『技術開発部隊』第三部隊長ミゲル・アモ
第三部隊長ミゲル・アモは、この専門家集団の長でありながら、何の知識も無い男である。そもそも彼は、科学者でも研究者でもなければ、学問というものに強い魅力を感じたことがない人間だった。
前部隊長、故ワンダー・ハンダー博士は、自身も生体工学の天才といわれた科学者であった。
世界から集められる技術や法則をスポンジのように脳細胞へ取り込み、次々と実用化される発明を打ちだし、実績によって部隊の秩序に君臨した。
『できる』人が上にいると、下は奮起するか、サボるかのどちらかだと、ミゲルは思っている。
実際、ワンダー・ハンダー時代の第三部隊の仕事ぶりは、その二つに二分されていた。
ワンダー・ハンダーは誰にも好かれるような人柄では無かったし、どれほど忙しくても『これが生き甲斐です』と言ってのける完璧主義の天才だった。
下にいくほど顕著に怠け者が増えていたために、予算の管理はめちゃくちゃで、道具の破損も多かったという。
未経験者のミゲルが採用されたのは、はっきり言って、面倒事を押し付けられたからだ。
アン・エイビー事件後、混乱する現場で、空いてしまった隊長職。
管理局上層部は、これを機に第三部隊という組織形態を見直すことを決めた。
第三部隊の隊員たちは、内情を知っているのでやりたがらない。
そこで別部隊から引っ張ってくることになり、最終的に、ハック・ダックかミゲルかという話になって、協議の結果、なぜかミゲルに決まった。
役職についていないが、キャリアはそれなりにあって素行が良く、コミュニュケーション能力に問題が無い人物、という要素が噛み合ったらしい。
ミゲルは自分を、リーダーになるような男ではないと評価している。人を使うより、人に使われる人間である。
そりゃあ、後輩を可愛がるタイプではあるが、たくさんの部下の人生を預けられるのは荷が重すぎるし、こんな男に部下はついて来ないだろう。そもそも、ミゲルは彼らの仕事内容すらよく分からないのだ。
なのでミゲルは、最初から部下たちに慕われる努力はやめることにした。
禿頭の、どうみても学者肌ではない小男がやってきたときの、研究者たちの『嘘でしょ? 』という目は傑作であった。
ミゲルは、職員たちの研究内容や、人間関係には踏み込まない。口を出すのは、人事と納期、予算、埃がかぶって久しい有給制度消化の徹底だと言ったとき、リトマス紙みたいに青くなっていく職員たちの顔色も、非常に見ごたえがあった。
「俺のことは、そうだな……。権力がある事務員だと思え」
そう言った通りの仕事を、なるべく貫いて六年間。
ミゲルの隊長室は、つねに本と書類で埋もれている。
初歩的な専門書や論文の束、勉強の名残りがあるルーズリーフ、プロジェクトごとの予算案の希望と草稿、各種メモと大量のペン、メモを貼り付けるためのセロファンテープ、もう何か月も立ち上がりっぱなしのPC。
アラームは、もちろん聞こえていた。
第三部隊舎では、小火や小規模な爆発は日常茶飯事だ。それに気づくまで、連日鳴りっぱなしの警報音に気が狂いそうになったので、各部屋にはセンサーを数種類取り付け、緊急度を数段に分けて設定して、よほどのことがない限り音は鳴らないようにした。
「……チッ、廊下のモン壊しやがったな」
通路の大型破損は、上から三段目の警戒度である。いまごろあちこちで、あのうるさいAIがネットワーク上に出没して騒ぎ立てていることだろう。
他業務に支障をきたしたら困る。
ミゲルは画面を操作して、AIに鎮静剤を送った。ついでに、あとで冷凍カマキリになった警備員を回収するよう手配もしておく。
「……場所は指定した山ン中だな? よしよし、廊下は不問にしてやろう」
監視カメラの映像を切る。
どこに『セイズ』の手下がいるとも限らないので、データはきちんと削除ソフトにかけた。ミゲルにもデータを漁ることができなくなるが、それでいい。
体質で、いくら感染しないといっても、リスクは捨てていくに限るのだ。
禁煙キャンディーを噛み砕きながら、ミゲルは椅子にひっくり返る。埃を被ったシーリングファンが、ゆっくりと回っていた。ミゲルはデスクを蹴って、同じように椅子を回す。めまいに似た遠心力の負荷が、ミゲルの不安の表面を少し削ってくれた。
「さて……『協力者』の出番は、ほんとうに預言どおり来るのかねぇ」




