たのしい いせかい せいかつ ④
流れに流れて、その場その場で切り抜けてきたけれど、ついにもう駄目になってしまったんだっていう、そんなきぶんだった。
もうぐちゃぐちゃだ。
そもそも、おれに流れるDNAは反乱を起こしている。
おれは欠陥品だ。遺伝子配列の共通点があるはずの同族の顔は、母親の顔ですら見分けがつかず、どいつもこいつもモザイクのかかった肌色の肉でしかない。
だから、体に模様がある彼らが好きだった。
鱗のあるつるつるの体。冷たく濡れて輝く、なめらかな肢体。左右対称のつぶらな瞳。誰一人として、同じ姿をしていない。実に魅力的で、興奮する。
どれだけ持ち上げられて愛されようが、同族が同族であるというだけで、おれは何も返せない。
おれは彼らとならば、奴隷のような恋ができる。這いつくばって、心から尽くすことができた。
限りなく無垢で剥き出しの愛を、彼らは戸惑いながらもその形のまま受け取ってくれ、時に拒絶され、時に受け入れてもらえる。
愛情を交換するということは、とても気持ちがいいのだと、彼らが教えてくれたのだ。
虹色のグルグルが、脳みそを掻き回す。
おれは、『ふさわしくない』。
「あいつのこと、置いてきちゃった……」
「生き物は連れていけないの。ごめんなさい」
「あいつ、幸せになれるかなぁ」
女は何か言ったけれど、聞こえなかった。けれどどうしてか、安心することを言われた気がする。
なんだかすごく眠たかった。こうして静かに安心しきったままで、凍えて死ねたらいいのに。
できるだけ美しいまま、哀れに死ねたらと、そう考える。
「かわいそうに」あの『神様』は言った。低くも高くもない、ただ穏やかな声色で。
「どこで誰と言葉を交わそうと、君ははぐれの余所者だ。いびつな心が、生まれてくる体を間違えたんだね。世界のほうが君にふさわしくないんだ」
いびつではぐれ。この体を表わすのに、とても的確な言葉選びだと思った。
「かわいそうに。望みを叶える『種』を、君に植えてあげよう」
『種』というのは、蓋を開けてみれば、ゲームでいう反則技だった。
そのチートの内容が、『同族に愛される』という力なのだから、あまりに悪趣味な皮肉である。
あいつ、置いてきてよかったのかもしれないな。おれは彼と卵を作れないし、寿命だって、生息環境だって同じじゃあ無い。
おれはこの体である限り、伴侶を生物として完全な幸福に包むことができないのだ。
ああ、人間になんて、生まれて来るんじゃあなかった。
卵から産まれて、ひんやりした暗い場所で、知能も自我も薄くていい。名前のない本能だけの体で、彼の卵を産めたなら。
そういう世界が、おれにもあったなら、救われるのに。
「きっと大丈夫だよ。ここなら、どんなあなたも受け入れてもらえるから」
……誰かが言った。
だったらいいなと、うっすらとした光の中で、都合よく思っていた。
●
「自白剤、きいてるみたいだな」
「……そうね。あとは、彼の言葉と頭の中との矛盾を探すだけ。それはあっちでやってくれるでしょう。これで連続召喚被害者の実行犯に手が届けばいいのだけれど」
女は言いながらドアを開け、近づいてきた職員にキーを渡した。
車はいつしか、地下の駐車場のような場所に辿り着いていた。
ひんやりとしたコンクリートの地下空間が、男の知る日本のそれと大きく違うのは、駐車されているのは車だけはなく、巨大ロボットやSFに出てきそうなロマン改造車、等身大フィギュアみたいな一輪車バイクだったりすることだ。
そうしたものを横目に、連れだって歩き、エレベーターに乗り込む。
扉が閉まるやいなや、彼女はぱちぱちと耳の飾りを取り、大ぶりのネックレスも忌々しいとばかりに取り去ると、クラッチバックに収めてぐるぐる腕を回した。
「……疲れたわ」
「マジ? ノリノリだったじゃん」
「準備に三晩もかかるような任務はこりごりよ。気合いが入ってたのは、今日でぜったい終わらせたかったから」
「そりゃそうだ」
「早く顔のコレ落としたい」
「腹も減ったな~」
「そうね」
「あそこ、クラッカーとかしか無いんだもんよ。20キロも先にあるハンバーガー屋もちっちゃいし」
「店が? 品が? 」
「両方! 足らねえよあんなんじゃ」
「はぁ。わたしは食事より寝たいわ……」
ポーン。
間抜けな音とともに扉が開く。
高い天井とガラス張りの壁から、陽光が差し込む。二人はそろって、ギュッと目を細めた。
ぐしぐしと目元を指先で拭って、女が吠える。
「決めた! 今日は帰って十二時寝る! 」
「ええ!? 今夜の先生たちとのご飯は!? 」
「だってコンディション最悪だもの! 」
「エリカ! 」
名前を呼ばれた女は、長い黒髪をなびかせて振り返った。
「なに? 」
「あ、えーと……似合ってた。け、けど、いつものほうが、その……」
「そりゃそうよ。わたし、似合うものしか着ないもの」
エリカはニヤッとした。
「慣れないことして風邪ひくんじゃないわよ、晴光。じゃーね」
「またあしらわれた……」
片手を振って正面玄関へ向かうまばゆい背中に、周 晴光は、脱力して肩を落とした。
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