偽聖女という理由で婚約破棄されましたが元々聖女ではなく代理聖女です
「リリアーナ・ペシュメルガ侯爵令嬢、そなたが偽聖女であることは調べがついた。私の婚約者になるため聖女と偽るなど許されぬ所行。貴様との婚約をこの場にて破棄し、ここにいるエイミーを新たな婚約者とする!」
学園の卒業パーティーが開かれている会場。卒業生の一人、国王の第一子であるアンドリューの口から出た婚約破棄宣言に、参加者が騒然となる。
「殿下、婚約破棄などこのような場で仰るべきことではないと存じますが」
婚約破棄を宣言されたのは、同じく卒業生としてこの場に参加している、宰相ペシュメルガ侯爵の長女リリアーナ。
手入れをすれば輝くであろう美しいブロンドヘアはややくすみがかり、切れ長の目の下には大きな隈、体は華奢と言うよりやつれた様子。
ややもすれば病にでも罹っているのかと見える姿ながら落ち着いた様子で毅然と婚約者を宥めるが、アンドリューは止まらない。
「普段から令嬢とも思えぬそのくたびれた姿を晒し、私と会えばいつも気怠げな顔を崩さず、エイミーにはいつも嫌がらせを繰り返すその行い、とても婚約者として相応しいとは思えぬ」
「殿下とて私と会うと嫌そうな顔をするのでお互い様です。それにエイミー様には不必要に殿下に近付かないよう苦言を呈していただけですわ」
「それは貴様が偽聖女であることがバレぬよう、真の聖女であるエイミーを近付かせないよう仕組んだためであろう。エイミーは危害を加えられることを恐れず教えてくれた。貴様が偽聖女であることをな!」
王子の側で震えながら立っているのが男爵令嬢のエイミー。彼女を庇うように王子の手がその腰に回されており、ぱっと見で相応に仲が深いことが窺える。
アンドリューはエイミーを隣に据え、ご満悦の表情で彼女が治癒魔法の使い手で、人々を癒やすその美しき姿こそ真の聖女である証拠に他ならぬと断言する。
「兄上、祝いの席で何をしておられる」
断罪劇に割って入ったのはアンドリューの双子の弟、レオン王子。
「止めるなレオン!聖女を騙るこの悪女を断罪しておるのだ。お前は黙っていろ!」
「リリアーナが偽聖女とは……兄上は何を言っておられるのだ。リリアーナは聖女ではありませんぞ」
「そうであろう。聖女を騙る悪女だ!」
「いや、だから……リリアーナは元々聖女なんて名乗ってませんよ。兄上はリリアーナの口から自分が聖女だと聞いたことがあるんですか?」
「それは……だが、エイミーこそが真の聖女であれば、リリアーナは偽物であろう」
「残念ですがこの国には今、聖女はおりません。リリアーナもそうですが、エイミー嬢も同様に聖女ではありません」
エイミーは聖女ではない。その言葉にアンドリューは激昂するが、その様子を呆れたように見ながらレオンは話を続ける。
「まさか兄上はご存知ないのか。現在聖女と呼ばれている者はあくまでも聖女の代役を務めているだけですよ」
聖女とは結界を作り、人々を守る存在。
この世界は各地に魔獣の巣窟と言われる地域があって、かつては度々人間の住む地を脅かすことがあり、これに対抗するために「聖女」と呼ばれる特別な力を持った女性が国全体を結界で覆い、魔獣の侵入を防ぐようになった。
その力は神の力とも呼ばれ、聖女が魔力を注ぎ続ける限り消滅することはない。だがそれは、裏を返せば聖女が亡くなれば消滅することを意味する。
結界が消滅すれば一大事。後継の聖女を見つけることが喫緊の課題であったが、誰一人としてその力を持つ者は現れなかった。
そのうち聖女も年老いていき、魔力の供給が難しくなった頃、彼女は自分の代わりに他者が魔力供給する方法を考案した。
代理聖女の誕生である。
代理聖女はあくまでも魔力を供給するだけの存在。新たに結界を張ることや綻びを直すことは出来ない。
聖女本人が魔力供給するのであれば、当然親和性が高いので難しい事ではないが、他人の場合、魔力のみならず体中の力をゴッソリ持っていかれる、一歩間違えば命の危険もある任務だ。
そのため、代理聖女の時代は結界の範囲を国全体から街や主要街道に狭め、新たな聖女の誕生をもって結界を張り直すという歴史が繰り返されるようになった。
そして現在、前聖女が亡くなってから約50年という過去に例を見ない長い間、新たな聖女が見つからず、数代の代理聖女の命を削った献身によって結界の維持がなされているのだ。
「私も代理聖女となってから早8年。毎回身を削る思いで働いて参りましたのに、あまりの仰せに驚きを通り越して呆れますわ」
