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第三十五話 天使と宴と卵巻き

後藤がボーっとした顔で二人並んだベトコンとサキタンが和さんが握る寿司を食べているのを見ていた。


ベトコンのヤツ、ちゃんと左利きのサキタンの右に座っている。軍人のわりには意外にもそういったところの気遣いは出来るんヤツなんだな。まあ右か左かの二分の一なんだが、でもたまたまじゃないみたいだ。ベトコンのヤツが右手に持った箸の使い方はベトナム人とは思えないほど不器用だ。あいつ、左利きだからな。左に座るサキタンの邪魔をしたくないってちゃんと考えているんだろう。なんせサキタンは間違っても醤油染みなんか付けるわけにはいかない振袖を着ているからな。


そしてオレの不安はすぐに的中した。べコトンが不器用な箸使いで寿司を転がして醤油皿の上に落としたんだ。

ほら、言わんこっちゃない。無理しなきゃいいのによ、和さん怒るぜ。

でも気持ちは分かるけどな。なんせ和さんが目の前で握ってくれる寿司をサキタンを横にして食っているんだ、緊張もするだろうよ。アイツなりに寿司の食い方ってもんを調べてきたんだろうな。シャリに醤油をつけるのはダメだとか何とか。でも和さんはそういうのを嫌うんだよ。

和さんは「飯は旨いのが一番」っていうタイプの人だからな。無理してつまらないマナーを守るより他人の飯をマズくするようなことをするヤツを嫌う人だ。

ベトコンのヤツが慌てて醤油が跳ねていないかと謝っていた。サキタンは大丈夫よ、ここまで飛ぶわけないでしょと言っているようだがベトコンのヤツは委縮してしまっている。利き手でもない右手で箸を使って出来もしないのに寿司をひっくり返してネタに醤油をつけて食べようなんて無理をするからだ。謝りながら気を付けて委縮して食う飯は旨くないだろ。

和さんがまた二貫の握り寿司を二人の前に置いた。サキタンはそれを器用に箸で掴み醤油皿にかすらせて口へ入れた。

「おいっしい!キムも食べなよ!」とでも言っているのだろうか、ベトコンを見て残った一貫を指さしている。

しかし和さんの手が伸びてそれをつまんで食っちまった。驚いたベトコンが和さんを見上げている。和さんがベトコンに何か言っている。するとベトコンは頭を下げて箸を置いちまった。

あらら、マジで怒られたのか?和さんが次の寿司を二人の前に置いた。更におしぼりを二つ置いた。

箸をおいたベトコンはそれを右手で取って醤油皿につけて口にした。ベトコンのヤツ、ビックリしたような顔を浮かべ右手で口を抑えてから残った寿司を指さし、もう一度右手で口を抑えた。お前は乙女か?

「おいしい!ほらこれ!ホント美味しい!」って感じのジェスチャーだった。サキタンはそれを見て残りを口に運んだ。

「おいしい!!」

「ね?美味しいよね!」

二人はそんな様子だった。思わず(あいつ、女じゃないどころか軍人だったよな?)って思っちまうほどだった。

ベトコンのヤツがおしぼりで指を拭いて次の寿司を心待ちにしていた。

そう、和さんの寿司はベトナムのエリート軍人を一匹の乙女に変えちまうくらい美味いんだよ。


ベトコンのヤツ、さっきまでのビビっちまったような様子は微塵も無くなり、二人で和さんの寿司を心の底から楽しそうに堪能していやがる。ズルいよなあ。オレもあんな風にサキタンと並んで寿司を食ってみてえよ。

和さんは「お前が楽しく食わないと彼女も楽しくないぞ。無理しねえで手で食えばいいじゃねえか」とか言ったんだろう。それで手を拭えるようにおしぼりも追加で置いてやったんだろう。

和さんのメシは本当に美味いんだけど、最後の最後はこっちに任せてくれる。こだわりの強い料理人にありがちな食い方指南なんか絶対にしてこない。ラーメンは麺を食う前にスープを先にすすってくれって言うこだわりの強いラーメン屋の話、あるだろ?先にスープを味わって欲しいのならスープだけ先に出せばいいだろ?胡椒をかけ過ぎ?ならそんなもん置くなよって話だ。

一生懸命作って最後に好きに楽しく食べてくれっていう最高の味付けをするのが和さんの料理なんだ。

和さんはあんなに美味い飯を作るのに、それをさらに何倍も美味くする方法っていうものがわかっている。うまい飯っていうのは楽しく食うっていうのが一番大事なんだってのを知っている。

キャンプ場でバーベキューをした時に食ったバターで焼いただけのホタテや、特にこだわりもなく作ったソース焼きそばがあれほど美味いのはそれが楽しかったからだ。ガキの頃に夜祭りの屋台で買ったザラメの甘さしかない綿あめが忘れられないほど美味しかったのはその思い出が忘れられないほど楽しかったからだ。

