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第三十二話 野犬の交尾

照間瑠衣は朝早くに田中の自宅を出た。

ドアの前で瑠衣がキスをせがむと田中が恥ずかしそうにする様子がどうにも滑稽で、瑠衣は昨夜の田中とのセックスを思い出し何を今更と思った。

瑠衣が首を傾げ「んー?」とむくれると田中はそっと唇を重ねてくれた。

瑠衣はまだ少し遠慮が残るような田中の優しさを唇に刻み付けて帰宅した。


鈴木巡査がいないことはわかっている。

瑠衣は少しも心配せずに自宅のドアを開け帰宅した。

靴を玄関で脱ぎ捨てキッチンのテーブルにバッグを放ると冷蔵庫を開け獅子のデザインが施されたタイビールを二本取り出し椅子に座り早速ビールを開けあおる様に飲んだ。

再び立ち上がり冷蔵庫を漁りブラックペッパーが練り込まれたチーズと生ハムのパッケージを取り出し、また椅子に付いた。

チーズを一つ口に放り込みその濃厚さと時折広がる胡椒のスパイシーな香り。それを十分に口の中に広げ嚥下すると途端にビールで口の中をさっぱりさせたくなる。瑠衣はビール缶真っ逆さまにしてあっという間に最後の一滴まで飲み干し、次の缶を開けた。

生ハムのパッケージを開け一枚取り出すとチーズを半分に千切り生ハムでくるみ口に入れ、そしてビールで流し込む。

田中とのセックスは最高だった。今まで味わったことのないほどゆっくりと優しく、そしてどこまでも遠くに連れていかれるような快感。

思わず瑠衣の手が自身の股間に伸びショーツの中に差し込まれる。

瑠衣は目を瞑り昨夜のセックスを反芻しながら自分を慰める。


「んん・・」思わず声が漏れる。

瑠衣は何とかして昨夜の快感を得ようとするが、自分の指ではあのもどかしいほどにゆっくりで、しかし止まらずにどこまでも連れていかれるような快感は得られなかった。

瑠衣は当然、自分のイイところを知っているが、すぐにそこに行ってしまう自分の指が今は逆にもどかしかった。

また田中に抱かれたい。あのじらすようなセックス。こちらがイクとそれを感じ取ってしばしの休憩を与えてくれるセックス。だがどこまでも止まらずとてもとても大きな津波のような快感で連れていかれるようなセックス。

自分の指では到底あのセックスの快感を再現できない瑠衣は諦めていつものようにテーブルの引き出しからローターを取り出し自分の一番敏感な部分に指越しに当てた。

男はこういったアイテムを使うとすぐにそこに押し付けるように直接当てようとするが、それはあまり良くはない、刺激が強すぎるからだ。

せめてショーツの上からか、指を介して間接的にその振動を伝えた方がイイ。

瑠衣は身をかがめ思わず足を閉じる。下半身が痙攣している。

瑠衣はローターをテーブルに放りビールをあおり二本目のビールを空けた。


また冷蔵庫に立つと背後に男が立っていることに気が付いた。

反射的にテーブルの上の空き缶を男に投げつける。

男は飛んできたビールの空き缶をさっと避けて言った。

「朝っぱらからビールにオナニーかよ。もっと見せてくれよ」

黒の革ジャンを着て下はデニムのカーゴパンツを履いたその男の顔はニヤ付いていた。

瑠衣はそれを無視して冷蔵庫を開けビールを取り出す。

「俺にもくれよ」男が言う。

瑠衣はまた二本のビールを取り出しテーブルに置き椅子に座った。

男が向かいに座りビールを開け、乾杯とばかりに瑠衣に向けるが瑠衣は無視して三本目をあおった。

「続きはしないのか?気にしなくていいぜ」男が言う。

「うるさい!」瑠衣はテーブルの空き缶を手に振りかぶる。

「おいおいもういいだろ、部屋が汚れるぜ。お前の部屋だけどな」

瑠衣が空き缶をテーブルに置いた、そして聞く。

「何しに来たのよ」

「何しにってそりゃあ、お前がちゃんと仕事をしてきたのか聞きに来たんだろうが」

「あのチビがここらをうろついているんだよ、見られたらどうすんのよ!」

「大丈夫だよあのチビは今、自宅にいるぜ」

男はそう言ってスマホを取り出した。

「パソコンで何か見ているな、ちょっと待てよ。えーと、ああ、ロリコン動画を見ているなあ。コレ一発アウトな奴だな、あいつ警官だろ?」

瑠衣の顔に明らかな嫌悪感を浮かんだ。

「あいつ変態だよ。わざわざ和式トイレがある公園まで連れて行って出しているところを見せてよとか言ったんだよ!?イカれてるのよ」

「見せたのか?」

嫌悪感に塗れる顔の瑠衣とは反対に男は笑みを浮かべた。

「見せるわけないでしょ!気持ち悪い!そしたらあのバカ、自分が出すところを見てくれなんて言ったのよ!本当にイカれてるのよ、あのチビは」

「なんだ見てやればよかったのに」

「ふざけないでよ!なんで私があのチビのそんなところを見てやらなきゃいけないのよ!」

「でもヤったんだろ?」

「ヤッて無いわよ。あいつ、どこで買ってくるのか知らないけど、見たこともない拷問器具みたいなローターやバイブを持ってきてそれを街中で入れて歩いてなんて言ってくるくせに、セックスしようとはしてこなかった」