この世界の人間はみな魔力を有している。その多寡は身分を問わないので、代理聖女選定のため国民全員が魔力測定を受けるのだ。
リリアーナも10歳の時に魔力測定を受け、これまで数代の代理聖女をはるかに凌ぐ魔力量であることが判明した。
王子の婚約者であるリリアーナを代理聖女とすることに躊躇いの声もあったが、彼女は国のためならばと進んでその役を引き受けた。
そして彼女は代理聖女としては破格の能力を持っていた。
これまでは複数人で交代で任に就いていたものを、彼女が月に一回魔力供給する事で結界を安定させることができた。
だが自身は毎回魔力供給する度に全身の力を失い、代償として常にやつれた姿を晒す結果となってしまったのだ。
それでも自分の魔力供給だけで済むのならば、他の者が危険を冒して任に就く必要はないと、この8年間一人で代理聖女を務めていた。
国民であればリリアーナの献身を知らぬ者はいない。常にやつれた姿を晒していても、労いこそあれ嘲る者などいないし、仮にそのような者がいれば、心ある者に必ず咎められるのだ。
だが本当の聖女がいなくなって50年の年月は記憶を風化させるのに十分な時間で、本物と代理の違いがよく分からず、リリアーナ=当代の聖女と認識する若年層が増えてきた。
それでもリリアーナがやっていることは国民のためであり、後ろ指さされる事など一切無いのだが、アンドリューは彼女の功績を無視し、真の聖女ではないという一点のみで責めたのだ。
「王族ならば知っていて当然のことを知らぬとは。これまで何度もリリアーナを大事にするよう申し上げたはずなのに、兄上は一体何を聞いていたのだ」
レオンが呆れるように兄を責める。
「それは……リリアーナが我が婚約者になったことをお前が妬んで言っておったのであろう」
国王の子と宰相の子ということで、この兄弟とリリアーナは幼なじみ。レオンは幼い頃からリリアーナが好きであったが、婚約者となったのは兄の方。それ故にレオンは嫉妬しているのだと、その苦言を受け入れることはなかった。
「馬鹿なことを…私以外にも苦言を呈した者は多くいたはず。そこの女にうつつを抜かして頭まで腐ってしまわれたようだな」
「貴様兄に向かって!エイミーは治癒魔法で人々を癒せる存在、リリアーナなどより余程聖女に相応しいではないか!」
未だエイミーこそが真の聖女であると譲らぬアンドリューに対し、レオンがそれを否定する。
「魔法が使えることと魔力量は関係ありません」
火をおこす、水を出すなど、魔力を具現化させる才能のある者はごく僅か。訓練で習得出来るものではない天性の才なので、例え魔力量が微小でも、具現化させる才能のある者は魔術師として国で保護されるのだ。
「エイミー嬢の魔力量はリリアーナの100分の1以下。治癒魔法と言っても実際にはすり傷や小さな切り傷くらいしか治せないでしょう。まあそれでも十分な才能ではありますが、聖女となればその命をもってようやく数時間くらい結界を維持できるのがやっとでしょう。」
「そんなバカな……」
「兄上、リリアーナと婚約したのは彼女が代理聖女になるよりも前。婚約者の地位を欲して聖女になったわけではないのは明白。国のため身を粉にして働く婚約者の苦労も知らず、労いの一つもせず、他の女にうつつを抜かす愚か者が次期国王かと思うとゾッとしますな。」
「貴様!」
「その事で陛下から勅書をお預かりしております。謹んで拝聴されますよう」
レオンは兄に諦めの表情を向け、懐から書状を取り出す。
「読み上げます。アンドリュー・マルセリアとリリアーナ・ペシュメルガ侯爵令嬢の婚約を白紙とし、新たなアンドリューの婚約者をエイミー・ジョセフ男爵令嬢とする」
「やったなエイミー、父上がお認めになったぞ!」
「アンドリュー様、嬉しゅうございます」
勅命による婚約解消に会場のざわつきがピークに達する中、アンドリューとエイミーは手を取り合い喜ぶが、続くレオンの言葉でその喜びは一気に消し飛ぶ。
「まだ続きがある。静粛に! なお、アンドリューは廃嫡とし、婚姻後はジョセフ男爵家に婿入り、男爵家を継承」
「なんだと! 何故私が廃嫡されねばならんのだ!」
「王命による婚約を勝手に破棄した不敬罪、リリアーナを断罪し、結界の安定を妨害しようとした国家転覆罪。本来ならば処刑されてもおかしくない罪状、この程度の処罰で済んだのは陛下のお慈悲と心得よ」
状況を理解できない兄にレオンが淡々と罪状を述べ上げる。
「俺は次期国王だ。廃嫡などありえん!」
