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たのしい いせかい せいかつ ③

 ●



「日本人の召喚被害者ってマジで多いんだな。今年三人目だっけ? 」

 店の裏手に止めたバンの後部座席を開けながら、男が言った。


「ここ三十年くらいのことらしいわよ」

「へー」

「召喚被害者は適応能力を持っていないから、生き残る確率は低いのよね。それが、観測するだけで一年あたり数え切れないくらい。実際は何百万人が死んでいるのかと思うと、ぞっとするわ」

「あんた、実は相当運が良かったんだぜ? 」


「……そんなことない。苦労が水の泡だ」

 おれは、ようやくそう口にできた。



(くそっ、くそっ、くそっ! 適当に放り込みやがって! )

 変な体勢で肺が潰れて息が苦しい。体をよじると、こんどは後ろ手に縛られた腕が下敷きになって痛んだ。


 運転席には女のほうが座る。助手席におさまった大男が、「ごめんごめん」と言って、長い腕を伸ばしておれの縄を解いた。それを見咎めた女が、男の肩をパチンと叩く。

「ちょっと、晴光せいこう

「大丈夫だろ~? もう諦めてるよ、この人。なあ? 」

 その通りだった。おれはいつだって、流されて生きてきた。すっかり立ち向かう気は無くしている。

「そう見える? 」まあしかし、媚びるつもりはないのだが。


 車が走り出す。あたりは工業地帯で、街灯が少なくて暗い。まさかこんなところに地下クラブがあるなんて、誰も思わないという場所。実際、あの店は隠されていた。そういう店だった。

「……あんたもニホンジンなわけ? 」

 ミラー越しに尋ねた。セイコーと呼ばれていた大男。

 若いとは思っていたが、女と言葉を交わすようすはどちらかというと幼い。派手派手しい赤い髪や、鍛えられた体とは少しアンバランスだった。


「たぶん、お兄さんとは違う世界の『日本』だけど」と前置きしたセイコーは、ぺらぺらと故郷の住所と生年月日を言う。

 関西にある地方都市。おれは関東育ちだから馴染みがない地名だったが、耳慣れた漢字の響きが懐かしかった。

「お兄さん何歳? 」

「……十九」

「へー、じゃ、同い年だ」

 呑気な声。おれとこいつは同じではない。

 おれは大学生。美大に受かったばかりだった。

 ようやく真っ当になった気がしていたころ、この世界に連れて来られて十カ月。ため息がこぼれた。

 車は、どこか知らない街に入ったようだった。先ほどまで雨が降りそうな曇天だったのに、いまは晴れて見える。


「おれ、髪赤いだろ? 」

 セイコーは、自分の前髪をつまんで見せながら言った。

「これさ、あんたと同じ、『適合性過敏症』ってやつ。つまりね、異世界に転移すると、その世界にいる生物に擬態しようとして、髪や肌や目だとかの体の色が変わんのね。おれの場合は髪の毛」

「おれは別に……そういうのは」

「じゃーその髪の色って生まれつき? いいじゃん。かっこいい」

 バックミラー越しに、セイコーはニコッとする。

 なんの含みも無い、誰にでも撫でられにいっちまう犬みたいな笑顔だ。

 窓ガラスが冷たくて気持ちがいい。耳鳴りがする気がする。

 なんだか眠くなってきたが、どうにでもなーれって気分だった。


「……おれって、このあとバラされるわけ? 」

「そんなことしないわよ。言ったでしょ、保護するって」

「別に殺されたって構わないけど。おれは生まれつき適応できてない。こんな世界、価値も見いだせないし」

「投げやりね。そんなに厭世的にならなくても、別に悪いようにはしないわよ」

「どうだか」

「じゃあ今後の参考までに訊くけど、あなたの思う価値ってなに? 」


 少し考えた。

 自分でも意外なことに、少しだけしか考えなかった。


「……愛すること?」

「ロマンチストね」

「ロマンなんて欠片もない」

「ないないづくし。それなら、あなたには何がある? いいえ、あったのかしら」

「美貌」

「ずいぶんお役立ちだったものね」

「あいつらを操る能力は……ここに来るとき、神様とやらにもらったんだ」

 女がバックミラー越しに睨んできた。

「……その話、もう少しくわしく聞かせてくれる? 」

 おれは手のひらをひらひら振って、言葉を濁す。

「眠いんだ。寝かせてくれ」


 いつのまにか車は星屑の中を走っていた。極彩色の闇をくぐり、虹色の光が、螺旋状にグルグル回っている。ちょうど遺伝子の配列みたいに。

 おれはそれを、シートの座席に寝そべりながら、下から見上げていた。

「……全部夢のなのかな」

 ひとりごとのつもりで言ったことを汲んだのか、返事は無い。

「神さま――――かみさまは……。おれを……おれに……ああ、何を言ってたっけ……そう……」


『せかいのほうがふさわしくない』

 そう言ったんだ。


 おもむろに「あ゛あ゛ー」と濁った声を出す。

 なんだかもう、『どうしようもない』という気持ちで、おれの中身はいっぱいだった。

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