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たのしい いせかい せいかつ ②


「私たちの職業用語では、あなたの能力を『環境適合性かんきょうてきごうせい過敏症かびんしょう』と呼ぶわ。これはアレルギー反応に少し似ていてね。世界はあまたにして形も様々。重力も、大気の味わいも違うでしょう。異世界からの迷子が生き残るには、その世界に体と魂を『適合』させるしかない。あなたはこの世界に適合する過程で過剰な防衛が働いた結果、他人を魅了する能力を得た。……というのが、あなたを観察した『我々』の結論。

 あなたのような人は、その能力を使って人を操るごとに、この世界に元からあるルールを多く歪めてしまう。だから『セイレーン』。……ぴったりでしょう? 」


 少年は片眉を上げた。

「おれが? 何をしてるんだって? 」

 ため息交じりに苦笑へ切り替えて、少年セイレーンは尊大な面接官のように、手のひらで先をうながした。


「世界は水をたたえたコップみたいなもの。――――満たされたコップに異物が増えれば、水が溢れるものでしょう? あなたは水をこぼしてる。だからわたしたちがやってきた。その『水』というのは、この世界にもともと住んでいた人たちの命に他なりません」


 女のしぐさと声色が変わる。

 『仕事』で来ているのだ。もとより逃がすつもりはない。


「賢いあなたは、我々から再三の警告をされて、もう自分の能力と立ち位置を理解しているはず。分かっていて好き勝手にしていたとしたら、あなたは『保護』ではなく『排除』の対象となります。大人しく『保護』されたほうが身のためよ」


「ピーチ姫になるかと思ったら、あんた怪物退治に来たってわけ?」

「どちらかといえば、あなたはこの世界にとっての侵略者サノスね」

「なにそれ。おれ、超破滅(はめつ)的じゃん」


 青く塗られた唇が曲がる。

 かと思えば、少年は首を反らして声を上げて笑った。痙攣する首筋に蛇が這いあがって、頬を舐める。

「残念だけど、おれさ」少年は腕を上げ、中指を立てた。


「潮時くらいは、自分で決めたいんだよね。―――アルフレド! バレリー! お客様のお帰りだ! 」


 女の後頭部に、銃口が添えられた。

 屈強な男ボディーガードが、ソファの座席越しにピストルを構えている。だらりと脱力した腕にナイフを持ったバニーガールは、顎で出口を指した。

 女は肩の高さに両腕を上げ、おとなしく立ち上がる。

 ヒールを鳴らしてソファから二歩、三歩と離れる彼女の顔に、バニーガールは悪態とともに唾を吐いた。

「マスターの体に気安く触りやがって」

「……あんなのが羨ましかったの? 」

 嘲笑にバニーガールの顔が耳まで赤くなる。振り上げられたナイフが、その瞬間、転ぶように前へ出た女が跳ね上げた足の爪先で撃ち落とされ、そして。


 喧騒を一発の銃声が貫いた。


 女は髪を後ろへ流しながら、体を起こした。

 背中合わせに立つ青年の手が、警備員のピストルを手首ごと握り、天井へ向けている。


 人の声が消え、軽快で下品なクラブミュージックがはっきりと聞こえた。光る青い目をした客たちが、無表情にこちらを見ている。

 空いたほうの拳で男の顎を殴り飛ばし、青年は「ヤレヤレ」と肩をすくめた。


「強力な魅了みりょう能力。発動条件も仮説どおりね」

 フロアに聞こえるように女が言う。

「予定通り、大きな怪我はさせない方針でいいよな? 」

「よほどじゃなかったら大丈夫。何事もなかったかのように収められるわ」

 青年はうなづくと、静かにあたりを見渡し、片足を前に出して構えた。


「おれのこぶしは音速を越えるぜ? 」


「……バッカじゃないの。くっさ」

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