おそらくあの二人にとって今日の今ここで食べてる和さんの寿司は一生忘れられないほど美味い寿司となるんだろうな。

もしベトコンのやつがあの不器用な箸使いでいつまでも寿司をコロコロコロコロ転がしていたらそうはならなかっただろう。だが和さんが置いたたった二つのおしぼりがあの二人にとって生涯忘れられないほど美味い寿司に変えちまった。あの二人が今日以上の寿司を食う事は二度とないだろう、食いたければここに来るしかない。和さんの店に。


オレがずーっと二人を見つめていたもんだから田中さんが少しニヤけながら言ってきた。

「狙っていたんですか?」

「まさか!!」オレは手を振って全力で否定した。

「でも、本当に綺麗な女性ですよね」

田中さんの言葉にオレと岸は深く頷いた。だがソレはちょっと違うな、サキタンは綺麗なんじゃなくて可愛いんだよ。ミラジョボビッチにエマワトソンを足してアヴリルラヴィーンを加えたような可愛さだ。田中さんくらいの歳ならアヴリルの代わりにオードリーヘップバーンを加えた方がいいか?いや、さすがにオードリーは言い過ぎか、ジェーンバーキンにしておくか。


二人は和さんの寿司を堪能し終えたのか両手を合わせ頭を下げてカウンターを立った。

サキタンがオレ達の方に歩いてきた。

いや、オレを見ている!何事かと思ったがサキタンはオレの前まで来てそっと耳打ちした。

「かずさんが、よんでるよ」蕩けそうな声でそう言って和さんを見た。

なんだ?和さんを見るとオレの顔を見て「来てくれ」とでもいう風に頭を下げた。


「なんスか?」オレはもちろん寿司を期待していたんだがどうやら違うみたいだ。

和さんはどこか言いにくそうに倉庫のドアを顎で示し、そして言った。

「桐のヤツを慰めてやってくれないか?」

「は?なんで?」確かにあの美人女将は泣いているようだったが、理由も分からない。

「あの佐川とか言うジジイに何か言われたんですか?」

「ああ、そうだよ。石女って言われてな」

「ウマズメ?なんですかそれは?」

「子供が産めないって意味だ」

「あ、ああ、そうなんですか」

随分酷いことを言うんだなあのジジイは、やっぱりクソだな。

「でも、なんでオレなんです?和さんが雇った人でしょ?和さんの方がいいんじゃないですか?」

「俺は、その・・な。頼むよ直樹」和さんは困り切った顔でオレを見てまた頭を下げたが、ハイ分かりましたとも言えないだろ。話が全く見えない。

「いや、そうは言っても。あの人は和さんの・・・なんスか?」どうやら臨時のお手伝いさんってわけじゃなさそうだ。

「桐は俺の女房なんだよ」和さんは視線を反らして言った。

マジか!?あの美人女将が和さんの女房だって!?そりゃあサキタンも軽くいなせるわけだぜ。でも和さんの苗字は松だろ?あの美人は桐って言うわけだろ?まあ、下の名前かも知れないけど。もしくは・・・。

「え?桐って言うのは?源氏名的な?」

「そうじゃねえ、あいつは俺の女房だけど、籍は入れていないんだ。あいつは子供が出来ないから俺と一緒になれないって思っているんだよ。」

和さんはそう言って胸元からネックレスを取り出した。そこには指輪が付いていた。

「これよ、結婚指輪なんだ。アイツも持ってくれてはいるがはめてはくれない。俺は昭和のオッサンだけど、あいつも昭和の京女なんだ。子供が産めない自分には価値が無いって思っているんだ。だから俺が何度も頼んでも一緒になってくれない。だから俺が行ってもダメなんだよ」

「岸の方がいいんじゃ?」

イヤってわけじゃないんだが、話がちょっと重すぎるだろ?

「こういうのは、お前の方が頼りになるだろ?なあ直樹、頼むよ」和さんはまた深く頭を下げた。

岸のヤツが何事かとこっちを見ていた。どうせ田中さんも異変を察知しているんだろう。仕方ない、やってみるか。

「あまり、期待しないでくださいよ」オレはそう言って倉庫に向かった。和さんにそんな風に頭を下げられちゃダメもとでも行くしかないだろ。

「頼むよ、直樹」

一回り以上年上の男女の仲を取り持ってくれってわけか。あんまり期待しないでくれよな・・。マジで。


オレがドアを開けると桐さんが静かに泣いていた。どこか悔しそうだった。

それはあのクソジジイに言われた一言ではなく、松さんと一緒になれない自分に対してだったんだじゃないかな。ま、オレには女心なんてわからないけどな。

「ごめんなさい」桐さんはそう言って涙を拭きながらオレを見た。

「和くんに言われたの?」無理して微笑んでいるのはオレにでもわかったが、どこか悲しそうな微笑みだった。

「まあ、そうですけど。和さん、心配してますよ」

「大丈夫、すぐ行くから」桐さんはそう言ったが大丈夫だと言われたからといって立ち去るわけにもいかない。二人の間に沈黙が横たわった。桐さんは俯いて下を向いていたがオレは桐さんを見ていた。音を上げたのは桐さんだった。桐さんが口を開いた。

