0-1. 初めての朝は初めてづくし
ご覧いただきありがとうございます。
異世界でのカイゼンをテーマにした前作フランちゃん様の世界観から、恋愛に振った話を書いてみたいと思いました。気に入っていただけると嬉しいです。
「皆のもの! 新たな若き貴族の誕生に祝福を!」
壇上の男性――国王が高らかに宣言した瞬間、場内は割れんばかりの拍手に包まれた。
「面をあげよ」という国王の声に、彼の足元にひざまずく少年が答える。下げていた頭をゆっくりと上げ、国王の視線をまっすぐ受け止める。
聡明そうなその眼差しは凛々しくそれでいて優しい。まさに上に立つものとして生きてきた男。その言葉を体現するかのような、立派な王者の立ち姿だ。少年はわずかに身震いする。
「光栄に存じます、国王陛下」
「よくやった。これからも励めよ」
「信義に基づき、誠心誠意努めることをここに誓います」
つぎに隣の女性からも声がかかる。
「よくここまで頑張りましたね。これもひとえに、日頃の研鑽の賜物でしょうね」
「そんなお」
そんな恐れ多い、と言いかけて息が止まった。改めて思う。なんて美しい人だ。心拍数がどんどんあがり、顔が熱くなってくる。惹きつけられる。なにか、なにか話さなきゃと、焦ればあせるほど、頭の中は目の前の女性、王妃に夢中になる。
「? どうしました?」
彼の心の葛藤を知ってか知らずか、首をかしげて王妃はたずねる。
「あ、い、いえ! そんな。僕は、誇れるようなことは、なにも」
何とか我に返った少年は、慌てて視線を床に向けた。
そんな様子を見て王妃は鈴を転がすようにわらう。
「何を言っているのですか。今日ここにあなたが居ること。それが何よりの証左でしょう? おめでとうルイス。――いえ、これはもう失礼ね。無礼を許してくださいね、ガードナー伯爵」
「そんな、恐縮にございます。王妃殿下――」
どこからともなく扉を叩く音が響く。会場の外からか。そう思った瞬間、ルイスの意識は不意に引っ張り上げられた。
――目を覚ますと一番初めに目に飛び込んできたのは薄汚い天井だった。先程まで取り巻いていた割れんばかりの拍手は何処かに失せ、代わりに無骨なドアを叩く音がルイスの心をひんやり塗りつぶしていく。
「坊ちゃん! 朝ですよー、起きてください! それとも起こして差し上げましょうか!?」
扉の外からは聞きなれた少女の声がした。
「ああ、そうか……そうだった」
つぶやきながらゆっくり起き上がった。
「僕、家から追い出されちゃったんだった」
まだ動きが鈍い頭と体を叱咤し立ち上がる。下半身を見て赤面した。こんな境遇に落とされたというのに、今日もこいつはかなり元気だ。
「起きた、起きたから入ってくるなよ、エレナ……あ」
「もう、しようがないですね、私が起こして差し上げないと起きない……あ」
二人しばし固まってしまう。しかしなんと間の悪いことか。
メイド服に身を包んだエレナと呼ばれた少女。笑顔でドアを開けたが、その笑顔を凍らせたまま。しかしルイスの健康的な朝の生理現象から、どうにも目が離せないでいた。
対する彼も隠すことすら忘れ、ただ茫然と彼女の登場に身を固くする。
どれくらい時間が経ったろうか。それがふにゃり、と少し落ち着きを見せたとき、我に返った茹でダコのような彼女が、顔をそむけながら指をさす。
「ちょ、や、坊ちゃん、その、その元気なそれをさっさと隠してください!」
「ば、バカっ! だから開けるなって言ったのに」
(見られた! 見られちゃったよ!! ああもう、なんてタイミングでドアを開けるんだ。よりによってエレナに見られちゃったよ……)
ルイスは恥ずかしさですっかり泣きたくなっていた。
「何がバカよっ。そんなの聞こえなかったわよ!! ただでさえ周りが騒がしいんだから!」
そんなやり取りが、隣の部屋のオヤジに煩いと怒鳴られるまでしばらく続いた。
ここはガードナー伯爵領の領都にある安宿。彼はその伯爵家の三男、だった。
この少年、ルイス・スチュワート・ガードナーはまさに昨日、十五年慣れ親しんだ屋敷を追い出されたのだった。
ありがとうございました。
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