1-4. 過ぎたるは及ばざるが如し
「はぁ? 冗談だろ。オメエみたいなヒヨッコにわかるわけ」
「まぁまぁいいじゃないか、聞いてみるだけでも。言ってみろ、ルイス」
職人の言葉をやんわりとさえぎり、トニーがルイスに問いかける。その様子にルイスの表情はやわらかくなる。
「ありがとうございます。まさに原因はこれです。塗っている油です」
ルイスが指さす先に視線が集中する。そこにはぬらぬらと黒く汚れたガイドレールがあった。
「あん? この油が故障の原因だって!? どういう意味だよ」
自分がやったことが故障の原因と言われ、気色ばむ職人にトニーが手を上げ制する。
「まぁまぁ、まずは聞こうじゃないか。どういうことだ?」
「はい。暴露している摺動部……外にむき出しの金属同士がこすれあう部分のことですが、このように毎日塗り続けると、機械が必要としている以上に油が塗られがちです。さらに古い油をふき取っていないということは、油に付着した砂ぼこりなどの異物が除去されないまま蓄積するということを意味しています」
グイっとボロきれで油をぬぐうと、ほこりや泥をはらんでいる様子が見て取れた。職人たちが眉を寄せた。目に見えてまずい状態ということに気付いたようだ。
「さらに異物が混入した油が付いたまま摺動部を動かすと」
ルイスが再びガイドレールの油をぬぐう。レールの金属があらわになると同時に、そこにはたくさんの傷が現れ、あっという声が数人の職人から漏れた。
「このように傷が発生し、これも大きな負荷の原因となります。残念ながら、このガイドレールは交換の必要がありますね。あと、今後はここに油は塗らないようにしたほうがいいでしょう」
「油を塗らなきゃ滑りが悪くなっていけねえんじゃねえのか?」
「いえ、この機械の場合、滑車がついているので。むしろ無いほうがスムースに動くと思います」
半信半疑ながらもう一本あった荷揚げ機のレールについた油を丁寧に拭い、動かしてみる。作動音もむしろ軽く、職人たちも「新品の時の音だ」と驚きをかくさない。
「危うくチャールズ商会の若旦那に文句を言うところだったな、いや危なかった」
トニーは頭をかきながら笑った。
さっき見せて貰ったほうのレールはもうガタガタで歪みも出ているため、部品交換が必要だろう。新たに持ってきた方にも、残念ながらすでにいくつか傷がついてしまっている部分もあるが程度は軽く、磨けば大丈夫だろうとおもわれた。
◇ ◇ ◇
ちょうどその頃、エレナは事務所の掃除をやっているところだった。
「ルイス様、大丈夫かしら」
床を掃きながらふと主人のことを思い手が止まる。直後、不意に浮かぶ彼の笑顔。
「~~~~っ!」
頬が熱くなったことに戸惑い恥ずかしくなる。そして我に返る。
いけない、せっかく得た仕事。ぼうっとして手を抜いていた、なんて事になったら目も当てられない。
先程にも増して激しくほうきを動かす彼女に、背後から声を掛けるものが現れた。
はい、と振り返るとそこには街歩きの格好をした好青年が、にこやかに帽子を手に立っている。
「ごめんください。棟梁のヘンリー様はいらっしゃいますか……っとあなたは?」
「いらっしゃいませ。ヘンリーは只今現場に出ておりますが、何か?」
にこやかに営業スマイルを浮かべるエレナにポカンと間抜けに口を開ける男。
「あの、ご用件がお有りでしたら、承りますが」
「可憐だ……」
「はい?」
「あ! あいや、その……私、チャールズ商会のアンソニー・チャールズと申します、以後お見知りおきを」
アンソニー・チャールズと名乗った男は深々と一礼した。