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3-3. 晩餐会にようこそ

 ルイスはキャリーの言葉に身を固くした。


「あ、すみません。警戒なさらないでくださいまし。ただ気になっておりましたの。ガードナー伯爵のご子息がなぜこんな辺鄙な街で一人商売を始めようとしているのか」

「……なんのことでしょう。私はただの平民でございますよ」


「あら、おかしいですわね。廃嫡の届けはなされていないご様子でしたのに」

「――廃嫡なんて。私の実家はただの農家ですよ。そんな」

「いずれは家に呼び戻す。修行の一環だと先日の夜会でもおっしゃっていましたわよ」

「そんなはずありません! 父は私を確かに」


 視線の先にはニンマリと笑みを浮かべるキャリーの姿。しまったと思った時には遅かった。


「腹芸は、あまり得意ではないようですわね、ルイス・スチュワート・ガードナー様。今後は少しお気をつけて口を開いた方がよろしいかと」

「……はい、そうします」


 しょんぼりとするルイスに対し、キャリーはますます機嫌よさそうに笑みを浮かべる。


「ふ、ふふ。ふふふ、ほんと、かわいいお方」

「は?」

「わたくし、貴方様にますます興味がわいてきましたわ」


 なぜそうなる? ルイスの脳裏に大量の疑問符が飛び交う。


 キャリーに尋ね返したが、父が自分を廃嫡していないという情報は本当のことらしい。さすがに直系の子を廃嫡するのは正当な理由付けが必要ということだろうか。しかしこれで都市伯には自分の正体が露見しているということがはっきりとした。


 都市伯の目的が判然としないが、伯爵の令息であることが理由の一つだとも言った。自分を利用するつもりなのは間違いなさそうだ。


 ならば今夜はこちらも十分利用させてもらう。ルイスは腹を決めた。


 そうこうしているうち、馬車は会場である都市伯の館に到着した。誘われるままついていくと、ルイスは一人の恰幅のよい紳士に案内された。



「ふむ。今夜のキャロラインのエスコート役は、ずいぶん手慣れた感じがあるな」

「父です。こちら」

「うむ、ようこそ我が屋敷に。ルイス君。噂はかねがね」

「本日はお招きいただき、ありがとうございます閣下」


 宮中伯は文字通り王城にて王の側近として国の中枢を担う役回り。プラウズ伯は、格も権力もガードナー伯と同列、いやそれ以上だ。


「なに、かまわんさ。君が我が家に婿として入ってくれれば何の問題もない」


 これはまた直接的な。ルイスは引きつりそうになる顔をなんとか叱咤して、にこやかに笑う。


「ご冗談を」

「私はこの手の冗談があまり好きではないよ? ルイス・スチュワート・ガードナー君」

「……やはり私のことは以前から?」


「もちろん、それが仕事だからな」と都市伯は笑った。


 街に起こっている変わった出来事などは、特に耳に入るものだよ、とプラウズ伯は付け加える。


「君ほどの才覚ならば、我が家も安泰というものだ。しかし修行とでもいうのだろうか。君を放り出す道理がわからんね」


 妾腹の子に跡目を継がせるためです、と言ったら信じてもらえるだろうか。

 それともそれすらすでに承知していることだろうか。


「まあ、こうやって無事顔合わせもできたのだ。今後は気軽に我が屋敷に遊びに来るといい」

「そこは額面通り、受け取っておくことにします、閣下」


 楽しみにしているよ、とプラウズ伯はその場を離れた。


「さあ、国王夫妻がお見えになるには少し時間がありますから、ギルドの方たちともご挨拶なさいませ」


 そういってキャリーはルイスの手を取りどんどん進んでいく。大店の主人、ギルドの幹部、役人、エトセトラ、エトセトラ。噂は聞いてるよ、とかいつ店を持つんだい、など声を掛けられ続け、すっかりへとへとになったところで本日のメインテーマが唐突に始まった。


「国王夫妻、ご入場でございます!」


 勢いよく開け放たれた扉に、広間の面々は一斉に目を向ける。同時に起こる歓声と賛辞。敬愛、畏怖、賛美、嫉妬も混ざっているだろうか。さまざまな思惑が渦を巻いて広間を覆いつくす。


 今までにルイスは国王夫妻を直接見たことはなく、父や親類からの言葉で想像するしかなかった。


 お二人ともまだ年若く二十代と聞く。

 王は凛々しくもやさしい顔立ちをされている、一見頼りなく見える優男。しかしひとたび事が起これば恐ろしいまでの統率力と判断力、最後は腕っぷしでもってねじ伏せてしまう、文武に秀でた偉丈夫。


 対して王妃は華やかで美しく、聡明であると聞く。なんでも若いころには父や祖父に領地経営についての助言を行うだけでなく、王家直轄地の財政立て直しなどもこなしていたやり手であったらしい。今も国の運営について王の補佐という建前の下、様々な施策を打ち出している。


 取り巻きのせいでとても近づくことはできそうにないが、遠くから眺めるだけでも彼らのカリスマが生半可なものでないことに気づく。


「お二人ともとても素敵。そう思いませんか、ルイス様」

 隣のキャリーがうっとりとルイスに語り掛ける。


「ええ、とても……お似合いのお二人ですね」


 強い王に聡い王妃。なるほどこの国の近年の急速な発展ぶりも納得がいくというものだ。


(――しかし)


 そこでルイスは違和感を覚える。初めて見るはずの王妃。けれどどこかで見た? どこで?


 王妃のスピーチが始まってますます違和感は増していく。どういうことだろう?

 スピーチが他の人に変わったことに気づかないほど、ルイスは思索の沼にはまり込んでいた。


 違和感に苛まれた彼をそのままに、会場はお構いなしに歓談へとうつっていく。

 キャリーの言葉にも半ば上の空。


「すっかり王妃様に心を奪われてしまったご様子ですわね」


 嫌味を言われて初めて彼女の存在を思い出す始末。どうしてこれほどまで気になるのだろうか。


 すみません、と彼女に謝り何とか機嫌を直してもらおうとあれこれキャリーに構っているとき、不意に周辺の声が耳に届く。


「――ようこそミッテブルックへ、フランツィスカ様!」


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