「わたしね、子供が出来ないの」

「ええ、聞きましたよ。でもあんなクソジジイの戯言なんて気に・・・」

「違うの、佐河さんに言われたからじゃないの。こんな風にいつまでもみっともなく和くんにしがみ付いていちゃだめだなって思っちゃったの」

「和さんは、桐さんと一緒になりたいって言ってましたよ」

「和くんそんなことまで言ったの?」桐さんはふふっと笑ったがやはりどこか悲しそうな微笑みだった。

「うん、和くん優しいから。私はそれに甘えていつまでもズルズルと・・」

「和さんは別に優しくないですよぉ。この前だってお前は酒屋のくせにろくに酒の知識が無いってオレを笑いものにしたんですよ」

「そうなの?和くんらしいね」また沈黙が広がり始めそうだったから今度はオレが口火を切った。

「和さんが桐さんと一緒になりたいって言ってるのは優しさじゃなくて、桐さんの事が好きだからでしょう?和さん、婚約指輪を大事そうに首にかけていましたよ。桐さんも持っているんでしょう?」

「うん・・」そう言って桐さんも和さんと同じく首にかけられた指輪を取り出した。

「この店、和くんのこのお店ね、名前が無いでしょ?暖簾も看板も何もないこのお店。きっと子供のつもりなのよ。あの人は決して生まれてこない子供をここで大事に育てているのよ」

これでもダメらしい。めんどくせえな。

いつの間にかオレは腐ったプラスティックで出来た無表情のマネキン人形みたいな顔になっていた。


「オレもあの子に結婚しようって何度も言ったんだけど、断られ続けた。でもずっと一緒にいると思ってた。そのまま14年だったかな?突然別れようって言われた。オレはビックリしてなんで?って聞いたら私は子供が出来ないからって言われた。それで、何年も無駄にさせちゃったねって言われてオレは・・・。えーっと、オレは・・そう、ムカついたんだ。オレはあの子が何よりも大事だったのに何で無駄だったなんて、なんでそんなことを言うんだって、ムカついたんだった。オレは子供なんかよりあの子と一緒にいることが何よりも大事なんだって、それを伝えて結婚しようって言ったんだ。あの子は泣きながら、うんって言ってくれた」

桐さんは中空を見つめるマネキンのように無表情で抑揚もない声で機械のように話すオレに少し怯えていたようだった。

それでも桐さんが「良かったね」って言ってくれた。

「彼女はどうしているの?」って聞いてくれた。でもオレはそれに答えなかった。

「あの子は・・・そう、そうだ子供が出来たんだ。医者も奇跡だって言ってた。オレもあの子もすごく喜んでオレは改めてプロポーズしようとしたんだ。そう、池袋で」

オレは誰かに操られているかのようにゆっくりと首を回し桐さんを見た。桐さんは明らかにおびえていた。

「子供は?」桐さんが聞いたのでオレは答えた。

「バラバラになって死にましたよ、あの子も」

桐さんは驚いて、怯えて、怖がっていた。

「違うんです!こんなこと言うつもりじゃ。すいません飲み過ぎたみたいです」オレは必死に取り繕おうと頭を下げた。

「直ちゃん?」桐さんが言った。

「僕をそう呼んでいいのは京ちゃんだけだ!!」

「ご、ごめんなさい」桐さんは驚いて後ずさりながら謝った。

違う、違うだろ。桐さんは直ちゃんなんて言っていないだろ?ダメだ、邪魔するなよ!

「ごめんなさい、ちょっと混乱してしまって。本当にスイマセン。もう行きます」オレは桐さんに深く頭を下げて謝罪し倉庫のドアノブに手を掛けた。

オレはドアノブを回し、そこで動きを止めた。そしてもう一度振り返った。

「桐さん、ここでオレが下の名前を当てたら和さんと結婚、もう一度考えてくれませんか?」

桐さんは眉をひそめた。

「和くんに聞いたんでしょ?」

「いや、聞いていませんよ」

「そう?なら当ててみて」

「桐さんの下の名前、サイじゃないですか?」

桐さんは小さく笑って首を振った。

「違うわ」

「ならアヤじゃないですか?サイもアヤも漢字は同じでしょう?」

「なんで・・?」桐さんは少しだけ驚いたようだったがすぐに、やっぱり和さんに聞いたんでしょ?と言う顔で自分を納得させたようだった。

ま、どっちでも良いけどな。

「一応、オレの勝ちですからね」

「そうね、ありがとう直樹くん。私もすぐに行くわね」桐さんはまた無理に微笑んでいた。

オレは一つ頷いてドアを開けて倉庫を出た。

直ぐに和さんが首尾はどうだとばかりにオレを見た。オレは拡げた両手を上に向けて答えた。和さんはオレを見て倉庫へと続くドアを見て、不満げな顔でまたオレを見た。勘弁してくれよ、自分の息子でもおかしくない年齢のたかが酒屋に頼むようなことじゃないだろ?まあ、なるようになるだろ。オレには無理難題だからな。でも半分は仕込んできた。


道路ではカラオケ大会が始まろうとしていた。フランス人のポールとアメリカ人のスミスがスピーカーとディスプレイをセットしてギターアンプを調整しているようだった。ギターを持っているのはなんとアパッチだ!弦を弾いてギターの調整をしている。

