第十七話 ごく自然な流れでアイテムの説明をする回
岸はこのゲームで初めての殺人を終えた翌朝、会社に連絡を入れ仕事を休んだ。
一睡もできなかった。次の瞬間インターホンが鳴りディスプレイには警官がいる気がしたし、目を瞑っただけで首の後ろにスタンガンの激痛が走りそうだった。
岸は夜通し可能な限り東京サヴァイバーというゲームの情報を集めた。
当然だが、ネットにそんなゲームの情報は一つもなかった。
岸はゲームを起動し見れる範囲の全てをチェックした。主にアイテムの情報。それ以外に有益な情報は得られなかった。
ゲームの中で使える「ハック」や「アンチ」「サーチ」というタブからアイテムを一つ一つ見ていった。
「日用品」は全てが売っていた。カップラーメンから拳銃まで。ありとあらゆる「日用品」が買えるようだった。
おそるおそる「銃」をタップした時は警告文がポップした。
『銃。便利だけど、ここは日本だってことを忘れないでね!』
銃の種類も豊富だった。【トカレフ(中国製)】とか【1911(アメリカ製)】などあり数えきれないほどだった。中には【ルガー(ノルマンディー産)】なんてものもあった。
しばしば訪れるこの陽気なジョークじみた部分は岸の神経を逆なでしたが、おそらくこれらも【購入】をタップすれば寿司と同じように岸の元に届くのだろう。岸の所持クレジットで購入可能なのは【中国製のトカレフ】だけだったが。
朝までこのゲームを調べ尽くしていたが結局、岸のマンションに警察官が押し寄せることもなく、朝のニュースで福田とか言う男が何者かに殺害されていたというニュースが流れることもなかった。
このゲームはリアルだ。それはもう否定できない。
岸はこれ以上調べることが出来る事は無いと思えるほどにゲームを操作し続けて気を失う様に寝た。
岸が寝ているところにドアを開け入ってきたのはキャップを被りサングラスをかけ黒いパーカーを着た福田だった。福田は寝ている岸の横に立った。福田の手にはあのドライバーがある。
福田はドライバーを握った手を振り上げ寝ている岸のこめかみに突き立てた。
岸は目覚めた。夢だ。時計を見ると二時間も経っていない。心臓が沸き立つように震えていた。
このゲームはリアルだ。それは理解した。だが、だからと言って人を殺した恐怖を忘れることはもちろんできなかった。
岸は次の日も会社に連絡を入れた。休みます、と。
気を失うように眠ると福田が部屋に入ってくる。そして岸のこめかみにドライバーを突き立てる。
そんな悪夢を何度も何度も見ていると(これは夢だ)と分かるようになってくる。しかし福田がそんな風に安心した岸の首に両手をかけると夢ではなく死はリアルになる。
止めろ!岸は叫ぶが福田は動けなくなった岸のこめかみにまたドライバーを突き立てる。そして目覚める。
岸は会社を辞めた。とてもじゃないが仕事は仕事、殺しは殺し、仕事の時はいったん忘れて集中しようなんて言えるような状態ではなかった。俺は人を殺した。そしてまだ狙われている。どこの誰かも分からない、何人いるかもわからない。岸は部屋に閉じこもり食事はデリバリーで済ませ(まあこれは今まで通りだったが)部屋から出るのはその食事を受け取りにマンションのロビーにある管理人室に行くときだけになった。
岸はなるべく多くの時間「アンチ」を作動させ、時折「サーチ」を起動させた。
「サーチ」は敵プレイヤーを見字通りサーチ「索敵」するアイテムだ。
まずサーチする範囲を選ぶ。10キロでも10メートルでもいい。サーチを使うとその範囲内にプレイヤーが何人いるかを探ってくれる。しかしそれは何人いるかだけだ。プレイヤーの居場所やそこまでの距離を知らせてくれるわけではなかった。だから10キロの範囲をサーチして「プレイヤーは5人います」と知らせてもらったところであまり意味はない。
しかしそれが10メートルだったら?10メートルの範囲をサーチして「プレイヤーは一人います」と知らされたら?岸は自室で範囲を10メートルに設定して使ってみた。
もし反応があればそれは、左隣は空室だから右隣の母子家庭の母親か(まあクソ生意気な子供の可能性もあるのかもしれないが)岸の部屋の真上の住人か真下の住人がプレイヤーという事になるだろう。
