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第六十話 キシクン暗殺計画

蔵前の表通りから奥まった裏通りに位置するこじんまりとした居酒屋。

ビジネスマンはあまり立ち寄らず外国人観光客もいなかった。

6席ほどあるカウンターにテーブル席は六つ。どうやらカウンターは半ば常連客の指定席のようで板前と友人のように談笑していた。

岸はと言うと店内の真ん中にあるテーブル席で唐揚げとウインナーを摘まみながら一人ビールを飲んでいた。


唐揚げはご飯のオカズには丁度いいだろうがビールのあてには少しばかり味が濃いし、ウインナーは蝋で出来た食品サンプルの方が美味そうに見えるほど赤いソレだった。

最後の一滴まで絞ったつもりでレモンをかけても唐揚げを食べるのはきつかった。


まあ、残せばいいか。不味い料理を無理して食べることは無い。

そう思い、岸はメニューを開いた。期待できるものは特になく、周りのテーブルに乗っている料理を見ても美味そうに見えるものは無かった。

こうなると後藤の作るメシや和さんの作るツマミがいかに素晴らしかったかが分かる。

岸が諦めてメニューを閉じスマホを手にしたところで店の戸が開いた。

岸は咄嗟に顔を下げてメニューに目を落とした。

「らっしゃい、そっちどうぞ」カウンターの中から板前が一応と言った程度の歓迎をする。

男は狭い店内を見渡してから岸の隣のテーブルについた。

男はテーブルにおしぼりを置く女将に「中生」とだけ言い、おしぼりで顔を拭き始めた。

そしてフーッと一息つき店内を見渡し隣にいた岸に気が付き驚いた顔をし、覗き込むように頭を傾けた。

「先輩?」男は言った。

岸は反応せずにスマホを見ていたが男は女将が持ってきたビールジョッキを手にしながら岸の顔を覗き込んだ。

「やっぱり先輩じゃないですか!俺ですよ、岸先輩!!」

何事かと岸が顔を向けるとそこにいたのは大学時代の後輩が嬉しそうな顔を向けていた。

「久磨?」


瑠衣は水泳教室でのインストラクターの仕事を終えスーパーマーケットに寄った。

野菜コーナーを見て回り良く熟れていそうなアボカドにレタスにトマトを籠に入れゴーヤを手にした。東京のゴーヤはまるでキュウリでそのまま齧れそうだ。沖縄の苦いゴーヤが懐かしい。ま、無いよりはましだとそれも籠に入れた。

卵を籠に入れ、牛乳は2パックだ。牛乳は東京の方が美味しい、特に冬は。まあ北海道産ではあるがそれが安く店頭に並ぶのが沖縄にはない東京の利点ではある。

瑠衣は精肉コーナーを見てからその横にある加工肉コーナーで足を止めた。

ベーコンを手にするが瑠衣のお眼鏡に適う品物は一つも無かった。

何故ベーコンに水飴を入れるのだろうか?水飴が入っていると焼いた時に焦げてしまう。瑠衣にはベーコンを焦がすためにわざわざ水飴を入れる理由が分からない。

沖縄で隣に住んでいたおばあが作ってくれたサンドウィッチのベーコンはスナック菓子のようにカリカリで美味しかったのに。


瑠衣の母は料理をしなかった。瑠衣はおふくろの味と言う物を知らず、食事の代わりに渡されたのは千円札だった。

瑠衣は母に貰った千円札を手にスーパーマーケットへと足を運び、子供ながらに食材を選び隣家のおばあに渡していたのだった。

おばあが作ってくれるものはどれも美味しかった。血縁関係はなく、たまたま隣に住んでいたというだけのおばあだったのだが、ベーコンサンドウィッチはもちろん、スパムを入れたチャンプルーも良く作ってくれた。お菓子は花ボウルにポーポー。本当にどれも美味しかった。

