1-2. ジャンクフードと就職面接
「だからよぉ、口入れ屋じゃこんなガキ紹介しやがらねえからここに来たんだよトニー。ほら、アンタこの前使い走りを欲しがってたじゃねえか」
「ああ、言ったさ確かに。でもよ、なんで二人。しかも片割れは女ときた。お前、ウチの商売知ってて連れてきてんだろうな」
煙草でニッキーを指して男は尋ねる。途端に彼は眉根をひそめた。
「わわ、わかってるさもちろん。トニー・ヘンリーといえば言わずとしれた一流の大工ってことくら」
「建設現場は」
ニッキーの言葉を遮るようにトニーと呼ばれた男はつづける。
「現場は女人禁制。……知ってたか?」
「あ、ああ、噂くらいは」
「お前、あれだろ。馬鹿だろ」
トニーは人差し指をこめかみ当たりでクルクル回しながらわざとらしくため息をついた。
「しかたないじゃないか、他にアテが無かったんだ。……身寄りがないんだとさ、なんとかしてやってくれよ」
「ったく、ほだされやがって……坊主、名前と年」
そういいながらトニーは立ち上がった。
「ルイス。ルイス・スチュワート・ガードナーです。十五です」
机をぐるりと回りこんでくるトニーを目で追いながらルイスは答える。
「ふ、いっちょ前にミドルネーム持ちかよ。で? そっちの嬢ちゃんは」
と、今度はルイスの肩やら背中を品定めするかのように何度か触れる。
「……エレナ・マクミラン。同じく十五です」
「ふん、ルイス、か。ひょろっとしたタダのガキかと思えば、なかなかガタイはしっかりしてそうだな」
「毎日の鍛錬などで少しは」
「なるほどな。エレナちゃん、だっけ。嬢ちゃんの方は、なんか特技は」
エレナを振り返り手のひらを向け、彼女に促す。
「家事全般、接客はひととおり」
「へー。見かけによらねぇな」
トニーは心底驚いたように目を見開いた。エレナはムッとした表情を浮かべるが、文句は言わない。その程度に分別はあったようだ。
「ヘンリーさん。彼女はメイドとして働いていた経験があります。現場に出ている間の事務所作業ならお手伝いできるかと。僕は力仕事でもなんでもやります」
ルイスの言葉を受けトニーは顎に手をやり一瞬考えるそぶりを見せたが、すぐに口を開いた。
「……なるほどな。確かに日中出払っているときの店番は必要だったんだ。よし、わかった。ならまずは一週間」
「一週間?」
トニーが立てた人差し指を見つめつつ、ルイスは首を傾げた。
「ああ。その間に働きぶりを見させてもらう。使えないようだったらそれまで。どうだ」
「! やります。機会をいただきありがとうございます!」
「ルイス様!」
エレナが溢れんばかりの笑顔をルイスに向ける。
「うん、がんばろう」
「おいおい、安心するのはまだ早い。俺はとっても厳しいんだ。覚悟しとけ。ま、とりあえず一週間は客間を貸してやる。二人一部屋な」
「寝るところまで。ありがとうございます」
「ああ、ちなみに壁が薄いからな、くれぐれもサカるんじゃないぞ。うるさくされるのはゴメンだ」
この言葉にはエレナが素早く反応した。さっと頬を朱に染めトニーにかみつく。
「ばっ、ばかなこといわないでくださいまし!」
「ん? エレナ、さかるって?」
「坊ちゃまは黙ってて!」
彼女のすごい剣幕にルイスは面食らった。と同時にこれはしつこく聞けばうるさい奴だと、黙ることにした。彼も心得たものである。
「はっはっは、こりゃ嬢ちゃんも大変だ。……トニー・ヘンリー。大工の棟梁やってる。よろしくな。ルイス、エレナ」
「よろしくお願いします、ヘンリーさん」
差し出された右手をしっかりと握り返し、ルイスが笑う。
「トニーでいいよ。早速だが、仕事にかかってもらおうか。午後からエレナは事務所の掃除だ。ルイスは俺と一緒に現場に行くぞ。ああ、その前に」
トニーの手を握り返しながら、エレナは首を傾げた。
「エレナには昼飯の準備してもらおうかな」
思い出したかのようにトニーは付け加えた。
◇ ◇ ◇
「なんだい、お頭このカワイイ娘は。まさか嫁か!? こりゃまたとんだロリコン趣味」
次々と現場から戻ってきた職人たちが事務所の長椅子に腰掛けた途端、エレナを指差して口々にトニーを冷やかす。
「うるさい嫁じゃねぇ!」
トニーも昼食――ニンニクとスパイスが利いた肉が乗ったパスタだ――にがっつきながらもきっちり言い返す。
「さっき雇ったんだ、そこの坊主と一緒にな」
へー、などと職人たちが返すが男には興味がないらしい。エレナにしきりに絡もうとする。
「ん? おお!? 美味え!! うめえよ嬢ちゃん!」
「ガキに絡んでないで、黙って食ってさっさと現場行け」
その後エレナに聞こえない声で「確かに美味えな」とつぶやいた。
「ありあわせですのでこれくらいしか。おかわりありますから、言ってくださいね」
次々に突き出される空の器を、エレナは笑顔で「はいはい、順番にね」と受け取っていく。
「お、そういえばお頭。またあの機械が壊れちまった」
一人の職人が皿から顔を上げずにトニーに報告を上げる。
「またかよ。ったくチャールズ商会のやつ、不良品掴ませやがって。わかった、メシが終わったら俺も行く。あー、ルイス。お前もだ」
「んっ。ボクもですか?」
急だったからか、ちゅるっとパスタを口に入れてから間抜けな口調で返事をしてしまった。