早くしろよとばかりにアパッチのオッサンがギターを弾き始めた。同じ音を、年寄りとは思えないスピードで連続してかき鳴らしていた。

待ってくれ!とポールがアパッチに手を向ける。

待てるかよ!とばかりにアパッチが、おそらく世界で一番有名なギターソロのイントロ部分だけを繰り返し引き始めた。途端にその場にいた全員がアパッチの掻き鳴らすギターに合わせてヘイ!ヘイ!と声を上げ始めた。

スミスがマイクを手に立ち上がりポールがゴーサインを出した。スピーカーからドラムのリズムが足されスミスがマイクを手に歌い始めた。

直ぐにブーイングが始まる。スミスがうなだれてギターを弾き続けるアパッチの口元にマイクを当てた。

アパッチの歌声。それは実に野太い声で原野を駆け抜けるバッファローの群れが大地を響かすような声だった。全員が歓声を上げた。

アパッチが歌ったのはグリーンデイのアメリカンイディオット!曾祖父から受け継いでいる年季の入りすぎたコードバンの財布の様な赤黒い顔をしたインディアンがグランドキャニオンの端まで響き渡りそうな声でアメリカンイディオットを歌っていやがる!その場の全員が熱狂し声を上げ手を叩きサキタンまで手をつきあげていた。まさに最高にパンクロックだった。


歌い終え疲れ切ったアパッチに皆が椅子を勧める。アパッチはその一つにまるで岩が置かれる様に座り、先ほどまでのロックぶりを消し去り「誰か、ビールを頼めるかな?」と長老然とした物言いをすると全員がすぐさま立ち上がったが既に岸のヤツが細めのグラスを満たして待ち構えていた。

「最高でしたよ」と岸がビールを渡すとアパッチは頭を下げて礼を示してから実に美味そうにビールを飲みほした。

次にマイクを手にしたのはアイルランド人の赤髪のレッドだ。レッドもやはりポールをせかす。

ポールがOK!!と親指を立てスピーカーから曲が流れ始めるがレッドがすぐにピッチをあげろ!と抗議した。ポールが手を振り再度調整する。

これにもみんなが大興奮だ。

レッドの一曲はアイルランドの正真正銘の名曲ロージーマッカン。本当の曲名は知らないがこれで通じるだろう。アパッチの弾くアコースティックギターがこの曲の良さを倍増させていた。全員が手拍子を合わせ

From Bantry Bay up to Derry Quay and

From Galway to Dublin Town,

No maid I've seen like the fair colleen

That I met in the County Down.

の部分はみんな歌いサキタンを指さし足を踏み鳴らした。

歌い終えたレッドに歓声と拍手が送られサキタンが少し恥ずかしそうにサムアップを向けレッドが満足そうに椅子に付いたところで和さんがオレを呼んだ。

また料理を運ぶのかと思ったが和さんはそこに座れとカウンターの椅子を指さし言った。

マジか!?

オレは嬉しさを隠しきれずに、と言うより隠す気もなかったがカウンターに座った。

和さんが皿を差し出した。それをオレが両手で受け取ろうとすると和さんはお預けをくれるように手を止めて言った。

次にマイクを手にしたのはスラブスクワットのコンビ、ナイキとアディダスだった。これは、うん。良い休憩時間になるな。

「桐は、どうだった?」

「わかりませんよ」オレはねだる様に両手を差し出した。和さんは更を引っ込めるそぶりを見せた。ちょっと待ってくれよ、ここまで来てそれは酷ってもんだろ?

「待ってくださいよ、うまくやってあげますよ」

「ん?じゃあ、まだってことか?」

「なら岸に頼めばよかったでしょ?大丈夫ですって!」

オレの伸ばした両手に和さんがやっと皿を乗せてくれた。オレは恭しくそれを受け取って自分の前に置いた。

そこへ桐さんが倉庫から出てきてカウンターに座るオレを見て軽く頷いてからサキタンに手招きした。

桐さんが出てきたのを見計らってかミャンマー人のパゴダがトイレに行きたかったんだろう、オレの後ろを通った。

「ああ、ビルマロール」とだけ言って倉庫へと消えた。

なるほど、確かにビルマだな、今はミャンマーだが。しかしあいつにとってミャンマーの国旗ってのはどれなんだろうな。

そんな皿の上に乗った寿司は三種類の巻き寿司だ。赤い鉄火巻きに緑色のは芽ネギか?そして黄色いのはもちろん玉子巻きだ。玉子巻きだけが六つで他は三つ。和さん分かってんなぁ。

スラブコンビが歌い始めたのはよくわからないロシア語のハードベースだった。あの二人のいつも通りだ。二人は立ち上がらずにコサックダンスを踊りながら

Wellcome to my neighborhood and now get out!!

と歌いベトコンを指さした。

ようこそお隣さん、さっさと出て行け!ってところだろう。気持ちは分かるぜ、ここにいる全員がそう思っているだろうな。曲自体は悪くない、思わず身体が上下し始めるくらいマジでノリのいいハードベースだ。でもそれはここでは違うんだよ、ハズレだろ。シチュエーションってもんがあるだろ?日本風に言えば「空気を読めよ」ってところだ。

ベトコンは怒りはしなかったがスラブコンビに苦笑いを向けていた。なあスラブコンビ、お前ら二人がかりでもベトコンには勝てないぜ?

