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0-2. 教科書と先生

 ルイスが十三歳の時、彼の母は亡くなった。


 しばらくは父、ジェミーと二人で過ごした。寂しくはあったがこれといって諍いもなく、屋敷の者共々、平和におだやかに暮らしていた。


 生活が一変したのは一年ほど前。彼が十四歳の誕生日を迎えるかどうかという頃だった。父が後妻を連れてきたのだ。


(派手な女性だな)

 きらびやかな装飾とドレスに身を包み、不敵にほほ笑むその女性を見て、ルイスは子供ながらに思った。


(母上とはまるで違うタイプのひとだ)


 後妻はアマンダといった。二人の男の連れ子があった。いずれも年上だったため、ルイスは貴族の長男から、一気に三男へと立場を変えた。


 時をおかずして後妻より庭仕事やら屋敷の掃除などをさせられるようになった。およそ貴族の令息にさせる内容とはいいがたい、むしろ使用人としての扱いといえた。家令などは再三にわたり父ジェミーをいさめていたが、ついに先月、その家令を含む数人に暇が出された。


「今は我慢です。あなた様こそ、ガードナー伯爵家の正統な血筋。あのような入り婿や後妻に負けてはなりません。成人されるまで、耐え忍ぶのです」

 ルイスが祖父代わりに慕っていた家令は最後にそう言い残し、屋敷を後にした。


 新たにやってきた家令たちはまさに後妻の言いなりで、扱いはさらにひどくなっていった。

 ルイスに良くしてくれる大人が次々と暇を出される中、唯一といっていいよりどころとなったのは本だった。闇に塗りつぶされそうになる彼の心の、小さな灯となった一冊の本。


「これ、私が書いた本。せっかくだから、君にあげる。もらってくれるかな?」


 そういって屋敷に数か月だけ滞在していた女性が、別れ際に置いていった本。


 彼女が置いていったのは本だけではなかった。彼女の仕事に興味を持った彼の様子に気をよくしたのか、ルイスには数多くの知識を残してくれた。その知識を使い、家や領地の困りごとなどにもいくつか案を出していたりした。


 笑顔が素敵な女性だった。そんな彼女の仕草。凛とした表情。自分に教えるときの優しくも厳しい姿勢。

 思えば初恋だったのかもしれない。決して手の届かない、年上の女性。


(今は何をしているんだろう。どこか良家に嫁いでしまったのだろうか)


 そしてまた、彼は本を開く。


 本というのは決して安いものではない。そのような高価なものを譲ってくれた意味。それを思うと一字一句おろそかにできない。そんな気持ちでページを繰る。


 彼は暇さえあれば、彼女の本を繰り返し読むようになった。重ねて読むほどに、彼女の言っていたことの意味がより分かる気がした。


「いっつも読んでるわね、その本。思い出してるの? きれいな女性(ひと)だったもんねー」

 いつものように本に夢中になっていると不意に背後から声がかけられることがある。振り返らなくてもわかる。アイツだ。


「本の内容が面白いだけだよ。そういう言い方よしてくれないか、エレナ」

「あら、本当のことだと思うのですが、お・ぼ・っ・ちゃ・ま」


 金色のツインテールを揺らしながらいたずらっぽく笑う同い年の彼女。(すみれ)色をした大きな瞳に見つめられると思わず心臓が跳ねる。が、悟られると厄介だと、彼は必死に押し殺す。

 そんな彼の心のうちを見透かすようにいつも決まって、エレナはその透明感のある瞳をすっと細めて微笑むのだ。

 彼女はルイスの部屋付きメイド。幼い頃母親に連れられてガートナー家にやってきた、今は住み込みで働く、ルイスの幼馴染だ。



 ある日のこと。運命を変える出来事が二人を襲った。


 ルイスが廊下を歩いていると客間から何やら声がする。ドアに近づいてみるとそれが女性の声であることに気づく。


「やっ……おたわむれを……」

 エレナの声だった。ルイスには、血の気が引く音が聞こえた気がした。視界が大きくかしいだ感覚を覚える。聞いてはいけないと思いつつ、その場を離れることができない。


「いや……おやめください……ダミアン様」

 上の義兄の名が告げられたことその内容に、今度は目の前が真っ赤に染まった気がした。そのまま蹴り飛ばす様に客間のドアを開ける。それと同時にいつもの彼女からは想像もできないほどか弱い悲鳴のような叫び声が響いた。


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