2-5. いつもより長い帰りみち
翌日もルイスはパジェット商店へと赴くことになっていた。
昨日一日聞くだけでは、とても解決できる困りごとの量ではなかったからだ。
実は夕べから二人は必要以上に口をきいていない。互いに話せる雰囲気ではなかったからだろう。昨日の今日では無理からぬことだったのかもしれない。
(いや。僕が避けているだけか。……どうにも情けない男だな)
とても静かな朝食ののち、ルイスは彼女から逃げるように早々に事務所を出た。
「エレナ、まだ仲直りしてなかったのか」
食後のお茶を飲みながら「どうでもいいことだが」と前置きしたトニーの声は、明らかに呆れ調子だった。
そんなトニーにエレナはあわてて目を伏せ、「仲直りしないといけないことなんて、何もないですから」と、手早く皿を片付けながら答えた。
「お前……そんなこと言ってたら、どんどん難しくなっていくだけだぞ」
トニーがカップを傾け、書類に目を落としながら言葉を継ぐ。
「難しくなるって、なにがですか」
エレナの言葉に、トニーがそんなの決まってる、と顔を上げた。
「元の二人に戻ること、だよ」
エレナの動きがわずかに鈍る。
「ですから。おっしゃるようなことはなにも」
「ないんだったら、別にいいけどな。……さて、俺ももう出るわ」
トニーはカップのお茶を飲み干すと、机の書類をかき集め立ち上がった。
「はい……行ってらっしゃいませ」
「早いに越したことはないぞ。お兄さんからの忠告だ。じゃあな」
二人が去ったダイニングで一人、エレナはぽつんと立ちすくむ。
「そんなこと……わかってるわよ」
彼女のつぶやきは、静まり返ったダイニングにあっという間にかき消えた。
もちろんその言葉に答えるものは、誰もいない。
わかってるそんなこと。けれど、なんて言えばいいの? 今さら。
なぜあのような物言いをしてしまったのかしら。
ルイス様のこと。あの時どう返事するかなんてわかり切っていたじゃない。
他人の好意は素直に受け取るべきだって。
「ばか」
ばか。ばか。
――あたしのばか。
◇◇ ◇
ルイスは達成感と心地よい疲労感に包まれ、夕焼けが映える市場の通りを歩く。
結局夕方までかかってしまった。けれどおかげで当面の悩みは解消されたようだ。最後はライアン――パジェット商店の主人だ――に満足した表情で見送っていただけた。
しかしトニーの事務所……エレナのもとへの帰路を進むにつれ、その足取りは徐々に重いものになっていく。
どうしてあんな言い方をしてしまったのだろう。
エレナの性格だ、突然あのような申し出を受けたところで素直に受け取るはずがない。それなのにあのようなことを言って。彼女にとってはさぞ理不尽だったことだろう。
「さて、エレナとどうやって話せば……」
ルイスはついいつもより少し時間をかけ、事務所へ戻っていくのだった。
「ただいま戻りました……ん?」
ルイスが事務所の扉を開くと、なにやら騒がしい。
「……ですから、私に休みはありませんので、そのようなお誘いを頂いてもこまります」
「休みがない? 君のご主人はひどい奴だね」
「ルイス様を悪くおっしゃらないでくださいまし」
「そんなひどい主人を立てなくてもいいでしょう。それよりウチの店に来なよ。休みもきっちり上げるし、給金も」
「そういう問題ではございません。お手をお放しください」
早速エレナに声をかけてきたか。ルイスは自らの感情の高まりを否応にも感じた。
――横からしゃしゃり出て、好き放題言ってくれる。
「え? だって君は使用人なんだろう? もっと待遇のいいところに移るのが自然」
「待遇の良しあしで、ルイス様のおそばに控えているわけではありません!!」
エレナが声を荒げたところで、ルイスはたまらず割って入った。
「何の騒ぎですか、これは」
「あ、る、ルイス様。おかえりなさいませ、あのこれは」
「チャールズさん。エレナが、なにか粗相でも」
「いや、ちょっとした行き違いでね」
そこでルイスはエレナの手首をしっかと握るチャールズの手を見とがめた。
「まずはその手を放していただきたい」
ルイスの剣幕に、チャールズは驚いたように目をしばたたかせると、黙ってその手を放す。エレナは手首をさすりつつルイスの背後に身を移す。その様子にルイスは目をわずかにゆるめたが再び油断ない目つきでチャールズを見やる。
「さて。私のエレナに、何の用ですか?」