それを感じ取ってか二人のノリに合わせる奴は誰もいなかった。

まあ安心して和さんの寿司を堪能できるってもんだ。


まずは鉄火巻きだ。畜養ものじゃない天然本マグロだってことは一目でわかる。畜養ものマグロの赤身は少しピンクがかった赤身だがこれは少し黒みを持った赤身だ。早速醤油皿にかすらせ口に放り込む。

美味いなあ!まず海苔が違う。和さんに海苔の事で聞いたことがある。和さん曰く「硬すぎる海苔はダメだ。風味は強いが寿司には合わない。そこいらのスーパーで買える物なら有明産の佐賀海苔が良いだろうな」ってことだ。

三度も噛むと硬すぎない海苔はほぐれマグロの赤身と今日の為に特別な水で炊いた米で作ったシャリと実に見事に合わさる。もちろん山葵は入っていない。オレは山葵を食うと死にかけるからな。美味い!

次に行くのはもちろん緑の巻物だ。カッパ巻きじゃあないな、何だこれは?

「これは?」と聞くと和さんは「芽ネギだよ、食ったことないのか?少し辛いかもしれないが」

オレは山葵はダメだが辛い物が食えないってわけじゃあない。しかしネギの寿司ってのは初めて聞いたが和さんが作った物なら心配する必要はどこにもない。

芽ネギの寿司とやらを手に取り少し醤油をつけて口に入れる。うん、悪くない。確かにちょっとネギの辛味があるがほんのわずかだ。ネギ特有のねっとりとした臭みはほとんどなく逆に爽やかな感じだった。いや、美味いな。


そこへトイレを済ませたパゴダが出てきた。

パゴダがビルマロールと言った寿司に手を伸ばし「一ついい?」と聞いてきたがオレは即座に「ダメだ」と言った。パゴダは「おーごめんね」と言って道路へと出て行った。代わりに桐さんとサキタンが倉庫へと向かう。桐さんが和さんに目を向けると和さんは一つ頷いた。ちょっと倉庫を使うからねってところだろう。

オレは倉庫へと入っていく二人の後ろ姿を見つめていた。サキタンのあの振袖の着付けをしたのは桐さんなんだろう。あの今風じゃないどこかレトロな大正ロマン風な振袖はもしかしたら桐さんの物なのかもしれないな、桐さんは袖を通していないんだろうけど。

二人が倉庫へと入るという事はあのサキタンの振袖姿を見納めになるってことだろうからな。本当にサキタンの振袖の裾から除くブーツはイカしてた。日本人にはちょっと難しいコーディネートだろうな。すらりと長い脚をもつサキタンだから出来るものだ。高頭身の外人には日本の着物ってのは似合わないと思っていたが間違いだったな、それはコーディネート次第だったんだ。それをうまく合わせたのが桐さんなんだろうな。オレは見納めとばかりにブーツを履いて振袖をまとったサキタンの後ろ姿を目に焼き付けた。

二人はドアの向こうへと姿を消した。オレは名残惜しそうに、ドアの向こうが見えるんじゃないかってくらい凝視していた。

道路ではスラブコンビの番が終わり次はアマゾンとサンバのラティーナコンビのようだった。

相変わらずポールがセットする係で今度は直ぐにゴーサインを出した。レズコンビはマイクを持たずに曲が流れるのを待っていた。

曲が流れ始めると二人は両手を腰に当て踊り始めた。二人がマイクを持たない理由は直ぐに分かった。

流れてきた曲はダフトパンクのルーズユアセルフトゥダンスだったからだ。二人のゆっくりとしたダンスに全員が手拍子を合わせた。二人は踊りながらジャケットを脱ぎ捨て長袖のシャツまで脱いだ。アマゾンはサブリナブラからその豊満な胸が今にも零れ出そうで目が離せなかったし、サンバの控えめなバストを隠すワンショルダーのバンドゥブラからも視線を外せなかった。

オレは二人のダンスをカウンターから見ながら和さんの寿司を食べていた。美味い、うん美味いよ。

二人のダンスは特別なステップを踏むわけでも、高度なテクニックを披露するわけでもなかった。どこまでもゆっくりとした女性らしいダンスだった。そう、一言で言えば実にエロいダンスだった。あの二人がレズだってことを知っているからかもしれないが、思わずよだれが垂れちまいそうな妖艶なダンスだった。

曲が終わる頃には皿の上にはもう玉子巻きしか残っていなかった。あれ?そんなに食ったかな?


アパッチのアメリカンイディオットは最高だった。レッドのロージーマッカンも同じく最高だった。アマゾンとサンバのダンスも最高だった。この次に行くのはかなり荷が重いぜ。そう思っているとポールが次の曲のセットを開始した。アメリカ人のスミスが立ち上がりオレの後ろを通り倉庫のドアをノックした。奥からノックが帰ってきた。スミスがポールのサムアップし、ポールが曲を流し始めた。

パラモアのザッツワットユーゲットだった。誰が歌うんだ?