おばあの作るお菓子はあまり砂糖を入れないので花ボウルやサーターアンダギーには粉砂糖やハチミツをかけたり、練乳を入れた牛乳と一緒に食べたりしていた。

食べることが出来なかったのはハーシーズのチョコレートソースをかけたサーターアンダギー。

アレを食べていれば・・・。

いや、変わらないのだ。


瑠衣はベーコンを諦め豚バラのスライスを籠に入れた。

何か切れていたモノは無かったかと思いながら店内を歩き、詰め替え用の食器洗剤にペーパータオルを籠に追加した。

酒類コーナーに行き(ビールは・・・まだあるよね・・)とウォッカを籠に入れると思い出したように青果コーナーに戻りレモンを籠に入れた。

シークヮーサーがあれば良いのだがそれはさすがに東京と言えど見かけることはまずない。

瑠衣はもう一度店内を見回し、これくらいかな?と思い会計を済まし帰路へ着いた。


瑠衣がドアに鍵を差し鍵がかかっていない事を悟ると舌打ちしドアを開けた。

途端に重い匂いが鼻を突いた。

はぁ・・瑠衣はため息をついてドアを閉めた。

キッチンのテーブルには蔵井戸がいた。手にしているのがタバコではなく大麻だというのはこの粘りつくような重い匂いでわかる。

「おかえり」

「おかえりじゃねえだろ」

「ああ?なんだよお前も好きだろ?」

「そういう問題じゃないだろ!」

瑠衣は蔵井戸の行いを咎めるが当人は何処吹く風といった様子だ。

「大丈夫だって、最上階だしな」

そう、ここ瑠衣の住む場所はマンションの最上階のさらに上、屋上にある小さなワンルームだ。

元はこのマンションのオーナーがここで仲間を呼んでバーべキューでもするつもりで作ったもののようだったが思いのほか楽しめなかったのか金に困ってきたのか賃貸に回され今では瑠衣が住んでいる。


最上階どころか隣の部屋さえないここでどれほどの大麻を燻らせても空に昇っていくだけだ。誰かに気が付かれることは無いだろう。

だから瑠衣はサッシを開けて文句を言う。

「匂いが付くだろ!!」

「いや、寒いからさぁ」

「ふざけんな!!」

蔵井戸の言う通りここで大麻を吸ったところでその匂いを誰かが嗅いでバレることは無いだろうが、部屋に匂いが残ったら話は別だ。瑠衣の頭の片隅に田中の顔が浮かぶ。

瑠衣がレジ袋の中身を冷蔵庫に収めているとビールが減っていることに気が付きにがらも残り少なくなったビールを手にテーブルについた。

「なあ、たまには買ってくるって気づかいはないのかよ」瑠衣が咎める。

「ビールくらいでガタガタ言うなよ」

蔵井戸はそう返すが一日の仕事を終えて楽しみにしていたキンキンに冷えたビールが減っていたら誰だってイラつくだろう。

瑠衣に睨まれ蔵井戸も少しはバツが悪くなったのだろう「悪かったな」と言った。

「でもこれがあるぜ?」そう言って蔵井戸は手にしていた大麻を瑠衣にかざした。

たしかに。

それはビールよりイイ。


瑠衣と蔵井戸は硬いフローリングの上で目合う。瑠衣は蔵井戸のそれに舌を這わせ口に咥え頬で吸いあげると、蔵井戸も瑠衣の股間に顔を埋め舌を押し当て溢れ出たそれを吸う。

お互い淫靡な汁を滲ませそれを吸いあっていても決して忘れないモノがある。

大麻だ。それもサティバのイイやつ。

蔵井戸がソレを吸い、深く肺に溜めてから瑠衣の顔の吹きかけると、瑠衣もソレを受けとり同じように深く吸い込み肺に溜める。

そこに蔵井戸のペニスが入ってくると瑠衣はたちまち達してしまう。蔵井戸が満足げに大麻を吸ってから瑠衣にも分け与えてやる。

瑠衣がそれを深く吸うと蔵井戸はまたペニスを押し込んでくる。

サイコー・・・。瑠衣はまたオルガズムを感じ、それを何度か繰り返すと蔵井戸が瑠衣の中に果てた。


大学生時代の蔵井戸は主に女子高生をまとめ上げ売春組織を運営していた。数人は中学生もいたがさすがに小学生は一人しかいなかった。

その時の顧客とはいまだに繋がりを持っている、脅迫する相手としてだが。

蔵井戸は、売春し相手を脅迫していた瑠衣のその手口を真似るようになっていた。

女子高生を一人派遣し数万円を受けとり、蔵井戸がその半分をピンハネしてもまだ世の中のことなど何一つ知らぬ女子高生は喜んでいたが、蔵井戸にしてみればそんな頭の悪い子供を扱っていることで自身が負うであろうリスクを考えればそれほど喜べるものではなかった。

