4-5. 奇貨居くべし
「大変もうしわけありません。商業株をお譲りする件、限りなく難しくなってしまいました」
昨日説明してくれた女性職員のほか、数名がともに頭を下げる。
「あのすみません。事情がよく呑み込めないのですが、何かあったのですか」
ルイスの言葉に女性職員は身を縮こませる。彼女の上司だろうか、見かねた様子で彼女の代わりに別の女性が口を開いた。
聞けばとある大商会が今回の入札に参加するそうだ。なんでも近々のれん分けするとかで、株が必要だったらしい。終始申し訳なさそうに教えてくれた。
「でもこの話なんだか妙なんですよね。昨日の夜決まったらしくて、私も朝出てきて初めて知ったことなんです。なんでも自分の息子のためとか。それ」
「おやあ、こんなところで珍しいですね」
職員の説明にかぶせるように発せられた言葉。背後からかけられた声にルイスはぐるりと首をめぐらす。張り付けたような笑顔を浮かべる優男がギルドの入り口から受付に近づく姿が見えた。どこからともなく小さく舌打ちする音が聞こえる。
「おはようございます、ガードナー様」
「あ、おはようございます。えと、チャールズ商会の」
「はい、アンソニー。アンソニー・チャールズでございますガードナー様」
ふいにルイスの背後からそっと耳打ちする声。
「彼です。例の息子」
「えっ」
二重の意味で驚いた。
彼がその息子という点でも驚くには十分だったが、それより耳打ちされた事実のほうが驚愕に値する。
本来ギルド職員というものは業務上知り得た秘密は絶対に漏らさない。業務がほぼすべて信用で成り立っているからだ。けれども今回、彼らはそのタブーをいともたやすく破った。そこに商業ギルドの意図が透けて見えてならない。ルイスは目の前の若き商人より、背後の職員たちに恐怖にも似た、底知れぬ感覚にとらわれていた。
そもそもギルドはどうして自分なんかに優先的に株を譲ろうとするのか。いや、答えは明白なのかもしれない。きっと昨日の発言からも自分をこのギルドに取り込むことのメリットについて算盤をはじいているのだろう。
「もしかして、ガードナー様も入札に? 商業株の」
「え、ええ、まあ」
アンソニーの言葉に、ルイスは現実に引き戻された。
「なるほど、では我々は同じ目標を持つライバル、ということですね。これは奇遇。ギルド主催の入札会です。ここはひとつ、ルールにのっとりフェアプレーでいきましょう」
「そうですね、こちらこそよろしくお願いします」
「……ああ、もっとも」
ここで勿体をつけるところがいかにもアンソニーらしい。切れ長の目を更に細め、にいと笑った。
「商売のルール上で、ですが」
「それではこれから、本年度第十四回商業株譲渡入札会を始めます。この入札会は本ギルド一般入札規則に基づき実施されます。それでは応札者の方、入札をお願いします」
応札者は二人だった。ルイスとアンソニー・チャールズ。
立会人に促され、まずはルイスが立ち上がった。そのまま入札箱に歩み寄る。あらかじめ金額をしたためた札を祈る気持ちで入札箱に投じた。ギルド職員たちはめいめい、浮かない表情でその様子を眺めている。
そんな雰囲気を知ってか知らずか。はやり歌を口ずさみながらアンソニーがそれに続く。女性職員を中心に、それを苦々しく見つめている。
他に応札者が現れないことを確認してから、職員たちが互いに頷きあうとこちらを向く。
「これにて入札を締め切り、即時開札します」
ほどなく入札箱が開封され、二通の札が取り出された。職員二人が互いに確認し、そしてわずかに眉を寄せる。
「入札額が最低落札価格を越えましたので、本入札は有効となります。ルイス・スチュワート・ガードナー様――王国金貨二十五枚。アンソニー・チャールズ様――王国金貨四十枚。よって本件はアンソニー・チャールズ様が落札されました。……おめでとうございます」
職員は淡々と告げ、会釈した。つまりは競り負けてしまった。ルイスは自分が意外と落胆していないことに驚いた。
「いやよかった落札できて。申し訳ないですがこれもルール。悪く思わないでくださいね」
「もちろんです。結果は残念でしたが、次のチャンスを待つことにします」
多少はがっかりしたがもともと想定していなかったタイミングでの入札。落札できれば幸運だと思っていた程度だ、次に期待しよう。ルイスはニコリと笑った。対するアンソニーは不満げな表情をうかべる。
「そうですかー、早く次の方が現れたらいいですね……ただガードナー様。すぐにご入用なのではなかったのですか?」
「いやとくには。まあ、早いうちにあるに越したことはないのでしょうけれど」
ルイスが肩をすくめておどけるように答えた。するとじわり、とアンソニーがルイスに近づく。
「……条件次第では今回の件、辞退してもよいのですが」
「は? それはどういう」
「すこし、別室でお話ししましょうか」
奥の個室へ促しながら、アンソニーは笑みを浮かべた。見事なまでに武装した、張り付けたような笑顔だった。
アンソニーとの話を終えたルイス達はそのまま店への帰途へ着く。
商人ギルドからの帰りの道でも、部屋に戻ってきても、エレナの顔は晴れなかった。
理由は聞かなくてもわかっている。アンソニーが語った内容だろう。
「ルイス様。僭越ながら、やはりあのお話は受けるべきかと」
夕食後、お茶のカップを差し出したあと、エレナは居住まいを正し固い声を発した。
「いやいや、あんなこと、了解できるわけないだろう」
ルイスは一口つけたお茶にむせそうになりながら答えた。
「しかしルイス様。こんなチャンス二度とめぐって参りませんよ?」
そこで言葉を切りルイスに向き直ったエレナの表情は、たしかに決意した様子だった。
「わたし、チャールズ様の下で働きます」




