この国では、多様な世界からやってきた、さまざまな生態の生命体が共存しています。②
晴光は、隣でぶんぶん振られるクルックスの尻尾を捕まえながらガハハと笑った。
逃げだしたクルックスがギャハハと笑いながらデネヴの膝に乗り上げる。教え子の一人に慕われすぎて、困り果てている青い巨漢のハック・ダックは、これ幸いと酒を持ってニルの隣に席を移動すると、「三馬鹿! ほどほどにしろよ! 」と野次に回った。(『三馬鹿』とはもちろん、晴光、クルックス、デネヴのことである)
ふと、ハック・ダックが遠くを見て、「三年ってのも早いもんだ」とぼやくと、ニルが、「この三年、どうでしたか」と尋ねる。
機械の体を手に入れたハック・ダックは、かつて最前線で戦う戦士だった。怪我でなかば引退状態となり、上司に斡旋された職が、晴光たち管理局職員研修生たちの教官だった。
九年目。ハック・ダックは、デネヴを最後の生徒として見送ったあと、教壇を去る。
「いいもんだったよ。先生役ってのもな」
傾けたグラスの影で、ハック・ダックは満足そうに喉を鳴らした。
そうして。
今日も日が暮れ、宴が終わる。明日も仕事なので、みんなそれなりに騒いだ後は、大人しく帰路につくことになる。
もう夏の終わりだった。
当たり前に明日が来る。
青く茂る畑を横目に、晴光は砂っぽい黄土色の通勤路を、ジョギングがてらに走っていた。
毎日通っていれば、牧歌的を絵にかいたようなこの景色にも、思い入れができてくるというものだ。
こうして飽きるほど、この白壁と田んぼの間を歩くことになるとは、とぼとぼと心細かったあの冬には、考えもしなかった。
(そういえば、あの自転車は誰が片付けたんだろう)
父親にねだりにねだって買ってもらった、真っ赤なマウンテンバイク。最後に見た愛機は、ぐしゃっと丸まって、見るからに破壊しつくされていた。
晴光は、この二年の間に、白壁の向こうは住宅街なんだとか、このあたりはずいぶん郊外にあって家賃が安いということとか、異世界にも米や麦や醤油があるということを知ることになった。
もともと同級生より頭一つ大きかった身長は、さらに20㎝以上伸びて、190㎝を越えたところだ。
この世界の人口の何割かは、異世界人で構成されている。
この世界にもともといた民族は、ニルのような、アジア系を思わせる小柄な人たち。とある特徴から、『本の一族』という。
彼らはむかし、異世界人の侵略にあい、奴隷だった歴史を持つ。
彼らを保護したことから始まったのが、通称『管理局』だ。
設立から千年近く。
現在、ここ『本の一族』が住まう『本の国』は、異世界人たちで構成されたこの『管理局』と契約し、共生するかたちで、穏やかな繁栄の時代を迎えていた。
知らない文化。
違う星から来たような、バリエーションにとんだ異世界人たち。
いちいち驚いていたらきりがないと晴光が学ぶのは、けっこう早かった。
『本』の一族が異世界人との共生を選んだり、デネヴが仲間たちに擬態しているように、この世界では、適応したものだけが強くなれる。
いろいろあった。
喜怒哀楽のおよそ全ての最大風速を更新したし、冬のあとには当たり前の顔で春が来て、辟易しているうちに夏と秋をかっ飛ばし、また冬を越え、そうして季節を重ねてきた。
(案外いけるもんだよな)と思う。もちろん、運も良かったのだろうけれど。
(すっかり染まったもんだよな)
映画みたいな日常。悪くはない。
……もちろん、たまにはちょっと寂しいけれど。
晴光がこの世界に来て、はや六年が経っていた。