2-7. 一週間
「はい、ルイス様。今日もおつかれさまでした。しっかり召し上がってくださいね」
「ありがとうエレナ。君が作ってくれる食事はいつも最高だよ。ついつい食べ過ぎてしまう」
「こちらこそ、いっぱい召し上がってくださって、作り甲斐があります。それにルイス様は育ちざかりでいらっしゃいますから。丈夫な身体を作るためにも、私、がんばりますわ!」
頬を紅潮させながらエレナは両のこぶしを握った。
二人が笑いながら会話をする様子を見て、トニーが不思議なものを見るようにつぶやく。
「仲直りしろとは言った。確かに言った。だが昨日の今日でこの変わりようは一体なんだ?」
「え、何も変わっていませんよ?」
エレナも不思議そうに返事をする。
そんな彼女の様子に、「いや、ずいぶん変わったぞ?」とトニーは胸のうちでつっこむ。
……ま、そんなことよりも、だ。
「あー、二人とも。食事が終わったら話がある。事務所に来てくれ」
トニーの言葉にルイスとエレナは身を固くした。
さもありなん。思いあたるのは、試用期間の期限のこと。今日がその期限だ。
つまり客間を借りることができるのは明日の朝まで。彼の評価はいかなるものだったのか。手早く食事の後片付けを済ませた二人は、緊張の面持ちで事務所に向かった。
恐る恐る事務所へつづく扉から顔を出す二人を見て、トニーは軽く手を挙げた。
「お、きたか」
トニーは二人の心中などどこ吹く風。いつもの飄々とした様子でデスクに腰掛け、煙草をくゆらせていた。
「さて、察していると思うが今日で一週間だ」
ぐしぐしと乱暴に煙草をもみ消すと、彼は淡々と告げた。
「まずは礼を言おう。今日までおつかれさま。助かったよ。お前たちが来てからこの一週間。ウチの職場環境は劇的によくなった。お前たちのおかげだ。本当にありがとう」
ルイスは血の気が引く感覚を覚えた。
(え? これっておつかれさまの布石? ダメだったってこと?)
エレナはともかく、確かに自分はトニーの役には立っていない。毎日街に出て、別の商店や会社の困りごとを聞いていたからだ。
(それだって、役に立ったのかどうかもわからないし)
対してエレナは事務所の掃除や洗濯、従業員やトニーの食事の準備などといった日常の家事はもちろん、接客や買い付けにとまさに八面六臂の活躍を見せた。さすがガードナー伯爵家のメイドとして勤めていたスキルは伊達ではない。
(もしかして、エレナだけ合格……ってことにはなるかな? ん、でもそれならそれで彼女の働き口が見つかったということで、喜ぶべきことだろう)
「というわけでまずは一週間分の給金だ。受け取ってくれ」
「あ、ありがとうございます。……え、ということはつまり、ここを出て行けと」
「ん? まぁ、そういうことになるな」
「あ、そ、そうですか……ありがとうございました」
正直残念だった。エレナはそのまま雇ってくれると思っていただけに、二人同時に出て行けと言われるとは考えていなかったのだ。
それに明日からどうしよう。数日は宿をとることもできるだろうが、手持ちは心もとない。できるだけ早く次の仕事を探さないと。
「なに。大したことしてないさ。それにルイス。お前はすぐにでも自分の店を持つべきだ」
続けて発せられたトニーの言葉に、ルイスは返す言葉が思いつかなかった。理解が追い付かなかったのだ。自分は役立たずだから、解雇されるのではないのか?
二人が呆けているのを不思議な顔でトニーが見る。首を傾げつつも言葉をつづける。
「あー、この事務所から一本通りを入ったところに、一軒空き家を持ってるんだ。よかったらそこを使って」
「本当ですか、トニー様!?」
エレナの方が先に復帰したようだった。電光石火の素早さでトニーの手を取る。
「あ、ああ。そこを貸してやるからそこで腕試しを」
「お聞きになりましたかルイス様!? とても良いお話ではありませんか!」
今度はトニーの手を放り投げ、今以上の素早さでルイスの手を取るエレナ。彼はその動きに目を白黒させる。
トニーはというと、その宙で行き場を失った手を持て余すように、二度三度手を閉じたり開いたりを繰り返した後、ばつが悪そうに腕組みをした。
「え、あ、ああ。……でもいいんですか、トニーさん」
首を伸ばしてちょうどエレナの背後に腰掛けるトニーを見る。
「もちろんだ。本当はここで続けてもいいんだが、客間以外に部屋が無くてな。いつまでも二人で一部屋というわけにもいかんだろう?」
私は別にかまいませんが! ……と喉まで出かかった言葉をエレナは何とか飲み込む。
そんな彼女をチラリと横目で盗み見るルイス。なにか感じるものがあったのだろうか。
「は、はい。さすがにレディーといつまでも同じ部屋というのは」
「レディーだなんて。私はルイス様のメイドです。同室で何がまずいのですか!」
「いやまずいでしょ普通。……ありがとうございます。ご厚意に感謝します」
「引き続きウチの困りごとを解決してくれたら、その分賃料から引かせてもらう。それにたまに飯も作ってくれたらそっちにも対価を支払おう」
「「全力で! トニーさんのお仕事をサポートさせていただきます!!」わ!!」