倉庫のドアが勢いよく開きセーラー服姿のサキタンが飛び出してきた!ポールがマイクを投げてよこしサキタンは駆けながらそれをキャッチし歌い始めた。

オレは思わず和さんに懇願するような顔を向け、和さんは(ああ、いけよ)とばかりに顎で道路を指し示した。オレは和さんの寿司を残し立ち上がり道路へと走り出た。


オレが岸と田中さんの立つ壁際に付くとサキタンが歌い始めた。最高のライブだ。

サキタンがAll the possibilities, well, I was wrongと歌いオーライ!レッツゴー!と叫びThat's what you get when you let your heart winの部分で両手を腰に当て皆に耳を向けると歓声が上がった。もちろんオレも上げた。

「カズさん、キリさんありがとー!」とサキタンがシャウトすると全員が腕を突き上げた。もちろんオレもだ。

岸のヤツが「なんでセーラー服なんだ?」と言った。マジかお前?

「サマソニのゼロナインじゃねえか!!」

だが岸のヤツにはピンとこないようだった。

サキタンは黒いセーラー服に真っ赤なタイ。黒いハイソックスにいつも履いている自前のゴツいハイカットのトレッキングシューズといった格好だった。少し違うが分かるだろう!?と思ったが岸だけじゃなく田中さんも不思議がっているようだった。

二人が分からなくともサキタンのステージは今宵のパーティーで最高の一曲になった。

桐さんが歌い終えたサキタンを呼んだ。真冬だし、さすがにセーラー服は寒そうだ。だがサキタンはもう少しこのままで!と答え次にマイクを握ったスウェーデン人の御曹司に手を叩いていた。


丁度いいか。オレは振り返って桐さんに言った。

「桐さん、さっきの賭けですけど」

「ええ、でも・・ね」やはりオレが和さんに名前を聞いていたと思っているのだろう。それに桐さんはあまりそのことには触れて欲しくないようで小さく首を横に振った。和さんの視線がオレの背中に刺さっているのを感じる。

「じゃあ、もう一つ賭けましょうか」

「何を?」桐さんが首を傾げた。

「桐さんはさっきこの店、和さんの店には名前が無いって言いましたよね?でも本当はちゃんとありますよ」

「直樹!」後ろから和さんが強めに声をかけてきた。オレが振り向くと(何を言うつもりだ?)と睨んでいた。でも、オレに頼んだのは和さんだからな。オレは桐さんに向き直り賭けを持ちかけた。

「桐さん、この店にはちゃんと名前があるんですよ」

「そうなのね、なんて言うの?」

「それを桐さんが当ててください。桐さんがこの和さんの店の名前を当てたら賭けはオレの勝ちってことで」

桐さんは困惑していた。そりゃあそうだろうな、自分が当てたら賭けに勝つのはこっちですなんて言われたらな、すぐには飲み込めないだろう。

「和くんこのお店、名前つけたの?」

和さんは視線を反らしていたが何とか頷いた。

「桐さん、当ててください」オレはニヤ付いて答えるよう促したが和さんは少し怒っているようで、少し恥ずかしそうな表情をしていた。

「でも、そうは言っても・・・」桐さんは見当もつかないと言った様子だった。

「この店は儲けるためにやっている店じゃないんでしょう?和さんが一番大事にしている店なんですよ、金よりもね」

そう、あんな入りで千円帰りに千円なんてどう考えても儲けなんて出ないはずだし、たまに多めに入れる奴がいたとしても家賃を考えたら間違いなく赤字のはずだ。オレたちエビス屋はそれがずっと不思議だった。そして和さんの店が無くなって欲しくはないから、和さんは本当にいい人だから酒を格安で卸していたんだ。だが違ったんだ。家賃払うどころじゃない、このビルが和さんの持ち物だった。

桐さんオレの言ったことに感づいたようだがまだ確信は持てていないようだった。いや、それを口にするのは恥ずかしかったのかもしれない。

「確かにここには看板も暖簾もないですし、誰も店名なんかないと思っていますよ。でもさすがにね、オレらは酒屋だから店名なんか無いって言われても困るんでちゃんと聞いています。オレがさっき桐さんの名前を当てたでしょう?マジで和さんには聞いていませんよ。ね?」

