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0-5. 決意

 ルイスは彼女に気取られぬよう、深呼吸をした。


「これは提案なんだけれど」

「提案……ですか」

 エレナが再び視線を上げる。探るような、すがるような。彼女は期待しているのだ。ルイスが再び救ってくれることを。


 ルイスは自らの想像が、確信に変わったことを感じた。


 ルイスはごくりと生唾を飲む。やたらに飲み込みづらい。多分今まで生きていた中で一、二を争うくらい、自分が緊張していることを自覚していた。


「ねえエレナ。君さえよかったらその。……僕と一緒に」

「行きます」

「速いな」

 彼女の食い気味のすばやい回答に、ルイスは面食らった。僕の緊張を返せ。そう口にしそうになるのをぐっとこらえる。


「ああは言いましたが、ロクなお店に入れるとは思っていません。きっとお屋敷から触れもまわっていることでしょうし……」


 そうだ。連中がなんの嫌がらせもせずに放り出すとはとても思えない。特にあの義兄のダミアンはエレナにずいぶんとご執心だった様子。出ていくといって、はいそうですかとあきらめるはずもない。


「だから、おそばに置いていただけるなら」

「今までのお屋敷での仕事より、ずっと過酷かもしれない」

「そうかも……しれませんね」

「街にとどまるより大変かもしれない」

「承知の上です」

「もしかしたら野垂れ死にしちゃうかもしれないよ」

「その時はその時。それはルイス様も同じ、ですわよね」

「それでも……一緒に行くんだね?」

 手元のカップに目を落とし、確認する。


「はい、あなたに、ついていきたい……」


 そこで不意にエレナの言葉が立ち消えるように止まった。ん? とお茶のカップから目を離し彼女を見ると、なにやら小刻みに震えているような。一体どうしたのか。


「ど、どうしたの?」

「……ってちっがーう! 違うのよ! い、今のまちがい!」

 いつの間にか耳まで真っ赤になっているエレナが、突然立ち上がって叫んだ。


「え、エレナ? 間違いってなん」


 エレナは人差し指を彼の鼻先に突きつけるとまくしたてる。

「そ、そう! あんたが! 頼りないから! 一人で放置するのが忍びないから! 私が! ついていってあげる、そういってんの!!」


「あ、は、はい」

「そ、そそそそういうわけですから、一緒に行動して差し上げます、感謝いただきたく存じますわっ」

 そこまで言い切ると再び椅子に横を向いて座った。耳どころか首まで真っ赤だ。


 自分が言ったことを反芻して不安になってきたのだろうか。彼女は落ち着かない様子で視線を上下にさまよわせ、時折ルイスの様子を盗み見る。


 ルイスが悩んでいるふりをすると、途端に「ふえっ」と漏らしつつ涙を浮かべ不安そうな表情になったので、彼はついにこらえきれなくなって吹き出した。


「ぷっ。ふふふ。わかった。エレナ、一緒に行こう」

「えっ、ほ、ホント?」

 ぱあっと花が咲くように笑顔を見えるエレナ。これはマズイ、思わず目が泳ぐほどうろたえてしまう。……びっくりするほどかわいい。


「う、うん。これからもボクを、助けてくれるかな?」

「も、もちろんですわ……ってふん! しようがありませんわね。そこまでおっしゃるなら、一緒についていって差し上げますわ」


「ふふっ、よろしくね。……じゃ、早速移動の手配をしようか」

「どちらに、向かわれるおつもりですか?」


「うん、自由都市に行こうと思う」

「国境にある街ですわね。でもどうして」


「あそこは国から自由自治が認められた数少ない場所だ。この町と違って、特定の貴族の影響を受けにくい」

「なるほど。我々のようなものにはピッタリというわけですわね」

 エレナは顎に手をあて頷く。


「なんだかお尋ね者の気分になってきたけどね」

「ふふ、本当ですわね」

 ルイスが頭をかくと、エレナは口元を隠して目を細めた。


「あ、それと一つお願いがあるんだけど、いいかな」

「なんでしょう? 今更やっぱり一人で行く、っていうのは無しですわよ」


「そんなんじゃないよ。……その、僕はもう、貴族でも何でもない。だからエレナ。君とは幼馴染のルイスとエレナとして生きていきたい。……だめかな?」

 ルイスの言葉にエレナは目を見開いて驚いた様子を見せた。けれどすぐにまなじりを緩ませて首を振る。


「それは……だめです。亡き母、そして奥方様に申し開きが立ちません。私はあくまでガードナー家のメイド。そして今は」

 エレナは言葉をいったん切って立ち上がると、両手で包み込むようにルイスの手を取る。


「ルイス・スチュワート・ガードナー様。私はあなた様のメイドでありますから」

 エレナはやわらかくほほえむ。


 そんな彼女がすごくきれいだ。ルイスは思った。




 宿屋の主人と自由都市への道のりを確認しているルイスの背中をぼんやり見ながらエレナは思う。


 ――何のとりえもない私でごめんなさい、ご迷惑であることは重々承知しているのです。

 けれどどうしても貴方様についていきたい。そんな我儘をどうかお許しください。


 貴方様をお慕いしているのです、ルイス様。せめて心の中だけでは言わせてください。

 けれど私の気持ちなどお伝えするわけには、気取られるわけにはいかない。


 貴方様はとてもお優しい。だから私の気持ちを伝えたら、きっと断れない。私の気持ちを察して。そんな貴方様のやさしさに付け入るような真似は決してできない。


 私どもはあくまで主従。今はただ厄介者の私ではありますが、きっとあなた様のお役に立てるよう、尽くしてまいります。


 だから。だからせめて今は。今しばらくは。


 ただ貴方様のおそばに控えることをお許しください。


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