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2-6. パートナー

 ルイスの言葉に、エレナの心臓は大きく跳ねる。

(私の――!?)

 思わず彼を見るが、背中越しの彼の表情をうかがい知ることはできない。


「いやなに、あなたの使()()()のエレナさんを、観劇にでもお誘いしようかと思いまして」


「失礼な。彼女は使用人などではありません」

「ではなんなのです?」

「彼女は……」


 ルイスは言いよどんだ。何と答えればよいのだろうか。

 使用人でないとはさっき自分自身で否定した。では彼女は自分にとってなんなのだ。

 幼馴染。確かにそうだが、そんな程度の仲ではないと考えるのはさすがにうぬぼれだろうか。

 ああ、この気持ちを正直に伝えることができたならどんなに楽だろう。


 エレナはさながら、大海に浮かぶ木の葉のように翻弄されていた。

 ルイスが自分をどう思っているのか。その言葉。聞きたい。でも聞きたくない。

 いっそこの背中に取りすがり、あなた様のモノにしてくださいませと言ってしまったらどんなに楽な事だろう。


 けれどそんなことはできないと彼は思う。

 私の気持ちなど、迷惑なだけと彼女はためらう。


 互いに相手を思うあまり、我を出せない。そういえば美しくも聞こえるだろうが、彼らはそれを言い訳にして自分の気持ちを打ち明けられずにいる。

 あまりに相手を好いているがゆえにこの関係が崩れることを最も恐れる。


 二人にはほんの少しの勇気が必要なようだ。



「彼女は……エレナは。ほかに代えがたい、私の大事なパートナーです」


 彼女は息をのんだ。


「パートナー。それは……将来を約束されているということ、ですか?」

「ある意味、そうかもしれませんね。彼女とは二人で生きていくと約束しましたから」


「それは、二人で生活していくため、ということですか」

「そういうこと、ですね」


 それは彼にとって、精いっぱいの言葉だった。

 エレナはホッとした半面、どこか残念に感じてもいた。


 そんな様子に、チャールズはひとりつぶやく。

「なるほど……ということはまだチャンスはあるということですね」


「? なにか?」

「いえ、こちらの話です。お騒がせして申し訳ございません、今日はこの辺で失礼させていただきます。……エレナさん、また伺います。お返事はその際にでも」

「何度来ていただいても、答えは変わらないと思いますよ」

「どうでしょう? またお伺いしますね。……それでは」


 エレナの言葉に全く動じる様子もなく、にこやかに返事をしたかと思えば、ルイスをちらと一瞥する目は挑戦的。モノにしてやる。そう宣言した瞬間だった。



 チャールズが去ったあと、深く息を吐くルイスの袖を、エレナはそっと握る。


「? エレナ?」

「ありがとうございます……。あと、その……」

「ん?」


「ごめんなさい」

「あ……ん。いや。昨夜は言い過ぎた。ごめんね」


 ルイスはあえて背中ごしに返す。その方が、互いに素直に話せそうな気がしていた。


「本当に。ひどいことを言われました」

「そうだよね。ごめん、エレナ」

「もう大丈夫です。そんなに謝らないでください……それに」


 こつんと頭を彼の背中に預ける。


「エレナ?」

「あ、あの……わたし、素直じゃないから。またきっと意地悪なこと言ってしまう」

「……うん」

「キツイこと言って、あなた様を困らせてしまうかも」

「ははっ。知ってる」

「えっ……もう、ひどい」


 エレナはとん、と拳で軽く彼の背中をたたく。


「あたっ。……ははっ、これでおあいこ」

「……ルイス様ったら。……えと、それで私」


「おいルイス、なんだ今の煮え切らない言い草は。もっとこう……あ」


 そんな時にトニーは事務所に入ってきた。立ち聞きをしていたのだが、とうとう我慢できなかったというわけだ。しかしこのタイミングを選んでしまうところが、彼がいまだに独り身である理由なのかもしれない。


 後にトニーは振り返る。この時のエレナの形相は見物、いや、とても印象深かったと。


「トニー様? ナニカ、ゴヨウデスカ?」


 エレナは首を軋ませるよう廻らし、にこやかにトニーに問いかける。目は笑っていないが。


「あいや、なんか……すまん」


 とりあえず謝らないといけなさそうな雰囲気だということには、いくらなんでもこの朴念仁にも気がついたようだった。


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