「入れたのか?」

瑠衣はその問いを無視してビールを傾ける。

「なんだよ!入れたのか!あそこにバイブ突っ込んで散歩したのかよ!AVみたいじゃん!よくやるなぁ」

「入れてないわよ!」

「ほんとかあ?今の間はなんだ?なんかあったんだろ?」

瑠衣はビール缶を手にしたままうつむいた。

「下着をつけないでちょっと歩いただけよ」

「マジかよ!マジでAVじゃん!」

「そうよ、あのバカはAVの中でしか女ってもんを知らないのよ!まあそれであのバカの上司に繋がれたからいいけど、私が頭を洗っている時に後ろから小便をかけてきた時は本当に殺そうかと思ったわよ」

男がゲラゲラ笑った。

「ふーん、まあこうしてあいつのプライベートは全て見れるようになったからいいけどな」

「なによ、私があいつとヤッていればよかったって言うつもり?」

「まさかぁ、俺はお前が誰に抱かれたかっていつも嫉妬しているんだぜ」

男はニヤ付きながらチーズに手を伸ばし、瑠衣はそれを鼻で笑いビールをあおった。


男の名前は蔵井戸某。下の名前は瑠衣も知らない。ニヤけながら二郎と名乗ったことはあるがおそらく嘘だろう。


「で、その上司とヤッて来たのか?」

瑠衣はその問いかけには答えずに三本目のビールを飲み干し冷蔵庫に立ち、またビールを取り出しテーブルについた。

「随分楽しんだようじゃないか、欲求不満って感じのオナニーじゃなかったぜ?思い出して思わずって感じだったもんな」

瑠衣はまたビールの空き缶を蔵井戸に投げつけた。

今度はさすがに避けられず空き缶は蔵井戸の胸に当たった。

「おい、何すんだよ」蔵井戸は真顔で立ち上がり瑠衣の横に立った。

「あんたが変なこと言うからでしょ」瑠衣は蔵井戸から顔をそむけた。

「拭けよ」

瑠衣はシャツの袖を伸ばしビールで濡れた蔵井戸の革ジャンを拭いた。

蔵井戸が瑠衣の顔を張り倒した。

瑠衣は思わず椅子から転げ落ち蔵井戸を見上げた。

そこには冷酷な顔があった。

「調子に乗るなよ?」

瑠衣は思わず顔を伏せる。

「調子に、乗るなよ?」蔵井戸がもう一度繰り返す。

「ごめんなさい」瑠衣が辛うじて答えた。

「いいぜ」蔵井戸は笑顔を見せて瑠衣を抱え上げまた椅子に座らせ、その後ろに立ち瑠衣の肩に両手を乗せ、瑠衣の肩をもみながら続ける。

「田中って警官のスマホに仕込んできたんだよな?」

瑠衣は小さく頷く。

「仕込んで、来たんだよな?」蔵井戸がもう一度聞いた。

「うん」

「そうかあ、ありがとうなあ」蔵井戸の手が痛いくらいに強く瑠衣の肩をもんだ。

瑠衣は思わず田中のしてくれた優しいマッサージを思い出す。

「で、田中って警官のナニと俺のはどっちが大きいんだ?」瑠衣の背後で蔵井戸がカーゴパンツを脱いでいるのが分かった。

蔵井戸がそれを瑠衣の背中に擦りつける。すでに大きくなっている。

「あんたの」瑠衣が答えると蔵井戸は満足そうな声で「だろうなあ」と言い乱暴に瑠衣のシャツをはぎ取った。シャツのボタンがはじけ飛ぶ。

「ちょっと!なにすんのよ!」

蔵井戸は答えずに瑠衣の胸を掴みその身体を立たせ瑠衣のスカートをまくり上げショーツを引きずり下げた。

「何って、ヤるんだよ。忘れさせてやるぜ」蔵井戸は直ぐにそれを瑠衣に入れた。

瑠衣が反射的にうめき声を上るとそれを聞いて蔵井戸は喜ぶ。


なぜ男ってもんは皆こうなんだろう。田中の様などこまでも優しく女性に接する男は皆無と言っていい。少なくとも瑠衣の人生においてはそうだった。

男がペニスの大きさで自信を持つのはなぜなのだろうか。大きいモノが欲しければ女は自分で好きな大きさのバイブを買って来れば済む事なのだが男にはそれが分からないらしい。

蔵井戸が腰を打ち付けるたびに瑠衣は苦痛のうめき声を漏らすが蔵井戸にはそれが淫靡な喘ぎ声に聞こえるらしい。

そこは体内でありすぐそばに内臓があることを男は知らないのだろうか?

