まだ完全には薬が抜けてはいないのだろう、身体を支えるように壁に手をつきふらついていた。

だがそれでも岸は言った。


「待ってくれ!!」

「どうした?大丈夫か?」

「先輩!!」

後藤と蔵井戸が同時に言った。


先輩?こいつ岸の知り合いか?後藤は蔵井戸に黙っていろと指を向けた。

「待ってくれ・・・」

岸は辛うじてそれだけ言うと膝をついた。まだ一人でしっかりと立っていられないのだろう。

天井のスピーカーがスターシップスを歌い終えP!NKのゲットパーティースターテッドを流し始めた。


待ってくれ?オレに殺させろって言うのか?それならそれでいいがどういう風の吹き回しだ。後藤は銃を左手に持ち替え岸に肩を貸そうとした。

「大丈夫か?」

「大丈夫だ・・頼む、待ってくれ」岸はふらつきながらも蔵井戸と後藤の間に立った。

「待っているだろ、どうした」

「そいつは・・・」

「こいつが何だ?」後藤は銃を向けながら蔵井戸に歩み寄る。

こいつはオレが殺すか?それならいいぜ、願ってもない。

「殺さないでくれ」

それは蔵井戸の声ではなく、岸の言葉だった。

は?コロサナイデクレ?岸は何を言っているんだ。まだラリってんのか?

「は?なんて言った?殺さないでくれって言ったのか?」

「先輩!!」そう叫んだ蔵井戸を後藤は振り向きざまに殴りつけ、黙っていろ!と指を向けた。

スリーアウトは黙っていろ。

しかし岸は何を言っているんだ、オレに殺させろって雰囲気じゃあない。本気でこいつを殺すなって言っているのか?

