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1-3. 砕けた結晶

「ああ、現場を早く知ったほうがいいだろう」

 トニーが当然だと言わんばかりに返事を返す。


 すると早速、職人の一人がフォークでルイスを指して笑った。

「こんなガキ、使いもんになるんですかい」


「んー、わからん」

 だがトニーはぶっきらぼうに答え、再び昼食をかきこむと、ダン、と机に食器を置いた。


ほっひふっは(よっし食った)! ……じゃあ行くぞ。エレナ、ごっそさん。後頼んだ」

 もごもごと口の中に入ったまま、トニーは勢いよく立ち上がった。


「じゃあボクはトニーさんと行くけど……大丈夫?」

「もう、子供じゃないのですから大丈夫ですわ。さ、いってらっしゃいまし」


 心配げに声をかけてきたルイスに、エレナは笑って答えた。


「うまかったよ、ごっそさん嬢ちゃん! あと悪いな、坊主借りてくからな!」

 食事の皿をエレナに渡しつつ、職人が声をかけた。それを笑顔で受け取るエレナ。


 そういえば彼女がこんなに屈託なく笑うのを見たのはいつぶりだろうか。思えばあの継母が来てからこっち、見た覚えがない。この笑顔を見れただけでも家を出てきた価値があったかもしれない。ルイスはフッと息を吐いた。


「行ってらっしゃいませ、みなさん」

 エレナはこのこ汚い事務所の中にあっても、まるで可憐な一輪のユリのように、優雅にあいさつし彼らを見送る。ここにきてほんのわずかな間にもかかわらず、すっかり馴染んでいるようだった。




「ほら、この有様でさ」

 職人は現場につくと早速、壊れた道具を指差した。上層の階に工事資材を運搬する荷揚げ機のようだが、一見すると故障しているようには見えない。がよく見ると細かい魔素結晶が機械の脇に散らばっているのが目に留まった。


 魔素結晶とは魔力がこもった深い紫色をした鉱石だ。主にダンジョンで産する。一般的には魔物の排泄物が長い年月をかけて変性したものとされている。


 この魔素結晶。いまでこそ様々な動力に使われているが、一般的になったのはここ数年。二十年以上前に利用法が発見されたというが、長らく明り取り程度の利用に留まっていた。


 利用シーンを格段に広めたのが目の前に置いてある機械、魔動機(まどうき)だ。この機械は魔力を力学的な仕事に変換する。ここでは荷物を屋根に上げるための荷揚げ機の動力として使っているようだ。


 この機械は現在の王が即位し、しばらくの後に世に出たときく。まだ十年も経っていない新しい技術だ。



 この国には王立技術院という組織がある。


 これを作り上げたのが、そこの現在の院長なのだそうだ。なんと女性でまだ二十代と聞く。どのような経験を積めばそんな技術が身に付くのだろう。きっと機知に富んだ才女。彼女が書かれた本はないのだろうか。あればぜひ読んでみたいと、ルイスは常々思っていた。


「大方荷物を載せすぎたんだろう。ったく、すぐ手抜こうとするんだからな」

「んなことしてませんて。いつもどおりか少な目だったかもしれねえ」


「じゃあ結晶の大きさが足りなかったか。あんのチャールズ商会の坊主、後で文句いってやる」

 トニーは機械の前に膝をつくと、地面に散らばった魔素結晶のかけらを手に取り文句を言っている。


 その隣にルイスも腰を下ろし機械を眺める。魔素結晶はそれなりの大きさ、大人のこぶし大程度はあったように見える。それが粉々だ。


「魔素結晶がこのように砕ける理由は大きく分けて二つです。一つは貯蔵されている魔素を限界以上まで吸い出してしまったとき。もう一つは、結晶が許容できる負荷を超えたときです」


「お、おお。そうだな。お前もそれなりに詳しいんだな」

 魔素結晶に対するルイスの知識にトニーは面食らったのだろうか、驚いたように返す。


「この結晶はいつから使われているものですか?」

 ルイスが作業員に向かって問いかける。数人見合わせたが、そのうちの一人が手を挙げる。


「昨日換えたばっかだけれど」

「通常、この結晶はどれくらいの頻度で交換するものですか?」

「休息日明けに交換、ってのが普通だな。今回もそうだった」

 七日ごとに交換。今日は二日目。ということは容量の枯渇は考えにくい。少し考えた様子のルイスは顔をあげ、機械を指さした。


「トニーさん。あの、ちょっとこれ触っていいですか?」

「かまわないが、お前にわかんのか?」

「見てみないとなんとも」

「うーん、ま、そりゃそうだな。やってみろ」

「ありがとうございます。あの、荷揚げ機の上の物を、降ろしても?」

 ルイスの言葉にトニーが首をしゃくる。職人たちが肩をすくめ、荷物をおろし始めた。


「壊れて止まってしまう直前に、何か変わったことはありませんでしたか?」

 ルイスは機械のあちこちに視線を走らせながら、作業員に質問していく。


「そうさな。荷物を上げ始めて、しばらくはいつも通り動いていたけどな。じわじわ動きが鈍ってしたかと思うと結晶が砕けて止まりやがった。ったくとんだポンコツ掴まされたもんだぜ」


「音や振動、それに臭いなどいつもと異なることは」

「臭い? いつも気にして嗅いでないからわからんが……音は少し大きくなっていたかもな」


 ワイヤーを魔動機で巻き取ることによって荷物台を昇降させる仕組みのようだ。荷物台は二本のガイドレールの上を移動する作りになっている。


「ん? これ、すごく汚れてる……これ、油かな。あの、すみません!」

「なんだ坊主。降参か?」

「いえ。……ここ、油ですごく汚れているんですが、なぜでしょう?」

 ガイドレールにべったりとついている機械油。どす黒く、粘り気のある油がギトギトと陽の光を反射している。


「汚れてるっておまえ。見りゃわかんだろ、滑りをよくするために毎日油を塗ってるんだよ」

「なるほど。毎日塗ってるんですね。ちなみに昨日以前の油はどうされてますか?」

「どうされてるって、そりゃおまえ。前塗った油の上に塗ってるよ」


 ルイスは立ち上がりつつ返事をする。

「そうですか……わかりました。原因が」

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