だから蔵井戸は瑠衣の真似をし始めたのだ。

蔵井戸はピンハネを止め、顧客から受け取った金のほとんどをバカな女子高生に渡した。

蔵井戸が手にするのは事務手数料とでも言えばいいか、とにかく僅かな金だった。


手取りが多い。

そんな理由で蔵井戸の元にはより質の高い女子高生が集まるようになり、それはより質の良い顧客を集めた。

蔵井戸はそんな顧客を脅迫し女子高生たちが手にする数倍どころか数十倍の金を手にするようになった。

だがそれは長くは続かなかった。

やはりほんの数万円で身体を売るような子供はあまり頭が良くない。

瑠衣が遣り手婆のように子供たちを管理してはいたが、頭髪に白髪が混じり始めたようなオッサンが自分の娘ほどの歳の子供の身体を堪能しているところを、そのベッドの横で見守るわけにもいかない。

瑠衣がどれほど強く避妊具は必ず着けろと言っても、たかが数千円を受け取り妊娠する子供はいたし、絶対に撮影させるなと言ってもたった一万円で自身の痴態をカメラの前に晒す子供もいた。

生活が苦しい、明日の朝食さえままならないというのであればまだ分かるが子供たちには顧客から受け取った代金の殆どを渡しているにも関わらずだ。

妊娠などされてはコストが跳ね上がるし、そう言った頭の悪い子供が警察に向かうリスク、もっと頭の悪いバカが撮影したものを自慢げに広めた時のリスク。

蔵井戸はそう言ったリスクに対処するために瑠衣をそばに置いたつもりだったが、子供と言う生き物はたかが数万円と言う金を目にしただけに信じられないほどに頭が悪くなるのだ。

いや、頭が悪くなるわけではないか、元々がまだまだ未熟なのだ。

未熟な子供はたった数万円の金に目がくらみ、その前に広がっていた多くの未来を自分の手で閉ざしてしまうのだ。


蔵井戸は制御の効かない子供を使った売春ビジネスを止め次に行ったのは麻薬ビジネスだった。

もちろんチンケなプッシャーになりたかったわけではない。

蔵井戸が扱った商品は、大麻にクラック。

クラックはかさましの為の不純物が一切含まれていない高純度の代物で、もちろん日本では超が付くほど高価なドラッグだ。

これはハリウッド映画でよく見るようなクレジットカードで細かく砕いて粉末状にしてから線上にまとめ鼻から吸うコカインとは違い、ラブローズと呼ばれるガラス管などに入れてから火であぶりその蒸気を吸引するタイプのものだ。

その効果はすぐに現れる。クラック蒸気を吸い上げ肺に満たし、ゆっくりと息を吐くころにはハッピーになれる。

瑠衣も一度だけ試したことがあるが好みではなかった。蔵井戸がつれて来た男とクラックでいわゆる3Pを試してみたのだが、クラックの効果は強すぎるし、切れるのが早すぎてセックスに集中できなかったのだ。言ってみればクラックがメインでセックスがオマケになってしまうのだ。


やはり瑠衣のお気に入りは大麻だ。

それもサティバ種のイイやつ。

蔵井戸が用意するそれはまさに最高級品で、神様がセックスをする女の為に用意したかのような一品だ。

それは薄汚い押し入れの奥で栽培された雑草のような大麻ではなく、勿論超が付くほどの高級品だ。

クラックはセックスの快感を何倍にも高めるが、それが強すぎてもはやセックスである必要が無くなってしまうのだが、サティバのイイやつは違う。

セックスが何倍も楽しくなる。蔵井戸も蔵井戸で瑠衣のそんな反応が楽しいらしく、腰を叩きつけるような乱暴なセックスだが瑠衣を楽しませてくれるのだ。


瑠衣が大学を卒業してもいまだに蔵井戸のビジネスを手伝っているのはそれが一番の理由だ。

もちろん、瑠衣が思い描いていた、大学さえ卒業できれば見えてくると夢に描いていた道は少しも輝かしいものではなかったせいでもある。

蔵井戸は専修大学だったが瑠衣が辛うじては入れたのは近隣の住民以外は知らないであろう江戸大学というFランク大学だった。そのような大学を出たところで輝かしい道などどこにもない。