「頼む、クマは殺さないでくれ!待ってくれ!」

「クマ?ヒサマじゃなかったのか?」

「あだ名だよ!いってぇ。なあ先輩!こいつを何とかしてくれよ!」蔵井戸が許可なく叫びまた後藤に殴られた。

「殺さずにどうするつもりだ、ここで飼うか?お前が毎日こいつにエサを運んでやるか?」

「それは・・・」

「それは?」

「それは・・その・・・仲間に!仲間に入れよう!」

なんだその顔は。まるでナイスアイデアをひらめいた!って顔しているぜ。

知り合いだから殺したくなっていうのか。今まで何人殺してきたと思っているんだ、今更知り合いだからってそんな甘い考えが通用するか。

「コイツを仲間に?随分信用しているんだな、殺されかけたんだぞお前は」

「そ、それは・・・」

「それは、それは、それは。いい加減にしろよ、薬を飲まされただけだとでも言うつもりか。コイツはお前を殺そうとした、そうだろ?」

「でも・・」

「それは。の次はデモか。お前を殺そうとしたやつを仲間にできるわけないだろうが」

「でも・・そうだ!お前だってそうだっただろ?」

「ああ、そうだな。オレはお前に殺されかけたよな。で、お前はコイツに殺されかけた」

「お前も俺を殺しか・・・!」

蔵井戸がまた余計な口を挟み後藤に殴られた。

銃を持ち換えてなかったら1911のグリップを鼻に叩き込んでやったところだ。

「オレは仲間なんかいらねえよ、誰も信用しないからな」

「だがこれからどうする!?このゲームはいつ終わるんだ!仲間は多い方が良いだろ?」

「仲間!?なるぜ!いいだ・・」

後藤は振り向きざまに銃を右手に持ち替え蔵井戸に向けると引き金を引いた。

岸と蔵井戸は目を見開いたが後藤は笑って言った。

「スライドを引いてなかったよ」

後藤は蔵井戸の頬を軽く叩いた。

「岸、向こうで話そう」

後藤はドアに向かって歩き、岸の為にとばかりにドアを開け外に出るように促した。


二人はキッチンへと移動した。

「コーヒーでも淹れてくれよ」後藤は銃を手にしたまま椅子に座り、岸はヤカンに水を入れコンロにかけるとコーヒー豆を挽き始める。

「ブラックだよな?」

「ああ、もちろんだ」

岸はコーヒーを淹れたタンブラーを後藤の前に置いた。

「俺たちはいつまでこんなゲームを続けるんだ?どうすればクリアーできるんだ?これはいつ終わる?」

岸も椅子に座りやつれた様子で顔を落とし今にも泣きそうな声で言った。

「さあな、クリアーなんて無いのかもな」

「なら余計に仲間が必要だろう!?その方が安全なんじゃないか?」

「お前を殺そうとしたヤツを仲間にするのか。まあそうだなオレはお前に殺されかけたし、アイツはオレに殺されかけた。三つ巴ってやつか」

後藤はハハッと鼻で笑った。

「俺は本気だ、蔵井戸を仲間にしよう!」

「なあ、アイツはお前を殺しに来たヤツなんだぞ。アイツが背中から撃ってこないと思うのか?」後藤は見せつけるようにテーブルに銃を置いた。

「こっちは二人だ、そう簡単には行かないだろ?あいつもそれくらいわかる奴だ」

「アイツはお前の何だ。知り合いみたいだがお前はあいつの何を知っている。アイツはお前の何だ?」


間違ってもゲイ仲間だとか言うなよ。

「クマは・・大学の友人だ」

後藤はそれに続く言葉を待っていたが岸はそれ以上は何も言わなかった。

「それだけか?大学の友人だから仲間にするって言うのかよ」

岸は何も言わない。

「それだけじゃないんだろ?」

「・・・」

「言えよ」

後藤が促すが岸は繰り返した。

「大学の友人なんだ・・・」

「お前は・・・いや、いい」

後藤はこれ以上は無駄だと悟りコーヒーを一口すすると銃を手に立ち上がった。

「待ってくれ!頼む!!」

今度は後藤がそれには答えずにキッチンのドアへと向かいドアノブに手をかけた。

「後藤!!」

岸が幾分声を荒げると、後藤はそれを聞き動きを止めた。

ドアノブから手を外しゆっくりと振り返り岸を睨んだ。

「いや、すまない。そうじゃないんだ。だけど仲間は必要だろ?このゲームはいつ終わるか分からないんだから」

「仲間なんか必要ない」

後藤はそれだけ言って銃を手に半地下の作業場へと向かった。当然岸は追いすがるようについてきた。

「頼む!まだクマを信用できないだろうが俺が何とかするから!」

「お前が何をしようともオレは誰も信用しない」


岸はあれこれと後藤に訴えたが後藤はもう返事すらしなかった。

作業場のドアが開けられた。

岸は立ち塞がるように蔵井戸の前に立ったが後藤はそれには目も向けずにドア脇の机の引き出しを開けると銃からマガジンを抜きそこに放り込んだ。

そして蔵井戸の拘束を解き「動くなよ」とだけ言った。

「大丈夫だ、オレが言って聞かすから!」岸は後藤に言い「お前も仲間だ、な?」と蔵井戸に向けて言うが後藤はそれを遮るように岸を押しのけ蔵井戸を指さして警告を告げた。

「オレはお前を仲間だなんて思わない。デバイスのパスワードを教えろ」

「いや、それはなあ・・」蔵井戸はたった今、ギリギリのところで助かったことなど忘れたように情報を出し惜しむ。

「馬鹿!言えよ!」岸に促され蔵井戸は渋々と言った様子でパスワードを吐いた。


後藤は蔵井戸のデバイスを操作しいくつか確かめてからデバイスを蔵井戸に返し岸を指さしながら告げた。

「コイツがお前をどう思おうがオレには関係ない、お前のデバイスにスパイを仕込んだ。お前がどこにいるか何をしているか筒抜けだからな。意味は分かるだろ?それは使うな。だがいつも大事に持っていろよ、ケツの間にでも挟んでおけ。そしてオレが呼んだらすぐに来い。女とヤッていようが男にヤられていようがすぐに来い。分かったら失せろ」

戸惑う蔵井戸に岸は慌ててここから去るように言い、蔵井戸は怪訝そうな表情を見せつつも岸に追い出されるように作業場のドアを開け出て行った。


岸は後藤の顔を見れずに下を向いている。

「アイツはしっかり調教しろよ。何か一つでもミスをしたらその時は・・・」

「ああ、分かっている」

岸はまだ後藤に顔を向けることが出来ない。

そんな岸に後藤は言う。

「いつだったか、死ぬときはどんな最後がいい?って話をしたことあったよな、覚えているか?」

「ああ・・・あったな」

「お前は、どうせなら寝ている間に静かに死にたいって言ったよな」

「ああ・・・お前は焼け死にたい。だったか」

「アイツはお前の望みを叶えてくれると思うぞ。アイツを背中に立たすなよ」

「・・・大丈夫だ、言って聞かせるから」

岸は後藤と目を合わせることが出来ないままにドアノブに手をかけた。

「岸」後藤が呼ぶと岸はビクッと身体を震わせ身構えたやっと後藤を目を合わせた。

「すまない・・・分かっている」

それだけ言うと岸は逃げるようにドアを開け作業場から出て行った。


作業場のドアが閉まりドアをロックしたことを電子音が知らせた。

天井のスピーカーがシアのチープスリルを流し始めた。


報酬など欲しない。

ただ安っぽいスリルと踊り続けられたらいい。


あいつ、どう考えても岸の奴じゃなくてこっちを狙うだろ。

岸の背を見つめるように閉じたドアを見つめる後藤に別の後藤が言う。

かもな。

内なる声に後藤が答える。

別の後藤が言う。

やっぱり岸くんは限界なんじゃないかな・・・。

だろうな。


後藤は机の引き出しを開ける。

そこにはコルトガバメントが一丁。それに二本のマガジンがある。

マガジンは装弾数が見えるようにスリットが入っている。

一つはキッチリと七発装填され、もう一つは三発しか入っていない。


さっさとあいつを殺せばいいだろ

それは、たぶん岸くんが潰れちゃうよ

なんでだよ、こっちが危ないんだぜ。殺せないなんて話にならないだろ。

たぶん岸くんは殺したくないってわけじゃなくて、誰かを助けたいんじゃないかな。

自分が危なくなってもかよ。

うん・・・おそらくね・・・。


どうするんだよ。

内なる声の問いかけに後藤は答える。


アイツが岸を殺すように仕向ける。


後藤は引き出しを閉めた。













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