オレはそう言ってまた振り返ったが和さんは何とも言えない表情で下唇を噛んでいた。

「和さん、オレ桐さんの名前聞いていませんよね?」オレが念を押すようにもう一度聞いた。

「ああ・・」和さんは舌打ちをしながら答えた。

「オレがなんで桐さんの名前が分かったと思います?この店の名前、子供の名前なんかじゃないですよ」オレがそう言うと桐さんは逃げるように倉庫へと入って行ってしまった。

オレと和さんは黙って逃げる桐さんの背中を見ていた。

「直樹・・」和さんが凄みを効かせた声で言いオレを睨みつけていた。

「オレに頼んだのは和さんでしょう?」

「俺は桐のヤツを慰めてくれって言っただけだぞ?子供の話をしろなんて言っていないぞ」

「だから慰めようと思ったんですよ、オレは」

和さんは明らかに怒っているようだったが、それでいて何に対して、オレが何をしたのか測りかねているようだった。

「賭けって何だ?」

「それは桐さんとオレの間の話なんで言えません、ね」

「直樹・・!」和さんはまた舌打ちした。悪いがオレなんかに頼むからだよ。

オレは和さんから楽しみにとっておいた玉子巻きに目を向けた。

スウェーデンの御曹司が歌い始めた。マネスキンのアイワナビーユアスレイブだった。

確かにお前はダビデだよな。オレは玉子巻きに手を伸ばした。


「ナッキ!」振り向くと天使がいた。

まあサキタンの事なんだが。

まだ額に汗が浮かんでいる。思わずそれを指ですくい取って舐めてみたくなる。

サキタンは本当に可愛くて言葉を口にするのがもどかしくなるほどなんだよ。

そして同じくらい大事なのが和さんの卵巻きだ。

オレは思わずサキタンと玉子巻きの間に腕を置いた。オレなりのバリアーのつもりだったんだが。

「ナーキ、なにをたべているの?」サキタンはそう言ってオレの卵巻きを一つ手に取りさっと醤油皿に浸けて口に放り込んだ。

サキタンは「ナオキ」って発音しづらいのかオレには「ナッキ」とか「ナーキ」って聞こえる。まあそんなところもたまらなく可愛いんだけどな。

だがオレは大事な卵巻きを取られて(え!?)と思った。そりゃあそうだろう、和さんの玉子巻きなんだ。

サキタンじゃなければ(てめえ!!)と腕をつかんでいるところだ。いや、サキタンの腕なら掴んでみたいけどな。

「おいしい!!ナッキずるいね」サキタンはそう言ってさらに一つオレから卵巻きを奪い取った。

(いや、ちょっと・・)もちろん声には出せない。

「あのシャンパンとワイン、キシとナッキがえらんでくれたんでしょ?」

「それは岸のヤツだけど、オレはそっちはあまり詳しくないし」

「そうなの?モエインペリアルなんてさいこうよ。ヴーヴクリオはチョットびっくりしたけど。チョコっとね!」サキタンはそう言ってオレにウィンクした。

はあ、ズルいよな、神様って。いや、神様ってもんが本当にいるのならな。天使ってもんを作ってそれを手にする男がいるんだぜ?

いや、オレの物にしたいって言ってるわけじゃない。ルーブルに飾られているニケ像を家に持ち帰りたいって言っているわけじゃないんだ。でもな、ある日ルーブルに足を運んでニケ像の前に言ったらその首に「SOLD OUT」とか「売約済み」なんて札がかけられていたらショックだろう?ああ分かっているぜニケ像に首はない、例えだよ、例え話な。

いやそりゃあサキタンが結婚したからってもう二度と目にすることできなくなるってわけじゃあないだろうよ。彼女は時折ここ、和さんの店に来るだろう。

でもな、今ならSSRだか激レアだかを引くだけのスマホゲームや50人くらい集めてやっと一人前のアイドルなんかに夢中になって金を注ぎ込むヤツの気持ちが少しだけ分かるぜ。少しだけな。

いくら払えばもう一度そのウィンクを見せてくれるんだ?

「これほんとうにおいしい、もういっこもらっていい?」

サキタンにそんなことを言われて断れる男なんていないだろうが、こればっかりはダメだよ、和さんの玉子巻きだけは・・・。

「う、、うん」

これ以外に答えられる男がいるか!?いたらそれは狂っているかゲイくらいなもんだぜ!可愛い女の子は得だよねなんていう奴もいるだろうが、サキタンは違う。得とか損なんて話じゃない、彼女は天使だからな。つまりは正義だ。彼女は天使だ。

天使に対し「NO」なんて言葉は口にしてはいけないんだよ、天使は常に正しい。

サキタンは三つ目の卵巻きを口に入れた。

サキタンは目を瞑って「おいしいね!」と言う。

思わず目を瞑っている隙にキスをしたくなるくらいにキュートだ。もちろんそんなことはしない。そんなことをしたらベトコンのヤツに何をされるか分からないからな。

いや、分かるな。殺されるだけだ。

だがそれ以上に怖いのはそんなことをしたらサキタンに嫌われるだろうってことだ。天使には嫌われたくはない、誰だってそうだろ?

だが同じくらい和さんの玉子巻きは大事なんだ。だからオレは助けを求め和さんを見た。

だが和さんは鼻で笑ってそっと目を反らした。なんだよそれ!それは意趣返しってやつだろ!?


食われる前に食っちまえばいい?

天使が今、オレの目の前で目を瞑るほど「おいしい」って言っているんだぜ!

食われる前に食っちまえばいい?

バカ言うな!もう一度目を瞑って「おいしい」って言って欲しいだろ!?あのキュートすぎる唇が無防備になるところを見たくないって言うのか?