それでも普通の女子のようにどこかに就職先を見つけ、そこで生涯の伴侶を見つけることも出来たのかもしれない。

そう、瑠衣がどんなに頑張っても選べる道などその程度でしかなかったのだ。

数人か、多くても十数人しかいない小さな会社で、うだつの上がらない男たちにお茶を淹れてやったりコピーを差しだすだけの仕事。そしていつかその中で一番マシだと思える男と結婚して子供を作り、年老いていくのか・・・。

ドラマに見るようなキャリアウーマンになれるなどとは思ってはいなかったが改めて現実を突きつけられると自分が惨めになった。

薄汚いオッサンにその身体を売り続けようやく開けた道がそれなのだ。

瑠衣は蔵井戸のパートナーの道を選んだ。


そんな理由で瑠衣は江戸大学とか言う誰も知らないFラン大学を卒業しても蔵井戸のビジネスパートナーであり続けた。

高純度のクラックと最高級品のサティバ種の大麻。それに添えられるのはたった数万円で喜んでついてくる制御の効かない女子高生ではない。最高級の女。

セックスの為の超高価なドラッグと、それに値する最高級の女。

それに食いつく客もそれに応じたクラスの男達だった。

テレビで見ない日はない芸能人に高級官僚。もちろん政治家もいた。

蔵井戸と同年代の男もいたがそれは政治家や高級官僚の息子だった。

蔵井戸はそこから直接的な利益を得る事はまるで考えておらず、狙いは脅迫だった。高校生にしてサラリーマンを脅迫していた瑠衣を見て思いついたのだろう。

金を搾り取るのは芸能人だけだ、それで十分に元が取れた。官僚や政治家はいざという時の為の保険として使った。

稀に金を搾り取られ続ける事を恐れた芸能人からヤクザが送り込まれることはあったがそう言った時は保険が機能し、その芸能人は逆に全てを失う事となった。

官僚や政治家から得た情報では紙きれ一枚で多くの補助金を受け取ることが出来たし、それがどれほど不正や不法であったとしても追及されることは無かった。

一番役に立つのは警察官僚からの情報だった。

普通なら手錠をかけられ頭にタオルでもかぶってパトカーに押し込められるところをテレビに映されるところを、逆に蔵井戸はテレビを眺める側だった。


椅子に座り息も絶え絶えな照間瑠衣は思う。

私が選んだ道は間違ってはいなかった。


「イキすぎたか?」蔵井戸がシャワーを浴びに行った。

蔵井戸と一緒のシャワーを浴びる気など毛頭ない。

瑠衣は灰皿に押し消された大麻を手にし再び火を点けてゆっくりと吸い込み肺を満たすとサッシを開け火照った身体で真冬の冷気を浴びた。蔵井戸がもたらした身体の火照りが急激に去って行く。

蔵井戸とのセックスは最高だが、もっとイイものを見つけてしまった。

だがそれを試すことは出来ない。

瑠衣の前にその道はない。選ぶことすらできない。


蔵井戸がシャワーを浴び終え出てくると、大麻を吸う瑠衣を見て「物足りないのか?」そう言って瑠衣の胸に手を回した。

瑠衣は蔵井戸の手を払いのけシャワーを浴びに向かう。


身体を洗い髪を流す。自分で頭皮をマッサージしてみるがまるで違う。

なぜあの男を背にしても恐怖が沸かないのか。

蔵井戸に背後を取られたら恐怖で固まってしまうだろう。

なぜあの男はあんなにも優しいのか。

蔵井戸にとって瑠衣はとても便利な道具でしかない。

考えても仕方がない。瑠衣には選ぶ道など無いのだから。


瑠衣がキッチンへと戻ると蔵井戸は椅子に着いており「そこにすわれ」と指で示した。

瑠衣がタオルで髪を拭きながら椅子に座る。

「また手を借りたいんだ」蔵井戸が言う。

「そっちの仕事は手伝わないって言ってるよね」

「分かってる、だが車で待機と運転を頼む。運ぶだけだ」

瑠衣は出来ればそれも断りたいが残念ながらその選択肢は無い。

瑠衣は車の調達方法や、待機場所、時間などを事細かに打ち合わせていく。


「獲物は?」

女なら断る。瑠衣はその程度の質問だったのだが・・・。

「岸、岸孝之だ」蔵井戸は答える。




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