「続きを読みます。王位継承者はレオン・マルセリアと定め、リリアーナ・ペシュメルガ侯爵令嬢を婚約者とする」
思いもかけぬ勅命にアンドリューは未だ納得出来ないと抗議するが、見せられた勅書が間違いなく国王の署名と玉璽入りであることを確認すると、ガックリとうなだれる。
「そして、ジョセフ男爵令嬢。ペシュメルガ侯爵令嬢を根拠もなく貶めた罪により、ジョセフ男爵領の領地替えを命ず。また、アンドリューとエイミーの両名には領地赴任までの間、謹慎を命ずる」
レオンがそう言って示した場所は結界の張られた範囲内ギリギリの僻地。お世辞にも豊かな場所ではないところだ。
「そんな!いつ魔獣に襲われるかも分からぬ僻地ではありませんか、あんまりです!」
エイミーが叫ぶが、レオンは涼しい顔で受け流す。
「私の婚約者を貶めたのだ、当然であろう。だが心配するな、一応結界の範囲内だ。リリアーナ大丈夫だろ?」
「ええ。私が普通に魔力供給出来れば問題ないと思いますが、もし邪魔が入ったり、供給する魔力量がちょっと足りなかったら……自信ないですわね」
「そういうことだ。新たな領地でリリアーナがきちんと役目を果たせるよう祈っていることだな。衛兵、二人を連行せよ」
二人は抵抗を続けるが、衛兵に両脇を抱えられながら退場させられた。
「レオン様、ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「リリアーナ、謝るのはこちらの方だ。兄を止められなかった私達の責任だ」
「先程の勅書は一体……」
「陛下に頼まれていたのだ」
レオンや他の家臣の報告で国王はアンドリューの行状をあらかた把握していた。
当然アンドリューを常日頃から注意していたが、全く聞く気がない息子の様子に最悪の事態になった場合、レオンに託した勅命を実行するよう命じていたのだ。
「ですが、私が婚約者とは……」
「嫌かな?」
困惑するリリアーナにレオンが満面の笑みを向ける。
「アンドリュー様との婚約は聖女の任に就く前でした。今はこのようなみすぼらしい姿、とても王子妃には相応しくありません」
「さっきアイツが言っていただろう。僕は小さいときからずっとリリアーナが好きだった」
「レオン様……」
魔力を吸い取られる前のリリアーナは誰もが称える美少女。その美しさと侯爵令嬢としての嗜みを持ちながら活発、それでいて人への気遣いを忘れないその姿にレオンは小さい頃から惹かれていた。
だが、婚約者は兄と決まった。王族貴族ならば政略結婚は避けては通れない。レオンはその想いを心の底へ封じこめたが、リリアーナが代理聖女となったことで、その封印が解けてしまったのだ。
聖女の任を務める度にどんどんやつれていく姿に心を痛めるが、サポートしようにも魔力は自然回復に任せるしかなく、労いの言葉をかけようにも相手は兄の婚約者、あまり近づきすぎては彼女の立場を悪くする。
それならばと婚約者である兄に気遣いを求めるも、あのようなみすぼらしい女を何故丁重に扱わねばならんのかとすげなく断られ、挙げ句には兄がリリアーナを偽聖女として断罪すると聞くに至り、父である国王に直訴したのだった。
「リリアーナのことがずっと好きだった。姿がどう変わろうとこの想いは変わらない。これからは僕が側で守ってあげたい」
「レオン様……」
「昔みたいにレオって呼んでよ」
「レオ、ありがとう。こんなみすぼらしい女だけど、助けてくれるかしら」
「もちろん。君は王国にも、そして僕にもなくてはならない人だ。これからずっと守ってみせる」
「レオ……ありがとう、ありがとう……」
数年後、辺境にありながら魔獣を寄せ付けないという村の噂を聞いたレオンの調査により、聖女の才を持つ村の少女を発見し、新聖女として就任が決定。
リリアーナの代理聖女は無事お役御免となり、魔力供給の必要が無くなったリリアーナは少女時代の美しさを取り戻した。
そして、苦しいときも常に仲睦まじかったレオンとリリアーナは夫婦の鑑と賞され、国を守った美しき王妃とそれを全力で守った賢君として後世まで名を残すのであった。
「ねえレオ、この結界少し歪じゃない?」
「どこが?」
「ここ、少し結界の範囲が凹んでいるような……ジョセフ男爵領?」
「大丈夫、結界の範囲内には入ってるよ。本物の聖女様が張った結界だから壊れることは無いと……思うけどね」
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