でも和さんの玉子巻きがあと3つになっちまった。

サキタンは突然、あの箱をカウンターに置いた。あのシャンパンのデコレーションに良いだろうと思って和さんに渡しておいた桐箱だ。サキタンはクっと首を軽くひねって、見とれていたら思わず涎が垂れちまいそうな微笑みをオレに向けて言った。

「これ、ナーキがよういしてくれたんでしょ?」そしてまた玉子巻きを口に入れた。残り二つ。

オレは半分蕩けて、半分泣きそうな顔で答えた。

「う、うん!」

喜んでくれたのかな?そんな風に考えていたオレは童貞の小僧みたいだっただろうな。

「これ、なんてかいてあるの?」

「え?それ?それは、まあ女王様的な?感じ・・・っていうかさ。ほらサキタンはみんなのプリンセスでしょ?」

「ふーん、ホント?」そういうサキタンはどこまでもたまらない。

「う、うん。お姫様って感じかな」

サキタンはさらに一つ玉子巻きを手にするとオレの目の前でゆっくりと振って言った。

「わたしには魔王ってかいてあるようにみえるけどなあ」

「いや、違うよ、それはさ・・その・・」

「魔王って、だれのこと?」サキタンの顔は可愛い天使から突然女神の顔になり玉子巻きを口に入れた。あと一つ。

女神って言っても優しく慈悲を与えてくれるような奴じゃなくて、死者を冥界に連れて行く戦女神の方だ。

オレはもう泣きそうで、本当に目に涙を貯めていた。だって、だってサキタンに嫌われちまう!

そうしたらサキタンは人差し指でオレの額をツンと突いた。オレが力なく後ろに仰け反るとサキタンの顔が近づいてきた。

(食われる・・・!)オレはそう思って咄嗟に目を閉じた。

何かがオレの額に触れた。とても柔らかくて温かくてオレはビックリして目を開けた。

サキタンはオレにイタズラ好きな小悪魔みたいな顔で微笑んでいた。

オレは何も言えなかった。

「ナーキ、ありがとう。これねヴーヴのビンをいれてかざっておくね。キムがうわきなんかしたら魔王から未亡人がとびだしちゃうからね」

「うん・・・」オレは何とかそれだけ声を出せた。

「ナーキ、さいこうのプレゼントありがとう。キムにはないしょだよ」サキタンはそう言って唇を尖らせ指を当てそれをチュッとオレに投げ、最後の一つを口に入れウィンクして手を振って「またね!」と言って道路の輪の中に戻って行った。残りは、・・ゼロだ。


オレは何も考えられなかった。サキタンにチューされた?額だけど。サキタンがオレにチューした!?もしオレが童貞の小僧ならこれだけで何回ヌケる!?思わず和さんに向き直ると和さんはその手に玉子巻きを乗せた皿を手にしていた。

やっぱり和さんは分かっているぜ!オレがまた恭しく両手でその皿を受けとろうとすると和さんは皿を持って伸ばしていた手を引っ込め道路へ呼びかけた。

「グウェン!」

なんで!?

グウェンが何事かと和さんを見るとサキタンが「アレ美味しいよ!キムにも作ってくれたんだ!」とか言っている。

「和、さん?」オレが呆然として言うと和さんは右手で自分の額を三度突いた。

え?嫉妬してる?オレがサキタンにチューされたから嫉妬しているのか?マジかよ!冗談だろ?

オレはそう思ったが和さんは本当にグウェンに玉子巻きを渡しちまった。

オレが口を半開きに呆けていると桐さんが倉庫から出てきた。

「え?直樹くんどうしたの?」

オレは呆けたまま振り返って桐さんを見て、ニヤ付いて和さんを見た。そして桐さんに言った。

「サキタンがオレの額にチューしてくれたんですよ!」

「え?ええ、良かったわね」桐さんはそんなことで?と言った風に、男ってどうしようもないわねって呆れていた。

「それで?」

「和さんがオレに作ってくれた玉子巻きをグウェンのヤツにあげちゃったんですよ!」

オレがそう言ってもまだ桐さんは事の重大さが分かっていないようだった。

「和くん、なんでそんな意地悪するの?」桐さんにそう聞かれても和さんはそっぽを向いて答えなかった。だからオレが言ってやった。

「和さん、オレがサキタンにチューされたからそれに嫉妬して玉子巻きをくれなかったんですよ」

和さんが「直樹!」と言うのと桐さんが「和くん!?」と言ったのがほぼ同時だった。

「嫉妬ってどういうこと?」

「いや、違う。それは」

「何が違うの?なんで直樹くんに玉子巻きをあげないの?」

和さんのデカい身体が一回り縮こまったようだ。下手な意趣返しなんかやるからそうなるんだぜ、和さん。

「それはグウェンのヤツにも食わせたくって・・」和さんが下手な言い訳をした。

「和くん?」桐さんが重く問い詰める。

「いや、ほら今作っているんだよ。な?直樹」和さんが慌てて手を動かし始めた。

そういうことなら話は別だ、しょうがない。

「和さん、指輪をはめてあげないんですか?」

「ああ!?」また話を蒸し返されたとばかりに和さんがオレを睨んだ。

オレが和さんに睨まれた横で桐さんが左手を和さんに向けていた。

















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