瑠衣は蔵井戸が叩きつけるように腰を振るたびに田中とのセックスを思い出す。どこまでも優しく、そっと手をつないでくれてどこまでも一緒に歩んでいくようなセックス。忘れらないセックス。

しかし蔵井戸のセックスはどこまでも独りよがりで苦痛を伴う。

蔵井戸とのセックスで最悪なのは肛門性交をしようとすることだ。瑠衣にとってそれは悪夢だった。それをしようとすると瑠衣が激怒する事を知っている蔵井戸は最近はそれを求めようともしなくなってはいたが油断は出来ない。


蔵井戸の叩きつけるような腰の動きがだんだん早まってくる。瑠衣も段々とそれに耐えられなくなってくる。まるで犬の様なセックスだった。二匹の野犬の交尾。

瑠衣がせがむ様な叫び声をあげると蔵井戸はそれに答え動きが早まる。堪らずに瑠衣が達し、ビクビクと身体を震わせると蔵井戸が勢いよく瑠衣の中から出て行く。

「だめ!」瑠衣は叫ぶがやはり耐えられなかった。堪らずに失禁してしまう。俗にいう潮を吹くというあれだ。

大概の男はそれを見ると気持ちよすぎて失禁したのだろうと喜ぶが、これはある意味で生理的な反応にすぎない。

瑠衣は分かっていてそれをさせたことを咎めようとするが蔵井戸はすぐにまたそれを瑠衣の中に入れた。

瑠衣の抗議の声は蔵井戸が喜ぶうめき声に変わる。

蔵井戸は更に興奮しそれと同じく腰の動きも早まる。瑠衣がまた達し先ほどより派手に全身を、特に下半身を震わせると蔵井戸も荒々しい腰の動きを止め、そして終える。瑠衣の中で。


瑠衣は全身の力が抜け思わず床に倒れそうになるが辛うじて椅子に座ることが出来た。

瑠衣が全身で息をしているかのようにテーブルに突っ伏すと蔵井戸はそれを見て満足げに卓上の瑠衣の飲みかけのビールに手を伸ばす。

椅子の上に蔵井戸の精液が垂れている。それを見て瑠衣は思わずテーブルの上のビール缶に手を伸ばすがどれもカラだ。

「中に出すなよ!!」瑠衣は怒ってビールの空き缶を蔵井戸に投げつけ、それは蔵井戸に当たる。出来れば封の開けていない缶ビールを頭に投げつけたいくらいだった。瑠衣の怒りは収まらずもう一つの空き缶を蔵井戸に投げつける。

だが蔵井戸はヘラヘラと笑いそれを避けた。

「お前、どうせ子供出来ないだろう?いいじゃねえか」

「これからスイミングスクールの仕事に行くんだよ!ふざけんな!」

「お前、ホントいい女だよな。でも床にぶちまけたそれを早く掃除したほうが良いんじゃないかなあ?」

瑠衣はさらに空き缶を蔵井戸に投げつけた。蔵井戸はまたそれを避けた。

「怒るなよ、小便漏らすほど良かったんだろ?」そう言って満足げに浴室へと向かった。

瑠衣はまだふらつく身体で動き雑巾を手に床を拭き始めた。


「ああ、そうそう、懐かしいヤツを見かけたぜ」蔵井戸が浴室の前で振り向いて言った。


「だれ?」別に興味はないと言った風に瑠衣は床を掃除しながら答えた。


「岸だよ、大学の時の先輩」


「岸?大学の時って10年前じゃない。覚えてないわよ」


「嘘つくなよお、俺と二人でお前を輪姦してやったろ?あの時の男だよ」


瑠衣は答えなかった。思いだしたといほどではないが、確か岸孝之。大学時代いつも蔵井戸とつるんでいた男だったか。よく覚えていないということは、たいしたセックスではなかったのだろう。


「それがどうしたのよ」興味もないという風に瑠衣は答える。


「あいつ、なんかショボい酒屋で働いてるみたいだったな」


「ふーん、あっそ」そんな男の事はどうでもいい。今はこの床を掃除しているところ見られたくないだけだ。


「ま、どうでもいいか。でも思い出しておけよ」

「なんでよ?」

「次の獲物だ」蔵井戸はそう言って浴室へと姿を消した。


やっといなくなってくれた。岸孝之。少しだけ思い出した。薬物で隣の世界に行っていた瑠衣を蔵井戸と二人で輪姦した男。瑠衣が望んだこととはいえ思ったほどの快感は与えてくれなかった男だ。その男が次の獲物。殺すべき相手。蔵井戸はたまたま岸を見かけたというわけではないのだろう。次の獲物の下調べをしてきたという事だ。また人を殺すのか・・。だが殺人は瑠衣にとってさほど重要ではない。瑠衣が生きていく上で最も重要な要素、それはセックスだ。


瑠衣のとってセックスとは最も重要な要素だ。父を名乗る男は全て瑠衣に乗りその幼い身体を味わった。それは、ついには母が瑠衣の前から姿を消すほどだった。


田中とのセックスは忘れられない快感を与えてくれるが、蔵井戸とのセックスは全てを忘れさせてくれる。


瑠衣はセックスに愛など求めてはいない。蔵井戸の様なセックスをする男はいくらでもいるが、田中の様な快感を与えてくれるセックスを味わったことは無かった。


ただそれだけの話だ。











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