2、魔獣王リュカオンと出会いました
ギルドを出たオレは、ジワジワと押し潰されるようにショックを受けていた。さっきはあまりの突然の出来事で、感情が麻痺していたみたいだ。
パーティーを抜けたことは後悔してないけど、明確な拒絶には正直、傷ついている。
こういう時は母さんの眠る墓地に来ていた。くじけそうになると、あの日の決意を思い出すために、こうやって花を供えに訪れる。
——シャーロット・シーモア ここに眠る——
AXM76ー114
「今日は途中で摘んできた花だよ。キレイに咲いてたんだ」
装備品はそのままつけてきたけど、今のオレは一文なしで、食べるものもない。もちろん花なんて、買えるはずもない。
今日もらえるはずの報酬で、しばらく生活するつもりだったんだ。
オレの人生、ずっとこんなだ。ハンターになるためにギルドに行った時から、ずっと。
***
オレは母ひとり子ひとりの家庭で育った。父はハンターだったけど、魔獣討伐で命を落としたと聞いた。
母さんはかなり無理をして働いていて、いつ倒れてもおかしくない状態だった。だから、自分がハンターになって養うと決めていた。
ハンターになれば、最低ランクでも一般家庭より余裕があったからだ。母さんはいい顔をしなかったけど、オレの気持ちを伝えたら、「本当に親子なんだから……」と笑って許してくれた。
ハンターになれるのは16歳からだ。オレは16歳の誕生日にギルドに行って、魔力チェックと適性検査を受けた。
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カイト・シーモア male 16
魔力量 32(F)
適性検査結果
融合魔法
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結果はというと、ランクは最低のFだった。適性があるのは融合魔法のみ。それでもオレは満足だった。これで母さんに楽をさせられると思った。
そのままギルドで登録を済ませて、唯一使える魔法『融合』を練習しまくった。
ギルドでは訓練場もあって、そこで練習していたけど、みんなにバカにされるばかりだった。
『融合なんて攻撃魔法でもないのに、よくやるよ』
『炎魔法も水魔法も使えないんじゃねぇ……』
『Fランクじゃ、魔力だってないに等しいじゃん』
『これじゃぁ、あいつとパーティーなんて組めないな』
でもそんな雑音にも耐えて、オレでもできる薬草の採取や、ソロのFランクでも倒せる魔獣討伐の依頼で生活費を稼いだ。
ハンターの仕事が終わったあとに毎日毎日訓練して、ようやく無機物と有機物など、いろいろな物を融合できるようになった。魔力量だって、訓練のおかげで少しずつ増えていた。
ハンターとしてダメでも、何かのお店くらいはやれるかもしれないとオレは考えていた。母さんの助けになるなら、なんでもやるつもりだった。
その頃、幼なじみのミリオンもハンターになって、まだ誰ともパーティーを組んでなかったから、オレに声をかけてくれたんだ。
そのあと、すぐにトレットやティーン、最後にサウザンがパーティーに加わった。
家に帰って、母さんに話したら一緒に喜んでくれてたな。今日ミリオンから言われたことを思い出すと、余計に胸が痛む。
それから3年ほど経ったある日、街がスタンピードに襲われて、壊滅的被害を受けた。
ハンターだったオレは緊急事態ということで、魔獣の討伐に参加していた。融合魔法しか使えないから、剣の腕だけで何とか弱い魔獣を倒していた。
でも、街の人を助けて一瞬気が緩んだ時に、背後から襲われて深傷を負った。もう長くもたないと思った。
他のハンターたちも逃げ出す状況の中、最後に母さんに会いたくて、なんとか避難先のはずの教会にたどりついた。
だけど、母さんは魔獣に襲われて殺されたあとだった。
たったひとりの家族、こんなオレでも無条件で受け入れてくれて、そして愛してくれる存在。
その母さんは、もう二度とオレの名前を呼んでくれることはない————
絶望の中、涙を流しながら、ただ母さんの亡骸を抱きしめていた。
魔獣が憎い。オレに力があれば一匹残らず殺してやるのに! 魔獣なんて、すべて焼き尽くしてやるのに!!
腕の中には冷たくなった母さんがいて、背中に受けた傷からは生暖かい血が流れ出ている。身体はどんどん寒くなっていくのに、心だけは燃えるように熱かった。
「うあああアァアァァ——!!!!」
声にならない叫びをあげる。
その時だった。
「この強い憎しみは……お前か?」
気づけば目の前に大きな黒い狼の魔獣がいる。金色に光る眼は、ジッとオレを見つめていた。
あぁ、ここでオレも食われて終わりか。そんな風に思っていた。
でも、この魔獣はいくら待っても襲いかかってこない。
「お前の強い憎しみと、我のうちに眠る憎しみが共鳴して、封印が破れたようだな」
「封印……? 何言ってんだ? お前は魔獣……だろ?」
「我が名はリュカオン。千年前に封印された魔獣王だ」
魔獣王リュカオン————聞いたことがある。
千年前に世界の魔獣を支配していた、魔獣の王様。あまりにも危険な存在で封印されたって。黒狼の姿で、瞳は金色に光って……目の前の魔獣と同じだ。
封印が破れたって……? オレの憎しみと共鳴したって?
オレはとんでもないヤツを解き放ってしまったのか?
「…………本当に、リュカオン……? 魔獣王の……?」
「そうだ。千年前に仲間だった魔獣たちに裏切られて、封印されたのだ」
そうなのか? それが事実なら、オレたちの認識とずいぶん違うな。まぁ、でもそんなのどうでもいいか。
もうすぐオレも死ぬし、母さんも、もういない。
「そう……か。じゃぁ、オレを食ってもいいから、代わりにこの世界の魔獣たちを殺してくれないか?」
ダメ元で聞いてみる。もし、ここから逃げられたとしても、この怪我では助からない。それならせめて、あの憎い魔獣たちを殺したい。
「ほぅ……己を差し出すとは、よほど彼奴らを殺したいのだな」
「できるなら……オレがやりたいけどな。もう無理みたいだ」
こうして話している間にも、どんどん力が入らなくなっていく。母さんを支えているのかも、わからないほどだ。
「我とて彼奴らを喰い殺したいがな、千年も封印されていたゆえ、今ではただの魔力の塊に過ぎん」
「…………どうしたら、アイツらを殺せる?」
「器と、それに入るための方法があれば、我がすべて片付けてやる」
だんだんと、視界が暗くなってくる。もう、魔獣王の輪郭もハッキリ見えない。
「ははっ、それなら問題ない。どちらもオレが用意できる」
今日は魔力を使っていないから、まだまだ余力はあるし、そもそも融合魔法は消費魔力が少ないからな。
「いいだろう。我とて裏切った者たちを、一匹残らず殲滅したいのだ。お前の話に乗ってやる」
「あぁ……あとは好きにやってくれ」
金色に光る眼が、魔獣王のいる場所を教えてくれる。そこに向かって意識を集中して、全魔力を込めて魔法を発動させた。
「融合!」
こうして、オレと魔獣王リュカオンは出会い、そして融合した。