3-8. 審問
「さて、ガードナー伯。ここに呼ばれた理由はすでにご理解いただいているかと思うが」
大臣の一人が居心地悪そうにたたずむガードナー伯爵に問いかける。
謁見の間。
玉座に王の姿はない。代わりに王妃が主のいない玉座の隣に腰掛け、一同を見下ろす。
周りには中央に立つガードナー伯爵を囲むように大臣などが居並ぶ。
「は……いや、まったくもって面目なく」
恐縮しきりの伯に対し、今度は別の大臣たちが問い詰める。
「税の滞納など前代未聞ですぞ、ガードナー伯。今年は特筆するような災害もなかったはず」
「作物が不作とも聞いておりませんぞ」
「安定した税収があったと思われますが……。それとも何か領内で入用な事案でもあったのですかな?」
(妻が散財してしまったのです! 言ってみればそれが事案です!)
などととても言えたものではない。とにかく今は恥辱に耐えるしかないと覚悟した伯は、ただひたすら、のらりくらりと弁明にならない弁解を繰り返すのだった。
そのたびに理由になっていないだとかそれが原因ではないだろうなど大臣たちはやり返す。その追及の手はとどまることを知らない。税の滞納など許されるはずがない。それを許してしまえばたちまち国の規律が乱れる。大臣たちにはそれが判っているのだ。
そのような中、場は徐々に熱を増す。いよいよ罵声も掛けられだした。そんな時、ふいに凛とした声が響き渡った。
「責めるばかりでは何も解決しません。感情や思い込みは己の目を曇らせます」
王妃だった。毅然としたその言葉に、場は一気に静まった。
「問題の原因を人に求めてはいけません。問題を引き起こしてしまう仕組みにこそ、原因は隠されていると心得なさい」
それからは紛糾することもなく、冷静にどのように支払っていくかという方向に議論が進んでいった。
最後に王妃が尋ねた。
「ガードナー伯爵。あなたのご子息、確かお名前は……ルイス殿、と言いましたか。今なにを?」
「は。自宅で内政を手伝わせております。変わらぬ本の虫で、外に出ようとせず苦労しております」
「そうですか……伯も苦労がたえませんね」
「いえいえ、王妃殿下に比べれば私の苦労など」
その後二言三言言葉を交わして、ガードナー伯爵は辞去した。
疲れた表情の彼が謁見の間から姿を消す。その扉が閉じるやいなや、王妃の表情は険しいものに変わった。側近の一人を呼び、小声で指示を送った。
「ガードナー伯爵家の内情を調査なさい」
そのガードナー伯爵が王都に弁明に行くため留守にしている合間に、屋敷には一人の女が訪れていた。
フードを目深にかぶったままソファに掛けるその様子に後妻のアマンダは若干の違和感を持ったが、占い師の類もこのようなふるまいをすることを思い出し、向かいに座った。
「主人はあいにく不在でございますが……はて、ご用向きはなんでしょうか」
アマンダの問いかけに、フードの人物がその奥でニヤリと笑みを浮かべた。そんな気がした。
「笑った?」そう脳裏によぎった直後フードを取った女の姿に彼女は思わずあとずさった。
「み、みなここから出ていきなさい。二人だけで話があります」
我に返った彼女はあわてて周りの者を下がらせる。二人きりになったことを何度も確認し小さく安堵のため息をつく。
「あなた……どうやって国境を越えたの」
しぼりだす、という表現がぴったりな様子でアマンダは呻いた。
「そこはそれ。いかようにもできましてよ。アマンダお姉さま」
対して女は涼しい表情でその美しい銀髪をかきあげ、笑った。
「そんなことよりお姉さま。聞きましたわ。ずいぶん懐具合が寂しいようですわね」
「どこからそんな……いえ、貴女に心配されるようなことではないわ。そんなことより早くこの家から出て行ってちょうだい」
出口を指さしながら、忌々し気に吐き捨てた。
「あら、久しぶりの姉妹の再会ですのに。ずいぶんつれないお言葉ですわね」
「……何を言うかとおもえば。あなたの所業を考えたら当然でしょう……ファビアナ」
ファビアナ・ガメトゥイ。この国を戦争に巻き込んだ張本人とされている人物。かつて存在した伯爵家、ガメトゥイ家の三女だ。
ガメトゥイ伯爵家はもう存在しない。当時十歳ほどの現在の王、ニコラスを殺害しようと目論んだかどで廃されたのだ。
彼女は元伯爵、彼女の父の生家がある隣国に逃れていたが、そこで地位を得、この国に戦争を仕掛けるよう暗躍した……と当時もっぱらの噂だったという。白銀の魔女、傀儡師、稀代の悪女――二つ名は散々なものだ。
だが当時成人して間もない程度の彼女に、国を戦争へと駆り立てるだけの力があったとはとても思えない。当時は辺境伯の息子をその美貌や怪しげな術でたらし込んだ、だとか国王は彼女に少々特殊な趣味で縛られ彼女の言うままだ、などという怪情報が飛び出すなど、今ではただのゴシップだったというのがおおよその共通見解だ。
「もう、お姉さまも案外お堅いのね。十年前のことじゃない。あ、そんなことより。とりあえずこれ、お土産」
そういって無造作に懐から取り出したものを机に転がした。ゴロリと音を立てたのは美しい宝石。
「な! あなたこれ」
「途中寄った辺境伯領の商人からもらったの。私じゃ売りにくいし、買いたたかれるのが目に見えてる。お金に困ってるわけでもなし。ですから差し上げますわ」
しばらく目を見開いてその宝石を食い入るように見ていたアマンダだったが、思い出したように再び視線をファビアナに向ける。
「……あなた、何が望みなの」
「察しがいいですわね、お姉さま。なに、難しいことではございません。わたくし、この国の爵位が少々必要でして」
「まさか、乗っ取りを!?」
アマンダは思わず腰を浮かした。
その様子にきょと、と目をみはったファビアナであったが、直後鈴を転がすように笑った。
「いやですわお姉さま。せっかくお姉さまが苦労して乗っ取ったこの家。横取りしようなんてつゆほども思っていませんわ。ただ、少し伯爵家としての名前をお借りしたいだけです」
「何を、するつもり」
「ちょっとしたビジネスですわ。……お金、必要なんでしょう? お姉さま」
妖艶に微笑む彼女を前に、アマンダは得体の知れないものを見るかのように、自らの妹を眺めた。