「範囲内にいるプレイヤーは一人です」
まさか!?岸は一時驚いたが、今度は範囲を1メートルに設定し使ってみた。
「範囲内にいるプレイヤーは一人です」
岸は深く安堵の息を吐いた。
岸はマンションの構造を調べ自室から一番離れた部屋でも最長でどれくらいの距離があるのかを調ベた。結果は54メートル。岸はサーチを54メートルに設定し明け方に起動した。マンションの前面の道路を行きかう人が少ない時間を狙ったからだ。
歩行者がいないことを確かめ少し離れた交差点の信号が赤になり車の通りもなくなった瞬間を狙ってサーチした。
「プレイヤーは一人います」とは出た。
少なくとも54メートル以内のこのマンションと向かいの居酒屋兼住居、背後の民家には岸以外のプレイヤーはいないという事が分かった。
更にサーチにはレア度と言う物がありより高価なサーチはその効果時間が延びるという事もあるようだったが今の岸にはサーチした瞬間の結果しかわからない。
それなら何度も使い続けていればいい気もするがリスクはもちろんある。まず全てのアイテムはタダではないという事だ。クレジットと言う限りがある。
しかしそれは大した問題ではない。部屋から出なければサーチを使い続ける必要性も薄まるからだ。
「サーチ」の最大のリスク、それは「アンチ」というアイテムの存在だ。
「アンチ」は「サーチ」を検知することが出来る。
「アンチ」を使用している時に「サーチ」されるとそれが通知される。
レア度の一番低いサーチの効果時間は一瞬だがアンチは最低レベルでも1時間は継続してサーチを検知する。
例えば居酒屋で隣の席に男が座った。範囲を1メートルに設定してサーチを使い反応があったらその男がプレイヤーだ。その男が何らかの方法で岸もプレイヤーであるとあたりを付けやってきたとしよう。しかしこちらはそれを察知出来たのならこちらがが俄然有利になる。敵は岸が気付いているかは分かっていないだろうが、岸には目の前の男が自分を殺しに来た相手であると分かっているからだ。
岸は知らないふりをして相手を油断させることもできるが敵にはそれが分からない。
だが「アンチ」がそれを覆してしまう。
「アンチ」は「サーチ」を検知する。岸がサーチを使った瞬間に隣の男も岸に気が付かれたことに気が付いてしまう。そうなればイーブンだ。勝敗は、いや生死はどちらに転ぶか分からない。
レベルの低い「アンチ」は「サーチ」されたことが分かるだけだがレベルの高い「アンチ」は敵がどの程度の「サーチ」を使ったのかが分かる。1メートルの「サーチ」なのか100メートルの「サーチ」なのかまで検知される。そうなると広範囲の「サーチ」は効果が薄いが近距離の「サーチ」は非常に危険だ。
岸は部屋から一歩も出ることが出来なかった。
「誰にも見つかってはならない」というルール。このルールを信じるのならば人気の多い場所にいれば大丈夫だろう。まさか満員電車の中でナイフ片手に襲ってくるヤツはいないだろう。
だがそのルールが本当にナイフを防いでくれるのか?そのルールがナイフを折ってくれるとでも言うのか?そのルールが、このイカれたゲームに放り込まれたヤツの一人が更にイカれて白昼堂々襲ってくる可能性をゼロにしてくれるのか?
その可能性はゼロどころか100%でも不思議には思えない。岸がそうなってもおかしくないからだ。心の何処かに包丁を手に街に躍り出て目についた人間に手当たり次第に襲い掛かり終わらせられればという気持ちもあったかもしれない。常にどこかの誰かに命を狙われている、そして自分も誰かを殺さなくてはならないというプレッシャーには耐えられなかった。
いっそのこと・・。という思いが湧かなかったとは決して言えない。
だが岸はそうせずに部屋に閉じこもった。自炊はしないし包丁を持っていなかったから、ではない。岸はまだどこかでこの最悪のゲームがリアルではないと思い込みたかったのだ。岸はまだそんな無駄な期待を抱いていた。無駄だとは分かってはいたが「え?お前そんなイタズラに引っかかって会社辞めたのか?」と言われたかったのだ。福田の事は・・・何かの間違いだ。そう思い込みたかった。
勿論、それは無駄だった。
岸のレモンイエローのスマホが振動した。
サーチされた。




